「今日は元気が無かったな…。」
「え?…そんな事ないよっ…」
帰り際、を振り返ったイザークが心配そうに口を開く。
どこかに落として来てしまったプレゼントが気掛かりで…
折角、イザークと過ごせる貴重な時間だというのに頭に浮かぶのはその事ばかり。
「明日も…同じ時間に1時間程度しか会えないんだ。」
「うん。分かった。待ってるね。」
「済まんな。いつも俺の都合に合わせてばかりで。」
「仕方ないよ。イザークは忙しいんだから。」
「じゃあ、また明日な。」
「うん。お休みなさい。」
そっと…触れるだけのキスをに贈ったイザークは車に乗り込む。
夢の終わりに
イザークに悪い事…しちゃったな…
ベッドに腰を下ろしたは溜息を吐く。
折角悩んで見つけたプレゼント…
他にピンと来るものはなかなか無くて…
「やっぱり…探して来なくちゃ…。」
薄手のカーディガンを羽織ったは、部屋から飛び出す。
「お嬢様?お出掛けですか?」
「えぇ…少しだけ散歩でも…」
「今日は旦那様のお帰りも早いですから…あまり遠出はなさらないで下さいね。」
「分かったわ。行って来ます。」
夏とはいえ、日の落ちた街を吹き抜ける風は少し冷たくて…
徒歩で家を出たは少し身震いをする。
今日…歩いて来た道を辿りながら、アスランとぶつかった角までやって来た。
辺りを見渡すけれど、目的の紙袋は無くて…
やっぱり…誰かに拾われてしまったのかな…。
「もしかしたら…お店に戻ってるかも…」
拾った誰かが届けてくれるかもしれない…。
ルナマリアに聞いてみよう。
そう思い立ったは、時計を買ったアンティークショップへと急いだ。
「ううん。届いてないわよ。」
「そう…」
僅かな期待を胸に、再び訪れたお店にもその時計は届いていなくて…。
は項垂れる様に頭を下げる。
「どうする?他の時計…安くしてあげようか?」
「…ううん。もう少し探してみるね。ありがとう。」
ルナマリアの好意は嬉しかったけれど、あの時計以外にピンと来る物は無くて…。
それなのに失くしてしまったなんて…
きっと…同じ様な時計はどこを探しても見つからない。
俯いて家までの道を歩き始めた時だった…。
ピルルルッ…
電話のコール音が鳴る…
カバンから携帯を取り出したはディスプレイに目をやった。
『非通知設定』
誰…だろう…
「…もしもし…」
『もしもし…?』
「…アス…ラン…?」
『繋がって良かった…番号、まだ変えてなかったんだな。』
「あ…うん…。」
予想もしなかった相手からの電話に、はただ返事を返す事しか出来ない。
『昼に会った時…紙袋を落とさなかったか?』
「…え…!?」
もしかして…アスランが拾ってくれてた!?
『やっぱり…気付いた時には、もう居なくて…。』
俺が預かってるんだ…。
その一言に、は胸を撫で下ろした。
「ありがとう…凄く…大事な物だったの…」
『じゃあ…明日の午前中に会おうか…』
「え…」
『返さないといけないだろ?』
「あ…うん…」
『11時に公園通りの喫茶店で待ってる。』
それだけ言って…電話は切れた。
約束の時間の10分前…
窓際を避け、店の奥に座るはソワソワしながら時計を何度も見る。
テーブルに置かれたアイスティーは全く減っていなくて…
溶け始めた氷が、グラスの外に水滴を作る。
昔…良くアスランと待ち合わせをした喫茶店…。
彼と別れてから、ここへ来るのは初めてだった。
以前と変わっていない、店内の雰囲気…香り…
店内を包む空気が、昔を思い出させる。
「お待たせ。」
「…あ…うん…。」
目の前に現れたアスランが、向かい側に腰を下ろした。
「いらっしゃいませ。」
「アイスコーヒー。」
「かしこまりました。」
アスランは昔と同じ、アイスコーヒーをオーダーする。
冬は決まってアメリカン。
それも…忘れていなかった。
「飲んでないじゃないか…味、薄くなるよ?」
「あ…うん。」
言われて慌てて、ストローを口に含む。
氷が溶けて、薄味になった紅茶が口に広がる。
変わらない笑顔…
落ち着いたトーンの声…
いつも真っ直ぐ見つめて来る…翠の瞳…
まるで…昔に戻ったみたいな気分…
「あの…ありがとう…。」
「何が?」
「その…袋、拾ってくれて…」
アスランは気付いただろうか…
丁寧に包装された小箱の行き先を…
ううん…気付いた所で関係の無い話。
「あぁ…それなんだけどな。」
「?」
「今日は持って来てないんだ。」
「え…?」
じゃあ…何の為に私を呼び出したり…
「明日…明日一日、俺の為に時間を空けてくれないか?」
「一日…?」
「明日俺に付き合ってくれたら、プレゼントは返すよ。」
「…」
「プレゼントなんだろ?イザークへの。」
「…うん…。」
結局…アスランからのお願いを断れなかった。
清算を済ませたアスランがを追って外へ出る。
「明日…何時にどこへ行けばいいの?」
「あぁ…そうだな…」
喫茶店には1時間くらい居たけれど、一方的にアスランが話しているだけで…
明日の事とか…何も言わない。
「じゃあ、が決めてくれ。」
「え…急に言われても…」
てっきり、アスランから指定があるのだと思っていたから急に言われて困ってしまう。
思い浮かぶ場所なんて…1ヶ所しかなくて…
「じゃあ…いつもの場所にしようか?」
「いつもの…場所?」
「分かってるだろ?」
きっと…
思い浮かべた場所は私と同じ…
「…駅前の…噴水?」
「ああ。そこに11時。」
「…分かった…。」
外でデートする時に必ず待ち合わせた場所…。
天気の良い日はそこ…
雨の日はさっきの喫茶店…
「そうだ…念の為、俺の携帯教えておこうか…。」
「番号変えてないなら…大丈夫。」
「…そっか。まだ…覚えててくれたんだ…。じゃあ、また明日…な。」
携帯のメモリーはとっくの昔に削除したの。
けれど…指が覚えてて…
どこからでもアスランの携帯に掛ける事が出来る…。
どうして…?
何で…今更…
「、明日急に休みが取れたんだ。どこか行きたい所はないか?」
「え…?」
昨日と同じ時刻に邸を訪れたイザークが嬉しそうに告げる。
しかし…
『明日一日、俺の為に時間を空けてくれないか?』
蘇る…アスランのあの言葉…
待ち合わせの場所も決めてしまったし、何より、彼に会わなければプレゼントを返して貰えない…。
折角…久し振りに一日一緒に居られるのに…
「?どうした?」
「…あ…ごめんなさい…明日は…」
「何か予定があったか?」
「友達と…出掛ける約束をしてしまってて…前からの約束だったから断れなくて…」
イザークに…嘘を吐いた…
「そうか。なら仕方が無いな。」
「ごめんなさい…。」
「気にするな。急に言い出した俺にも非はある。」
「…夕方には…戻るから…」
「あぁ。じゃあ夕方、また邸に来るとしよう。」
嘘…吐いちゃったよ…
今頃になって…胸がズキズキと痛む。
イザークに…恋人に隠し事をして、昔の恋人と会うなんて…
でも…イザークには言えないよ。
イザークへの贈り物の為だなんて…言えない…
折角見つけたプレゼントなんだもの…
喜ぶ顔が見たいんだもの…
ベッドに横になったは、枕に顔を埋め、ギュッと抱き締めた。
大丈夫…
一日…アスランと会うだけ…
それだけなんだから…
自分に言い聞かせるように…
【あとがき】
…黒アス?
ちょっと黒めかなぁ…と。
初めて書いた…こんなアスラン。
どうしてもあの時計じゃないとダメ…ってこだわりを見せるヒロインです。
なかなかの頑固者です。
何だかありがちなパターンと言いますか…
察しの良い読者様はきっと、この次の展開は予想済みでしょうね。
何も言わないで下さい…聞かないで下さい(汗)
一応、頭の中では完結している作品です(汗)
頭の中では…ね。
では、ここまでお付き合い頂きましてありがとうございます。
2005.8.3 梨惟菜