部屋へと戻ったは、机の上に立てているカレンダーへと視線を向けた。



傍らに置かれたペンを取り…「6」の数字に斜線を引いた。




明後日は大好きな恋人の誕生日…



手に持つ紙袋をギュッと握り締め…は涙を一つ零した…。




















夢の終わりに




















8月7日…



昨夜、なかなか寝付けなかったを眩しい日差しが襲う。



「ん…」



頭が痛くなりそうな眩しさに、思わず重たい瞼を持ち上げるように開いた。




一番に視線を向けるのは…やはりカレンダー。



思わず…深い溜息が漏れる。





『少し…頭を冷やしたい…』



イザークの一言…悲しみを帯びた表情が脳裏に焼き付いて離れない。





イザークを喜ばせたくて…嘘を吐いた。



所詮は言い訳なんだよね…。




喜んでもらいたいから…なんて自己満足に過ぎないんだ。



イザークだったら…何を贈ってもきっと喜んでくれるのに。



だから、私に選んで欲しいって言ってくれたのに。





「私…バカだ…。」




















『イザーク様は早朝よりお出掛けになっておいでです。』




「そう…ですか。」





ちゃんと謝って誤解を解きたくて…ジュール家に繋いだ通信。



イザークは不在で…代わりに応対してくれたのは使用人の女性。






『何か…ご伝言がございましたら承りますが…』



「あ…いえ。結構です。どちらへ行かれたか、分かりませんか?」



『申し訳ありません。約束がある…と言われただけでして。』



「そうですか。分かりました。」








通信を切ったは、沈んだ表情で部屋へと戻った。






机の上にはイザークへのプレゼント…。




本当は…今日会った時に明日の相談をしようと思っていたのに。



自宅でパーティーを開かれるのかしら…。




ジュール家の1人息子の誕生日だし…



沢山の議員の方々をご招待して盛大に行うのかもしれない。



それとも…私と過ごそうと思ってくれていた?




もっと…早くに決めておけば良かった。




プレゼントを決めるのに必死で…肝心な事にまで頭が回らなくて…。





なのに…今日になってイザークとこんな事になってしまって…。




私の事…呆れてしまった?



私がいつまでも曖昧だったから…





でも…伝わっていると思っていたの。



誰よりもイザークを好きだという…私の想い。




ずっと傍に居てくれたから…笑顔で居てくれたから…。




















「失礼します…。」





夕方になってもイザークは戻っていなかった。



失礼だとは思ったけれど…何度もジュール邸に通信を入れた。



けれど、結局イザークは捕まらなくて…。






7日の夕陽が傾き始めていた…。









ピンポーン…






そんな時…インターフォンが鳴る。





…イザーク!?




もしかしたら…



そう思った私は、使用人よりも早く、玄関へと駆け出していた。







ガチャッ





「わ!ビックリしたぁ〜。」




扉の向こうで声を上げたのはミリィだった。




「…あ…ごめんね。イザークだと思ったからつい…。」



「もしかして…これから約束してる?」




「あ…ううん。そうじゃないんだけど…。あ、上がって。」



















「さっきイザーク見たわよ。」




「え…?」




と一緒じゃないから、てっきりもう会った後だと思って遊びに来たの。」




紅茶を口に運びながら、ミリィが呟く。




「イザーク…どこに居たの?」



「…公園通りの…カフェに居たけど…」





『約束がある…』





使用人がそう言っていた…。



「…誰と…一緒だった?」



「え…?」



真剣な面持ちではミリィに問い掛けた。



「…アスランと…一緒だったわ。」



「アスラン…と?」



「ねぇ…何かあったの?アスランなんて久し振りに見たわよ?」




どうして今頃になって彼が出て来るの?




そう問い返すミリィの言葉は、の耳には入っていなかった。





イザークが…アスランと…?



私が…イザークに黙ってあんな事をしたから…









ガタッ!






「…?」



「ごめん!ちょっと用事があるの!」




ミリィを置き去りにして…は家を飛び出した。




様?どちらへ…」



行き先を尋ねる使用人にすら振り返りもせず…



一目散に公園通りのカフェへと駆け出していた。




















『俺は…が好きだ。』




イザークからの告白を受けたのは…去年の春の事。



桜が舞い散る並木道で…突然の告白だった。




の気持ちは分かっている。忘れられない相手が居る事も…。

 今は…それでも構わない。今は忘れてくれとは言わない。』




そのままのを受け入れるから…と…。


力強い告白だった。



迷って…悩んで…



そして、彼の手を取る事を決めたのは夏の終わり。


付き合い始めた頃のイザークは…私と手を繋ぐ事すらしなくて…。



きっと、気にしてくれていたんだと…



彼の優しさなんだと…



それがくすぐったくて…嬉しかった。







初めて手を繋いだ秋…


手を繋ぐ事さえ何だか恥ずかしくて…


でも…心が温かくなった。









必ず…毎日顔を合わせて過ごした。


その時間がほんの数分であっても…。



それが2人の約束だったから。





気が付けば私にとってイザークは大切な存在で…



かけがえの無い大切な人になっていた。






でも…口にした事は無かった…



『好き』という言葉を…。




それを今になって気付くなんて…





言わなければ伝わらないのに…


きちんと…想いは言葉にしなければ意味がないのに…





甘えてた。



イザークの優しさに…甘えてた。



きっと…何も言わなくても彼は分かってくれている…と。




そうやって…逃げていたのかもしれない…。




















「…はぁ…はぁ…」




公園通りに着いた時には陽も完全に落ちていた。



街灯が通りを照らし…昼間とは違った彩りを添える。



昼間は人で溢れ返るカフェも今はまばらで…


その中に、イザークとアスランの姿は無かった。






携帯に電話をすれば早い話なのに…


けれど…私からの着信を見てイザークが取ってくれなかったら…?


そう思うと怖くて…怖くて堪らなくて…



でも、イザークがアスランと会っているのだと思ったらそんな事はどうでも良くなった。



けれどその直後に、何も持たずに家を飛び出した事に気付く。



携帯どころか…お財布も持ってない…。





どうしよう…



一度…家に帰ろうか…


近くの時計は19時を指している。




出来る事なら…今日中に誤解を解いて…自分の気持ちを伝えたい。



イザークが…20歳の誕生日を迎えるまでに…私の気持ちを…





意を決したは…来た道を戻る為に踵を返した。
















【あとがき】

絡まる糸…

ヒロインの知らない所でイザークとアスランが直接対決。

意外と抜けてるヒロインです。

修羅場になるのか否か…

次で最終話となりますが…最後までお付き合いいただければ幸いです。



2005.8.7 梨惟菜










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