!こっちだ!!」







静まり返った直後にバスルームの扉が開かれる。






部屋の窓は割れていて、そこには3人の兵士が倒れていた。









「時間が無い…このまま窓から外へ!」








「…どうするつもりなの…?」







「こうなった以上、ザフトには居られない…とにかくこの基地から出るぞ!」








「……分かった…」






手を引かれ、窓の外へと出る。





僅かなスペースは人一人が通れる程度のものになっていて、そこから非常階段へ続いていた。







激しい雨が頬を殴るように打ち付ける。










「ミーアも早く!」






窓際で怯えるミーアにアスランは手を差し伸べた。





恐る恐るその手を取った彼女もアスランに引かれて外へと出る。


































戦場の歌姫 〜Destiny〜

     ACT.5 惑わされし心

































「ア…アスラン、…どうしてっ…」







階段を駆け降りる途中でミーアが口を開いた。








「…議長は、自分の認めた役割を果たす者にしか用は無い…。」






「え…」





足音が止まる。





戸惑ったようにアスランの手を引くミーアの表情は困惑していた。









「彼に都合のいいラクス…そしてモビルスーツパイロットとしてのと俺…

 だが、君だってずっとそんな事をしていられるわけがないだろう!?」







「都合の…」






「そうなれば、いずれ君だって殺される!だから一緒に…」







「あ…あたしは…」







「ミーア…?」







急にミーアの体が震え出す。





濡れて冷えた所為では無い…





ミーアだって気付いた筈…アスランの言葉の意味…







「あたしは…ラクスよ!」






「ミーア!」






「違うっ!! あたしはラクス! ラクスがいいのっ!!」







叫ぶ彼女に初めて会った時の夜が蘇る…。








無邪気な笑顔…





確かに外見はラクスだけど、でもラクスじゃない。







『君が必要だ』と議長に言われてラクスになったって言ってた。






憧れだったから嬉しいって…役に立てて嬉しいって…







そんな純粋な気持ちまでも利用されたって言うの…?












「ミーア、あなただってもう分かってるでしょう!?

 あなたはラクスだけどラクスじゃない…いつまでも今のままじゃいられないって…」








「…役割だっていいじゃない…ちゃんと…ちゃんとやれば!!」






頬を伝うのは雨の雫だけでは無くて…





ミーアの激情に含まれるラクスへの異常なこだわり。









「そうやって生きたっていいじゃない!!」








どうしてそこまでラクス・クラインにこだわるの…?








「だから…アスランもも…ね…?」








逆にミーアがこちらへと手を差し伸べた。






まるで祈るように…縋る様に…











その時、上階から複数の足音が近付いて来るのが聞こえた。





まずい…追っ手だ…!










、先に行くんだ!」






「…でも…」







「俺は大丈夫だ、後から追うから!

 格納庫へ行くんだ!そこで落ち合おう!」









でも…このままアスランを…ミーアを置いて先に行ってもいいの…?






迷う心が一歩を踏み出せず立ち竦む。








「早く行け!これ以上追っ手を増やしたら守り切れなくなる!」








「…っ…!」







「銃は持ってるな?」







アスランの問い掛けに黙って頷いた。






内ポケットの小さい護身用の物に手を添え、存在を確認する。









「…守ってやれなくてごめん…でも…なら出来るよな…?」







「…待ってるから…絶対に来てね…」







「あぁ。必ず行く。」








2人に背を向けて階段を駆け降りた。











とにかく2人から離れなくちゃ…







今なら保安部の人達もアスランだけを標的にしてる筈…。






隙を突いて格納庫まで行けばいい…。









次第に激しくなる雨…。





遠くからは雷の音も聞こえる。






とにかく今は逃げ切らなきゃ…。








































「…っ…はぁ…っ…はぁ…」








雨に体力を奪われて、走り抜けた時には既に息が上がっていた。







まだ格納庫には人の手は伸びていないみたい…。








しん…と静まり返ったそこにはモビルスーツが何体か並んでいた。








「大丈夫かな…アスラン…」










入り口から死角になる場所に身を隠す。







寒い…







冷え切った体はガタガタと小刻みに震えていた。






きっと寒さだけじゃない…





このまま…逃げ切れるのかな…






私は難なくここまで来れたけど、アスランはそう簡単には辿り着けない筈。







追っ手はアスランを狙っているし、彼はミーアを連れているのだ。






ミーアを庇いつつ逃げなくてはいけない。







アスランなら大丈夫だとは思うけど…。




















「…警報…?」








微かにだけど、何処かから警報の音が聞こえる…。







確認したいけど…今下手に動いてアスラン達と擦れ違ってしまったら意味が無い。







動くわけにはいかない…






約束したんだから…






アスランを信じてここで彼が来るのを待たなくては…








目の前に並ぶグフへと乗り込む。







特定のロックも掛かってないみたいだし…これならすぐに起動させることも可能ね。







それを確認し、コックピットから顔を出すとライトが見えた。









「…何…」






一台の車が近付き、格納庫の前で止まった。









「…アスラン…?」







車から降りて来たのはアスラン…





それと…










!無事で良かった…!」







の姿を確認したアスランは彼女の元へと駆け寄り、そのまま腰を抱き寄せる。







抱き締める事での存在を改めて確認した。









「…メイ…リン…?」







車から一緒に降りて来たのはミーアでは無くメイリンだった。







何がどうなって彼女がアスランと一緒に…









「アスラン…ミーアは…?」






問うとアスランは体を離して…静かに首を左右に振った。








「説得はしたんだ…だけど…」






「…そう…」






「メイリンは逃走の途中で手を貸してくれて…彼女のお陰で無事にここまで来れたんだ。」







「もしかしてさっきの警報…」







「あぁ…彼女が基地のホストに侵入して…」








そんな事して…大丈夫なの?





心配そうな目で見つめると、メイリンは困った表情をしながら微笑んだ。









「私は大丈夫です…心配しないで下さい。

 それよりも早く行って下さい…時間がありません…。」






悲しそうな表情で俯く。








「殺されるぐらいなら…行った方がいいです…。」









「メイリン…」










「…アスラン! 後ろっ!!」









入り口に何者かの気配を感じでが叫ぶ。








「…きゃぁっ!!」






同時に銃声が聞こえ、アスランは素早くメイリンを連れて機械の陰へと飛び込んだ。














「…レイ…っ!!」








「……!?」









アスランを追って辿り着いた先にどうしてが…!?









「あなたも…逃げると言うのですか!?」







「レイ…」






「どうして…何故です!?」









「レイ…このまま議長の言う通りに戦い続けて本当に平和は得られると思ってる?」









「…得られますよ…ギルの言う通りにすれば全て上手く行く…」








だからお願いだ…





貴方だけでもいい…戻って来てくれ…







貴方を撃つ事は…俺には出来ない…






レイは銃口をアスラン達が盾にする機械へと向ける。











「レイ!やめるんだ! メイリンは…っ!!」








「レイ…っ…!」







「許しませんよ…ギルを裏切るなんて事は…!」










「…っ…」







自らの銃を取り出し、その銃口をレイへと向ける。








「レイ…ごめんっ!!」









「…っ…!!」








放った1発は的確にレイの手首を掠め、彼のライフルを吹き飛ばした。








「アスラン、今の内に!!」






「あぁ!」






立ち上がったアスランはメイリンに手を差し伸べた。






一瞬躊躇った彼女は意を決してアスランの手を取る。










「手前の機体は動かせるから…使って!」






2人がリフトに乗り込んだのを確認し、もう1つ奥の機体へと視線を向ける。







その時、入り口にレイの影が見えた。









っ!!」







レイが私の名前を呼ぶ。





背を向けて機体へと走るその背後から銃声が聞こえた。















「…っ…あぁ…っ!!」








レイの放った銃弾が右足を掠った。







「…っ…」








!!」







「いいから行って!!」











の悲鳴でレイの動きが止まる。







俺の放った銃弾が…







「…っ…」






その隙を突いては片足を引き摺りながらリフトへと身を委ねた。






がコックピットに入り込んだのを確認したアスランも中へと飛び込む。












「済まない…でもこのままじゃ君も…」







メイリンを巻き込んでしまった…






もう…後戻りは出来ない状況に陥っていた。






メイリンもまた、黙って頷く。








































 
格納庫に響いた1つの悲鳴







その瞬間にバランスを崩して倒れた彼女の姿が鮮明に瞼に焼き付いていた。









俺が…俺の手が…を撃った…






カタカタと小さく震える両手を見つめ、拳を握る。








撃つつもりなんて無かった…






止めれればいいと…そう思っていただけなんだ。






振り返って…俺の所に戻って来て欲しいと、そう願っただけなんだ。







なのに…なのにどうして…っ…











「俺なら貴方を悲しませたり…苦しませたりしないのに…」












意を決したレイは格納庫を後にする。

















「…シン…デスティーニーとレジェンドの発進準備をさせろ」







『…え? レイ? 何で…』






突然の通信にシンは戸惑う。






「逃走犯にモビルスーツを奪取された。 今から追撃する。」







『…えぇ!?』














































、大丈夫か…?』








「大丈夫…掠っただけよ。」








シートに腰を降ろしているから何とかなるものの、右足は痛みを訴えていた。







時折激しく襲い掛かる痛み…




足を伝う生温い液体の感触…




気分が悪くなりそう。
















「アスラン、これから何処へ向かうつもり?」







『アークエンジェルを探す。』








「アークエンジェルを!?」







『沈んじゃいない…きっとキラも…』








その言葉は確信なのか…願いなのか…








『もし生き延びているなら、彼らはオーブに向かった筈だ。だから俺達も…』









「!?」







アラートが鳴る。






モニターを背後に切り替えると、2機のモビルスーツがこちらを目指して向かっている。







何てスピード…グフの比じゃない…










「アスラン!」








『デスティニーにレジェンド…』








「例の新型機…?」








『あぁ、シンと…恐らくはレイだ。』










レイ…















この速度では逃げ切る事は不可能だ。






数秒後には追い付かれて…そして回り込まれる。









どうしたら…











、ここは俺が食い止める。だから…』








「ふざけた事言わないで。」








アスランの言葉を遮ったその声に迷いは無かった。











「ハッキリ言うけど…逃げた所で無駄よ。

 このスピードじゃ時間稼ぎにもならないわ。

 だったら…2人で戦った方が少しは可能性もあると思わない?」








…』








「私だけ生き残ったって意味が無いのよ。」









アスランが居なくては意味が無い。







アスランだってそう思ってくれてると…そう信じたいの。











『分かった…やってみよう…』









































【あとがき】

とりあえず基地から脱出…

もう後半メイリン無視で2人の世界作っちゃってますね…

メイリンは好きですよ。可愛いから。

本来なら迷わずアスランを撃つレイに迷いという感情を含ませてみました。

アスラン自体にはこだわりは無いけれど、ヒロインには…って感じで。

純粋なんだと思います、レイは。

生き残って欲しかったなぁ…シナリオ上仕方無いとは思いますが。

様、お付き合い頂きましてありがとうございます。

次回は脱出劇終盤となります。

また読んで頂ければ幸いです。




2006.12.13 梨惟菜









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