日の落ちた薄暗い夜道を1人、家へ向かって走る。
体力にあまり自信のないにとって、この道のりは相当長く感じる。
けれど…自分の想いは譲れないから…
どうしても伝えたい想いがこの胸にあるから…。
早く…もっと速く…
「はぁ…はぁ…っ…」
静かな通りにの足音だけが静かに響く…。
夢の終わりに
「!!」
向かう先から聞こえる声…
「…っ…ミリィ!」
「もう…急に飛び出しちゃうから心配したのよ?」
今にも倒れそうなくらいに息が上がっていて…
何とか言葉を発するのが精一杯…
「…何も持たずに出ちゃったって言うから…使用人さんから預かって来たの。」
イザークを探しに出たなら、行き先は分かっているから…。
ミリィの手の中にはのバッグ…。
「あ…りが…とう…」
カバンの中には携帯…財布とハンカチ…。
ハンカチを取り出したは頬に当て、汗を拭う。
「イザーク…居なかった?」
ミリィの問いに、はただ頷く事が精一杯。
「私が見掛けた時間からだいぶ経ってるもんね…。」
「ごめんね…ミリィが来てくれてるのに飛び出しちゃって…。」
「いいのよ。何か…急いでるんでしょ?」
一緒に探そうか?
優しい手を差し伸べてくれたミリィに、黙って首を振る。
「ありがとう。でも…私の力で解決しなくちゃいけない事だから…。」
「まだ…の事が好きなのか?」
視線を逸らさず…アイスブルーの瞳は真っ直ぐに相手の顔を見つめる。
「から…何も聞いてないのか?」
返った来たのは…それとは違う答え。
「…好きだ…。昔も今も…気持ちは変わっていない。」
「ならばどうして!あの時を傷付けた!」
どうして…の事を一番に考えなかった!?
震える拳を握り締め、イザークはアスランを怒鳴りつけた。
「そう言われたら…返す言葉も無いな…。」
反論はしない…
言い訳はしない…
あの時…父に逆らえずにを捨てたのもまた真実だから。
「は…お前の事をずっと想っていた。
お前に捨てられた事よりも…お前の家に相応しくない自分を悔やんでいた。」
だから…自分とアスランは結ばれない運命だったのだ…と。
「俺は…が好きだ。だからの傍に居る。」
「知ってるよ…。」
「だが…がお前を望むのであれば…」
もしも…を幸せに出来る人間が自分ではないのなら…
「身を引く事も…考えよう…。」
アスランの瞳が…大きく見開かれた。
その事を告げる為に…わざわざ呼び出したのか…?
もしもの気持ちが俺にあるのなら…身を引く?
「本当に…から何も聞いてないんだな…。」
「…何も言わなかった。」
そう…何も。
ただ、悲しそうに俯くだけ。
それは…本当の気持ちを告げるのを躊躇っていたから?
自分を捨てて…再びアスランを選ぶ事を決めたから?
「…俺からは…これ以上話す事は無い。」
「何…?」
「俺の歩むべき道は決まったから…。」
後は…イザークとの問題だ…。
「…貴様…」
イザークが再び拳を握ったその時…
ピルルルッ…
携帯のコール音が響く。
「俺のじゃないな…。」
自分の携帯を確認したアスランは、再び上着のポケットに戻す。
『着信:』
イザークの携帯がキラキラと輝き…ディスプレイに相手の名前が表示される。
「…からじゃないのか?」
「…あぁ…」
一瞬…イザークの中に迷いが生じる。
この電話に…出てもいいのか…?と…
「出てやれよ。俺はもう行かなくちゃいけないから…。」
「…もしもし…。」
『…イザ…ク…?』
電話越しに聞こえる彼女の声は…少しかすれていた。
「どうした?」
『…イザーク…どこに居るの…?』
「公園だ…川沿いの…」
聞かれた事だけをそのまま答える。
どうしてそんなに声がかすれているのか…
どうしてこんな時間に電話を掛けて来たのか…
聞きたい事は沢山あったけれど、聞けなかった。
『そこ…動かないで…っ』
それだけ聞こえて…電話は切れた。
気が付けばアスランの姿も消えていて…
少ない明かりに照らされた公園で1人…佇んでいた。
俺は…が好きだ。
好きで好きで堪らなくて…
自分の手で幸せにしてやりたくて…
けれど、彼女は本当に自分と居る事を望んでいるのか?
元々…一方的な片想いだった。
アスランと別れて…でもその想いを消化出来ないでいたに、それでも構わないと告げたのは自分。
悩んだ末、その手を取ってくれた。
最初はそれだけで満足だった。
手を繋ぐ事さえ躊躇った…。
触れたら壊れてしまいそうな…。
触れなかったんじゃない…
触れられなかったんだ…。
けれど…はそんな俺に優しく微笑んでくれた。
同情なのかもしれない…
愛情は無いのかもしれない…
それでも…傍に居たかった。
いつか…自分を…自分だけを見てくれる日が来るのではないか…と…
心の中で期待していた。
いつかの口から…そんな言葉が聞けるのを期待していた。
だが…今気付いた…
怖かったんだ…
彼女の口から…別れを告げられるのが…
静かな公園に響く足音。
汗を拭いながら…は公園へと駆け込んだ。
けれど…その公園にイザークの姿は無くて…
は一生懸命に周囲を見回す。
そんなに広い公園では無い。
日が落ちれば人気は無くなる。
イザークがここに居るのなら、見逃すはずが無い。
どうして…居ないの…?
慌てて取り出した携帯…
リダイヤルを押す手が震える。
怖い…
もしかしたら…イザークはもう、私の事を嫌いになってしまったのかもしれない…。
次にこの電話が繋がったら…『別れよう』って言われるかもしれない…。
涙で視界が滲んで…液晶に涙が零れ落ちる。
でも…それでも…
お願い…繋がって…
ープルルル…
ープッ…
「…イザーク?」
『あぁ…』
「どこに…居るの? 公園には…もう居ないの…?」
流れる沈黙が怖くて…
震えが止まらなくて…
『どうして俺を…探している?』
「え…?」
『何故…そんなに必死に俺を探すんだ?』
思わぬ問い掛けに、震える手が一瞬止まった。
「会いたい…から……イザークに会いたいから…っ…!」
ただ…それだけ…
傍に居たいから…居て欲しいから…
ただ…それだけなの…
ーガサッ…
草の揺れる音がして振り返ると…そこには携帯を持ったイザークが居た。
「イザ…」
「何故…そんなに泣いているんだ…?」
悲しみを帯びたアイスブルー…
頭では無く…体が先に動いていた。
「イザ…ク…っ!!」
手に持っていた全ての物を投げ出して…イザークの胸に飛び込んでいた。
「……」
「イザーク…会いたかった…」
しがみつく様に…彼のシャツを握り締める。
小刻みに震える体を止める術は知らなくて…ただ必死にシャツを握る。
「ごめんなさい…私…イザークに嘘を吐いたの…。」
「…アスランの…事か?」
「…うん…」
やはり…告げられるのは『別れ』なのか…
目を閉じたイザークは、次の言葉を待った。
「アスランに…さよならをして来たの…。」
「…え…?」
「大切な物を落として…アスランが拾ってくれたの。
それを返してもらう代わりに、一日だけ彼に付き合う事になって…イザークに嘘を吐いた。
本当に大切な物だったから…断れなくて…。」
「大切な…物…?」
「一生懸命選んだ…イザークへのプレゼント。
やっと気に入った物が見つかったから…どうしてもそれを贈りたくて…。
でも…イザークに嘘を吐いて…凄く後悔した…。」
自分の軽率過ぎる行動に…
イザークを傷付けてしまった事に…
「もう遅いかもしれない…許してもらえないかもしれない…。
でも…どうしても今日中に伝えたい事があるの…。」
シャツを握り締めていた手を解き…ゆっくりとイザークの体から離れる。
そして…自分より高い位置にある、彼の顔を見上げた。
「私は…イザークが好きです。」
好きなの…
誰よりも好きなの…。
確かに昔はアスランを愛していたけれど…今ならハッキリと言える。
「アスランは…もう思い出の人だから…。」
アスランに会って…その気持ちが昔の物だと気付いたの。
「どうしても…伝えたかった…から。」
例え…イザークの気持ちが切れてしまっていたとしても…
ちゃんと伝えなければ何も始まらない。
1年経ってやっと…分かったから…
「…」
イザークの腕が…フワリと体を包み込む。
「本当に…俺でいいんだな?」
「イザーク…?」
「後になってやっぱりアスランが良いなんて言い出しても聞かんぞ。」
俺は…一度手に入れた物は絶対手放さないぞ?
確かめるように…耳元で囁く。
「イザークじゃなきゃ…ダメなの…。」
「…俺も…を愛している…。」
「…っ…ひ…っく…」
止まらない涙が頬を伝って…ポタポタと落ちてゆく。
言葉にならない想いの全てが涙となって…の美しさを引き立てるように…
「もう…離さない…。」
確かめるように…
涙で濡れる頬を指で拭ったイザークはに口付けた。
「これを俺に?」
「…気に入ってもらえるか分からないけど…。」
一度邸へと立ち寄った2人は、大事な紙袋を持ってイザークのマンションへとやって来た。
普段…自分専用のマンションと実家を使い分けているイザーク。
と過ごす時には決まってマンションへとやって来る。
の手から渡される、イザークへの贈り物。
「言っただろう?の気に入った物を贈ってくれと。」
気に入らない筈が無い。
が俺の為に悩んでくれる事が一番嬉しいのだから。
丁寧に包まれた包装紙を剥がそうとしたその時だった。
「待って…」
「…どうした?」
「…それは…誕生日の贈り物…だから…」
だから?
首を傾げるイザークに、頬を染めて俯く。
「その…ちゃんと…日付が変わってから…開けて欲しいな…って。」
日付が変わるまで…あと5分…
「10代最後の…5分だね…。」
「…そうだな…。」
あまり実感は沸かないが…
こうして…目の前にそれを祝ってくれる恋人が居るだけで十分だ。
遠回りしたけれど…こうしてようやく互いの気持ちを通わせる事が出来た。
これ以上、幸せな事などきっと無い…。
「「あ…」」
カチッ…と音がして…
全ての針が一つに重なった。
「お誕生日おめでとう、イザーク。」
満面の笑みでがそれを祝う。
「…ありがとう…。」
お礼の言葉と同時に…イザークはを抱き締めた。
「一番に言いたかったの。」
誰よりも先に…『おめでとう』の一言が伝えたかった。
「これは…」
細長い箱から出て来たのは、銀色の懐中時計。
「見た瞬間に…イザークに似合いそうだな…って思って。」
気にってくれた?
少し戸惑いながら…伺うようにが問う。
「あぁ…凄く…いい物だ…。」
「良かった…。」
イザークの手の中で輝く銀時計…。
その笑顔が見れただけで…幸せな気持ちになれる。
イザークさえ傍に居てくれればそれでいいと…そう思ってしまう自分が居た。
「もう寝るか…。明日はの好きな所へ連れて行ってやる。」
「…イザークの誕生日なのに?」
「俺にはこれだけで十分だ。それに、お前の笑顔があればそれでいいからな…。」
の頬に口付けを落とし…
包み込むように並んでベッドに横たわった。
本当の恋人同士として目覚める初めての朝は…
彼がこの世に生まれて初めて迎えた夜明けと同じ朝…
夢の終わりに
end
【あとがき】
えぇと…かなりの強制終了になりました(汗)
イザークの誕生日ということで…
偶然にもイザークの誕生日プレゼントを巡るトラブルから始まったこの連載…
彼の誕生日の日に完結させようと決めたのが数日前…。
私の中でかなりバタバタと展開しました。
いい加減、何か一つ完結させたいと思っていたので、いいきっかけとなりました。
イザーク、20歳おめでとう〜☆
…そんな気持ちを込めて、この作品も完結です。
正直、纏まりの無い作品となってしまった気もしますが…。
ここまでお付き合い下さいましてありがとうございました。
2005.8.8 梨惟菜