「アスランっ!やめて!!」
止めに入った時には既に遅く…
アスランの怒りの籠った拳は真っ直ぐにシンの頬を殴っていた。
周りに居た人間の手によって引き離された2人の間には不穏な空気が広がる。
「やめてください、アスラン!
シンの態度に問題のあった事は認めますが、いかに上官といえど、今の叱責は理不尽と私も思います。」
シンの腕を押さえたレイは睨む様にこちらを見た。
「アークエンジェルとフリーダムを撃てというのは本国からの命令です。
シンはそれを見事に果たした。賞賛されても叱責される事ではありません!」
「うるさいっ!!」
「アスラン!!落ち着いてっ!!」
今のアスランは何を言っても聞き入れてくれる状態じゃない…
「アイツに…討たれなきゃならない理由なんてない…っ」
「はぁ?」
「キラもアークエンジェルも…敵じゃないんだ…!」
アスラン…
抑える手は確実に震えていた。
シンを殴った右手の甲は未だ熱を含んでいる。
「敵です。」
「…レイ…」
「あちらの思惑はどうか分かりませんが、本国がそうと定めたのなら、あれは敵です。」
戦場の歌姫 〜Destiny〜
ACT.5 惑わされし心
「ジブラルタル…か…」
ここへ来るのも久し振りだ。
そりゃ…軍人を離れて2年以上が経過しているんだから当然だけど…。
頭の中がグチャグチャで…今にも破裂しちゃいそうだった。
キラが…シンに討たれたなんて…まだ信じられなかった。
アークエンジェルも…沈んじゃったの…?
「さん…大丈夫ですか?」
「あ…うん…」
いけない…まだ書類作成の途中だった…。
しっかりしなくちゃ…。
「そう言えば…シンとアスランが司令部に呼び出されたらしいですよ。」
「…え…?」
アスランとシン…が…?
「何の用で…?」
「それは分かりませんけど…。」
「そう…だよね…。」
もう…議長もこちらにいらしてるのよ…ね…。
じゃあ…司令部って…議長からのって事…?
シンが呼ばれたのは、きっとアークエンジェルとフリーダム討伐の件で。
じゃあ…アスランは?
「あ〜もうっ!!」
「さん?」
「射撃、行って来る。」
こんなモヤモヤした気分じゃ仕事なんて捗らないっ。
荒っぽく電源を落とした私は部屋を足早に飛び出した。
「あ…」
射撃場に入ると銃声が聞こえて来る。
どうやら先客が居たようだ。
見慣れた後姿は見間違う筈が無い。
見事なまでにサラサラと流れる金髪。
「……訓練ですか?」
背後の気配に気付いたレイはゆっくりと振り返る。
「ん…じっとしてると気が滅入っちゃって…。」
「アスランと…シンの事…ですね。」
「視点を変えればどちらの言い分も正しく聞こえるからね…。」
いや…正確にはどちらの言い分も正しいんだ。
だから…シンを一方的に責める事も出来なかった。
でも、それをアスランに伝える事も出来なかった。
私はなんて無力なんだろう。
「ですが…が思い詰める事は無い筈です。」
「レイ…。」
「貴方は…感受性が強過ぎる。」
「そう…かな…?」
「…っ…!?」
レイの手が…頬にゆっくりと触れた。
「当事者では無い貴方が何故そんなに傷付いた顔をするのです?」
「アスランの痛みは…私の痛みだと思いたい…から…。」
レイの手…何て冷たいんだろう…。
ひんやりとした感覚が頬を伝って…何だか涙が出そうになる。
「私だったら…貴方をそんなに悲しませたりしないのに…。」
「…レイ…?」
急に…レイの表情が沈んだように見えた。
「すみません…出過ぎた真似でした…。」
「ううん…ありがとう…」
「あ…!っ!!」
「ミ…ラクス!?」
部屋へと戻ろうとしたその時、ミーアが私を呼んだ。
「お久し振りねっ! 元気にしてた!?」
「あ…うん…ラクスも元気そうね…。」
「元気って言いたい所だけど、色々と転々として疲れちゃったぁ。」
ヒラヒラと派手な衣装を靡かせて、ミーアは可愛らしく舌を出して笑う。
「ね、お食事は?まだだったら一緒に食べない?
アスランのお話も色々と聞かせて欲しいの。ダメ?」
「…あ…ごめん…まだ片付けなくちゃいけない書類が残ってるの。」
「そう…なの…。 残念。」
「ごめん…また今度…ね。」
「うん、約束ねっ!」
ミーアには悪いけど…正直、今は和気藹々と食事なんて気分にはなれなかった。
まぁ…書類が残ってるって言うのも本当だけど…。
足早に部屋へと急ぐ。
与えられた部屋はホテルの一室の様に豪華で…ちょっと落ち着かない気もするけど。
「あ…れ…?」
アスラン…?
目の前のエレベーターが開き、乗り込むアスランの姿が見えた。
話…もう終わったんだ…
見る限りではシンは一緒じゃないらしく、彼1人だった。
追い掛ける余裕も無く、エレベーターはそのまま閉まる。
何か…あったのかな…
コンコン…
…コンコン…
「あ…はい!?」
ノック音に我に返る。
部屋に戻ってどれくらいの時間が経過したのだろうか。
「アスラン…私…です。」
「…?」
「あの…入ってもいいかな…?」
「あぁ…開いてるから…どうぞ。」
返事をすると扉はゆっくりと開いた。
「ごめん…忙しかった?」
「いや…」
「ノック、何回かしたんだけど返事がなかなか無かったから…。」
「済まない…色々と考え込んでて…」
アスランの顔…何だか沈んでる…
「あの…司令部に呼び出されたって…」
「あぁ…議長が…な。」
「うん。ミーアに会った。」
「新しい機体を渡された…。」
「その割には…嬉しそうじゃないのね…。」
「議長の考えが…どうしても受け入れられない…」
彼の言っている事は確かに正論だ。
元凶を断たなければいつまで経ってもこの現状は変わらない。
それは事実だと思う。
だが…アークエンジェルを…キラを討つ必要があったのか…?
その疑念はいつまで経っても晴れない…。
「…アスラン…」
手を伸ばし…それを彼の頬へと重ねようとした。
コンコン…
「…っ…」
ノック音に手を引く。
アスランは扉に手を掛けた。
「アスラン!部屋に戻ってたのねっ!」
「…ミーア…?」
「あ…も一緒!?」
周囲を確認したミーアは慌てて扉を閉め、中へと押し入った。
「ダメよ…こんな所に居ちゃ…。」
「え…?」
ミーアの表情は切羽詰った勢いで、何かを急いでいるようだった。
こんな彼女の姿は初めてで…何か良くない予感がする。
「あなた、さっきも議長にちゃんとお返事しなかったし…こんな事してたらホントに疑われちゃう!
あのシンって子はもう新型機の所に居るのよ…あなたも早く…」
「…ちょっと待ってくれ…疑うって…何をだ?」
ミーアは1枚の写真を取り出して目の前に出した。
「…コレ…!!」
「あなたはダメだって…」
写っていたのはアスランにキラ…カガリ…
アスランがミネルバを離れた時の…?
瞬間にルナマリアの姿が浮かぶ。
確かあの日…彼女は艦長から別任務を言い渡されて出払っていた…。
もしかしてこの写真…
いや…今ここでそんな事を考えたってしょうがない…。
それよりも、ミーアの言っていた事…
疑われるって…アスランがスパイ行為をしているとでも…?
でも、アスランはちゃんと理由を告げて艦を離れたのよ?
艦長だってそれを了承して離艦許可を出した筈なのに。
コンコン…
「「「…!?」」」
新たなノック音に3人は扉へ視線を向ける。
「ミネルバ所属、特務隊、アスラン・ザラ。
保安部の者です。ちょっとお伺いしたい事があるのですが…」
保安部!?
「流石…議長は頭がいいな…。」
「え…?」
「俺の事も良く分かってる。」
ドンドン!!
「アスラン・ザラ、開けて下さい!」
叩く勢いは強まり、相手の声も苛立つようなものに変化していた。
「確かに俺は彼の言う通りの人形にはなれない。
いくら彼の言う事が正しく聞こえても…!!」
「アス…ラン…」
「、君はバスルームへ!」
「え!?」
「俺が今から窓を割って外に出る。
その音で強引に入って来る筈だ。
ミーアは何も言わなくていい、このまま部屋に居るんだ。」
「え…でも…」
「時間が無いんだ!早く!!」
「「…は…はいっ!」」
言われた通りにバスルームへと駆け込んだ。
それを確認し、窓ガラスを割って外へと飛び出す。
ガシャンという音がした直後に、部屋の扉が勢い良く開く音が聞こえた。
「…悪あがきを…捜せ!!」
…どうしてこんな事に…
息を潜めながら外の様子に気を配る。
いつもより鼓動を早める心音がやけに近く感じる。
【あとがき】
いよいよ来てしまいました…
アスラン脱走です!!
色々と試行錯誤中です。
レイもね…少し大胆な行動ですね。
ヒロインは気付いているのやら…。
微妙なラインです。
レイもきっと恋愛感情と自覚していないので無意識に取った行動です。
そんな感じで次回は遂に逃げます。
何か熱があるみたいで…意識朦朧…とまでは行きませんがテンションおかしいかも?
ここまでお付き合い下さいましてありがとうございました。
2006.11.27 梨惟菜