「次は俺の行きたい所に行ってもいいか?」
「え…?」
映画館を出て…今度はアスランが希望を告げる。
一瞬、躊躇ったけれど…
「えっと…夕方に人と会う約束をしてるから…それまでに帰りたいんだけどいい?」
遠慮がちに問い掛けてみた。
「あぁ。夕方までには必ず…。」
その返事に、はホッと胸を撫で下ろす。
「アスランの行きたい所って…?」
「あぁ、じゃあ行こうか。」
夢の終わりに
「こ…こ…?」
「あぁ。」
アスランに連れられ、やって来たのは郊外にある公園。
街中とは違って、人も少なく静まり返っている。
芝生で走り回る子供達と、それを見守る両親の姿…
ベンチで寄り添って仲良く話すカップル…。
穏やかに流れる空間がそこにあった。
「好きだったよな?こういう静かな場所。」
「あ…うん…。」
どちらかと言えば、賑やかな場所よりは閑静な場所が好き。
それを良く知っていたのもアスラン。
「こないだ見つけて…きっと気に入ると思ったんだ。」
それは…ラクス嬢と来た時に見つけたの…?
心の中でだけ…そう呟く。
「ボート、乗らないか?」
「え…でも…」
湖の端にあるボート乗り場を指したアスランがの手を引く。
返事に戸惑っている内に、乗り場までたどり着いてしまった。
「足元、気をつけて。」
「…ありがとう…」
正面に座ってボートを漕ぐアスラン…。
なるべく視線を合わせないように…と、水面に視線を落とす。
水に映る自分の姿…
眉間にしわ…寄ってる…
「やっぱり…強引だった…?」
「え…?」
顔を上げるとそこには…
私と同じ様に、困った顔のアスラン…。
「強引っていうか…何かアスランらしくないな…って…」
何だろう…
今までのアスランとは…違う…
「ねぇ…」
「…ん?」
「どうして…急にこんな事、言い出したの?」
「こんな事って?」
「今日一日…付き合って欲しいって…。」
「あぁ…その事か…。」
一定の速度で動いていたボートのオールがゆっくりと動きを止める。
ボートもまた…ゆっくりとその場に動きを止める。
「好きだから。」
確かに耳に残るその言葉は、の瞳を大きく見開かせた。
「の事が…今も好きだから。」
何を…何を言っているの?
私を好き?
何で…今頃になってそんな事…
「…っ…私はっ…!!」
つい…
ムキになって身を乗り出したその時…
「!危ないっ!」
「きゃ…っ!!」
大きく揺れるボート…
伸ばされたアスランの手が、私の腕を引く。
ドサッ…
「ご…めん…」
ボートが反転するのを防ぐ為に慌てて伸ばした手が、の体を抱き寄せた。
今は…アスランの腕の中にあるその体…
慌てて腕から抜け出そうとしたけれど、アスランの力強い腕がそれを許さない。
「アスラン…っ…離して…」
「ごめん…もう少しだけ…このままで聞いて欲しいんだ。」
「には…悪い事をしたと思ってる。」
親に言われるがままに成立させた婚約が、恋人を傷付けた。
一方的な別れを告げて…それでも文句一つ言わずに身を引いた。
この手で幸せにしたかったのに…
「でも…やっぱりダメなんだ。を忘れる事なんて出来ない。」
と過ごした日々を…思い出にはしたくない。
「だから街で再会して…の落し物を拾って…」
もう一度だけ…チャンスが訪れたんだと勝手にそう決めた。
「もう一度…俺とやり直してくれないか?」
静かに響く風の音と…
揺れるボートが奏でる水音…
そして…アスランと私の心音…
「ごめんね。アスラン…。それは出来ない。」
たったそれだけ…
そう告げると、緩まる彼の腕の力…。
「私…イザークが好きなの。」
迷いの無い瞳が、ハッキリとそう告げる。
「もう、私の中では思い出なの。」
そう…もう思い出なの…。
「ずっと…忘れられなかった。でも、イザークに出会って…イザークに告白されて…。
最初はアスランの事、引きずってた。それでもいいからって言ってくれて、付き合う事を決めたの。
でも、一緒に居る内に変わって行った。イザークの事を知る度に好きになってた。」
イザークは優しくて…優し過ぎて…
付き合い始めてからは決してアスランの事を口には出さなかった。
ただ傍に居てくれて…毎日必ず会いに来てくれて…
黙って私の心を癒してくれる…。
「だから、アスランとはやり直せない。ごめんなさい。」
「…これ…。」
公園を出た所で、アスランが見覚えのある紙袋を手渡す。
それは確かに…私が落とした物と同じ…
「ありがとう…。」
その瞬間に、僅かに触れ合った手…
「アスラン…今までありがとう。」
「…」
「あの時は…ちゃんと言えなかったから。」
涙を堪えるのに必死で…
アスランに縋らずに耐える事に必死で…
笑顔で背を向けて別れる事しか出来なかったけれど。
今なら言える…。
アスランと過ごした日々を思い出に出来る。
「アスランと一緒に居られて…幸せでした。」
もう…振り返らない…。
私には帰る場所があるから…
傍に居てくれる人が居るから…。
家に着く頃にはちょうど夕方になっていた。
エントランスにはイザークの車が止まっていた。
それを確認したは、笑顔になって家まで駆け出した。
「ただいま!」
「様、お帰りなさいませ。」
「イザーク様が客間でお待ちです。」
「ありがとう。すぐに着替えて来るから…。」
そのまま…自室へと続く階段をあがろうとしたその時だった…。
「…?」
客間からイザークが姿を現す。
「あ…イザーク…。遅くなってごめんなさい。」
「いや…大丈夫だ。」
イザークが真っ先に視線を向けたのは…の手にある紙袋…。
自分で…買った物なのか…
それとも…アイツに贈られた物なのか…
「…庭に出ないか?」
「え…?」
「話があるんだ…。」
頃合良く傾き始めた陽がプラントの空を赤く染める。
夏の夕暮れ独特の風が頬を撫でる。
「今日…」
「え?」
「友達と会っていたんだな?」
「え…?う…うん。」
私のその一言に…イザークの顔が歪む。
「それは…嘘なのか?」
「え…?」
「それとも…アスランはお前の中ではもう『友達』と言える存在なのか?」
ドク…ン…
イザークに言われた一言…
隠すつもりだった…
昔の恋人に会うなんて…理由が無ければ出来ない事だし…
でも、その理由をイザークに説明する事は出来ないし…。
「…何て言ったらいいのか…分からない…。」
アスランは…昔の恋人…
でも今は…
友達とは言えない…
もう…会わない…
そう決めたから…
「まだ…アイツの事が忘れられないか…?」
「え?」
「は…ずっと俺の傍に居てくれたが…」
それは…俺に対する同情だったか…?
「違う…私は…イザークの事が…」
「じゃあ…どうして隠れてアスランと会ったりしたんだ?」
「それは…」
言えない…
言えないよ…
イザークへの贈り物を…落としてしまって…
それを返してもらう代わりに一日付き合う事になったなんて…
「今日は帰る…。」
「イザ…」
真っ直ぐに伸びる銀糸が…風でサラリと揺れる。
「イザーク…明日は…」
「悪い…少し…頭を冷やしたい。」
初めて…
『どんなに忙しくても1日に1回は会って話をしよう』
2人で決めた約束…
でも…先に裏切ったのは私…
イザークに責められても文句は言えないね…
自分の所為で広がってしまった溝を埋める術を知らなくて…。
どうしたらいいか分からなくて…
ただ…黙って去るイザークの後姿を見送る事しか出来ない。
【あとがき】
長かった…でしょうか…
どこで切ろうか悩んでいたらダラダラと…
イザーク夢だからイザークは少しでも出したいと思いまして…。
読みにくくなってしまって済みませんです。
この作品、一気に完結まで書きたいと思いますので宜しければお付き合い下さいませ。
2005.8.6 梨惟菜