「シンが戻って来たって?」
その報告を受けて艦長室に向かうと、扉の前にはアスランとルナマリアの姿が見えた。
「あぁ…中に居る。」
アスランの視線の先には艦長室へと続く扉。
ここで待っているという事は、入室は許されなかったという事。
とにかく、誰かが出て来るのをここで待つしかない。
もまた、2人に並んで壁に凭れ掛かった。
シンが無事に帰って来てくれた…。
それは何より喜ばしい事。
彼女を連れたまま逃亡してしまったんじゃ…とか、色々な可能性を予想していただけに安心はした。
でも…シンがした行為は軍法に反する行為であって、処罰は逃れられない筈。
それを承知の上で行動を起こしたシンの彼女に対する想いの強さを痛い程に感じた。
戦場の歌姫 〜Destiny〜
ACT.4 覚醒
「アスラン…シンの所に行くの…?」
営倉入りを命じられたシンとレイは揃って部屋を出て行った。
それを追う様に体を動かした彼の表情を見れば、その気持ちは察する事が出来たけど…
それでも問い掛けたのは、彼の気持ちを言葉で確認したかったからかもしれない。
「ちゃんと…話を聞きたいんだ。シンの。」
その言葉に、軽く瞳を伏せた後、再び顔を上げた。
「私も一緒に行ってもいいかな…?」
その言葉に、アスランは微笑んで頷いた。
営倉に向かうと、2人を連行したクルーが出て来る姿が見えた。
通路の陰に隠れ…頃合を見て中へと入ると、中はひんやりとした暗闇だった。
静かな空間に、足音が響く。
その足音に、俯いていたシンは顔を上げた。
手前の牢に座るレイと目が合うと、彼は再び瞳を伏せる。
アスランはその奥に居るシンの牢の前で立ち止まった。
「…シン…」
「…何ですか…」
ただ名前を呼ぶと、返って来たのは憮然とした態度の声。
「いや…済まなかったと思って…」
「はぁ?」
意味が分からない…と言った表情でアスランの顔を見入る。
「彼女の事…君がそんなに思い詰めていたとは知らなくて…。」
アスランなりの…気の遣い方だったんだろう。
けれど、シンは何食わぬ顔で答えた。
「あぁ…別にそんな思い詰めてた訳じゃありませんよ。
ただ嫌だと思っただけですよ。 ステラだって被害者なのに…
なのに皆、その事を忘れて、ただの連合の強化人間だって…
死んでもしょうがないみたいな言い方して…研究材料にしようとして…っ…」
膝の上で握られた拳が震えていた。
シンの怒り…悲しみ…そして無力な自分に対する悔しさ…
何もかもがもどかしくて…
昔の自分と重なって見えて、胸が苦しくなった。
「だが…それも事実ではあるんだ。」
「…アスラン…?」
彼の言葉は、私の想定外のものだった。
『それも事実』
「彼女が連合のパイロットであり、彼女に撃たれたザフト兵も沢山居る…それも事実だろう?」
彼女もまた軍人で…多くの命を奪って来た存在。
けれど…彼女は…
「でもステラは望んでなったんじゃない!
分かってて軍人になった俺達とは違いますっ!!」
アスランの言葉に逆らう様に、シンは激しく言葉を返す。
「ならばなおの事…彼女は帰すべきじゃなかったのかもしれない。
自分の意思で戦場を去る事が出来ないのなら…下手をすればまた…」
「じゃああのまま死なせれば良かったって言うんですか!?
あんなに苦しんで怖がってたステラを!?」
「そうじゃない!だがこれでは何の解決にも…」
「それにあの人は約束してくれた!
ステラをちゃんと、戦いの無い優しい世界に帰すって!!」
…『あの人』…?
連合の…人間?
シンが接触した人間がそう約束してくれたのだろうか。
「だから自分の言った事は間違っていないとでも言うのか?」
「アスラン…言い過ぎ…」
「は黙っててくれ。」
いつもの冷静さに欠けているアスランは、少し厳しい口調でシンに諭す。
そして仲裁に入ろうとしたの言葉にも耳を傾けてはくれなかった。
「俺だって…!!」
ムキになったシンは、今までベッドに座っていた腰を持ち上げる。
牢越しでなければ殴り合いにもなり兼ねない光景だった。
「シン…もうやめろ。」
一瞬の間に、レイの声が冷たく響く。
「アスランも…もういいでしょう?」
「レイ…」
2人の口論を止めたのはレイだった。
いつもと変わらない…冷静な口調がその場を鎮める。
「終わった事は終わった事で、先の事は分からない…どちらも無意味です。
ただ祈って明日を待つだけだ…俺達はみな…」
その言葉に、アスランもシンも口を噤んだ。
『終わった事は終わった事』
その事実だけが虚しく心に残る。
「アスラン…何であんな言い方…」
営倉を出たアスランを追うはその背中に問い掛ける。
「ゴメン…言い方、悪かったな。は止めようとしてくれたのに…。」
「私の事じゃないよ。」
「え?」
「シンにどうしてあんな言い方…確かにシンは軍の規律を乱す行動を起こしたかもしれないけど…」
「…けど?」
の言葉が途切れ、アスランは振り返ると…
躊躇った様子では口を開いた。
「でも…シンの気持ち…分かるから…」
「?」
「正直、アスランの言い方…一方的過ぎだったと…思う…。」
次第に語尾が小さくなって、は気まずそうに俯いた。
その様子にアスランは目を見開く。
今までにが自分に意見を強く主張した事があっただろうか…?
付き合いが長く、の事は両親以外では自分が良く知っているつもりだった。
それだけに、彼女のその言葉はアスランを酷く動揺させた。
「じゃあ…俺はシンに何て言えば良かった?
『大変だったな…』?それとも『可哀想だな』?
『良くやった』とでも言えば良かったのか? アイツの上司として。」
「そんな事言ってない!でも…っ!」
「シンがやった事は軍法違反だ!」
「分かってる!でも、シンの気持ちも汲んであげて欲しいの!」
「どうやって!?艦長に罪を軽くしてもらう様に掛け合えって言うのか!?」
「そうじゃない!」
「じゃあ何だっ!!」
アスランの怒りにも似た声に、の肩がビクッと跳ねた。
「あ…」
言い過ぎたか…と、アスランは眉を寄せる。
「もし…」
「え?」
「もしも私が…あの子みたいな強化人間だったら…」
「…何を言って…」
「アスランがシンと同じ立場に立ったら…同じ事が言えるの?」
もしも私があの子と同じ存在だったら…
『強化人間だから仕方ない』って…見殺しに出来るの…?
研究材料になっても、黙って見ていられるって言うの?
「何を…あり得ないだろう?そんな話。」
「だから、『もし』って言ってるじゃない。」
「…俺とは昔から一緒だった。だから惹かれ合った。そうだろう?」
「じゃあ…もしも私と違う形で出逢ってたら、私達は今こうしてなかったって事?」
「、今話している事とは関係無い…」
「関係無いかもしれないけど、同じ事だよ!」
シンの気持ちは理屈じゃないから…
頭で考えて制御出来る気持ちじゃないって…伝わって来たから…
「…止めよう。俺達がこんな言い争いをしても何も変わらない。」
「アスラン!」
「とにかく、この件に関しては上の決定を待つしかないんだ。
シンの個人的意見は別として、軍人である以上は仕方の無い事だから…。」
そう言うと、アスランはに背を向ける。
「…私達、お互いを分かってる様で全然分かってないね。」
「え?」
の言葉に、アスランは再び振り返る。
その彼女の瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
「人を好きになるのは理屈じゃないんだよ…。
アスランの言葉は、艦長がシンに言った事を繰り返しただけじゃない…。
シンだって十分分かってて…それでも納得出来なくてやったんだよ…。
それだけでも分かってあげて欲しかった…。」
頬を静かに涙が伝った。
怒りにも似た…悲しみの涙…
今度はが背を向け、逆の方向に歩き出していた。
呼び止める事も出来ず、アスランはその背中を見送るしか出来なかった。
の言葉が何度も頭の中でリフレインしたまま…
【あとがき】
これって喧嘩!?
な状態になってしまいましたが…
このシーンだけは絶対に書こうと思っていた場面。
アスランのキャラが崩れちゃいましたね…申し訳ないです。
ただ、アスランは真面目な人だけど、シンの気持ちも理解して欲しい。
そんな意味を込めてヒロインがアスランに言ったのですが…
いわゆる『修羅場』状態に突入してしまいました。
これはこれで面白いかな…と。
久々の更新になりました。
眠いです…病んでます。
でも読んで下さった方、いつもありがとうございます。
続きも気長にお待ち頂ければ幸いです。
2006.4.29 梨惟菜