「…不問…?」








本部からの通達内容は、昨日ミネルバのエースパイロットが引き起こした一連の事件における処分について。









その決定事項は艦長をはじめ、クルー全員を驚かせた。









明らかに軍法違反とみなされる行為だっただけに驚きは隠せない。












「不問って…本当に?」






「うそ…あれで!?」






「やっぱスーパーエースだもんな…。」








クルーの噂話にアスランは眉をひそめた。






ざわめく艦内に彼女の姿は無い…。








昨日の言葉が何度も蘇り、その言葉をかき消す様に頭を左右に振る。










ざわめく休憩室の扉が開く…。










「シン!レイっ!!」







彼らの姿を見てヴィーノが嬉しそうに駆け寄る。









「良かったよな、お前!もう心配したぁ…」







無邪気な笑顔とは裏腹に、シンは険しい目つきでアスランを睨んだ。










「…ご心配をお掛けしました…もう大丈夫です、色々とありがとうございました。」







「いや…」







「司令部にも俺の事、分かってくれる人は居るみたいです。

 あなたの言う正しさが全てじゃないって事ですよ。」




































戦場の歌姫 〜Destiny〜

   ACT.4 覚醒

































「…不問…?」






「えぇ。本当、驚きですよね…。」







部屋に戻って来たルナマリアは複雑な表情で艦内の話題をに説明する。









「そっか…釈放されたんだ…良かった…。」







ルナマリアとは逆に、は柔らかく微笑んで告げた。







純粋に…安心した。







何故…何も咎められなかったのかという疑問は生じたけれど、


シンもレイも大事な仲間だ。








こうして無事に釈放された事は本当に嬉しい。









そして…





その笑顔の直後には寂しげに瞳を伏せた。










アスランに…酷い事を言ってしまった…。








伝えたかった気持ち…全然伝わらなかった…。







伝わって…欲しかったのに…











さん…?」






「…大丈夫…」





























『艦長より全クルーへ通達です。

 ベルリン郊外に地球軍侵攻中との事です!

 司令部より通達があり、ミネルバは直ちに現場へ向かいます。

 総員、準備を怠る事の無いよう、備えて下さい。』













「ベルリンに地球軍…?」







「何でそんな…」







顔を見合わせたとルナマリアの顔に不安が過ぎった。










『パイロットは至急、ブリーフィングルームへ!!』





















「…って言っても…現在戦闘可能なパイロットはシンとだけじゃない…。」








ブリーフィングルームに集められた5人のパイロットの中で、スーツに着替えているのは2人だけ。







はヘルメットを強く握る。









彼女の姿を見守るアスランは拳を握った。












…俺が出撃する…」







「「は…?」」






急な申し出にとシンが同時に声を上げた。










「何を…言ってるの…?」








「君を出撃させるのは心配なんだ…分かるだろう?」








「…アスラン…気持ちは嬉しいけどそれは出来ないわ。」







!」









「これは命令なのよ?私とシンに出撃するように…って。

 特務隊のあなたが個人的な意見を主張してもいい筈がないでしょう?」








分かっている…






それは分かっているんだ…






でも…俺がここへ戻った理由は…を守る為なのに、何故自分が待機で彼女が前線に…
















「アスラン、ちょっと…」







耐え兼ねてはアスランの手を引いて部屋の隅へ移動する。












「…昨日、私が言いたかった事はこういう事なの…。」






「え?」






「理屈じゃない…って言ったでしょう?

 アスランの今の気持ち、それと同じじゃないの…?」













命令だから仕方ないけれど何とかしたい…






それが、人を大事に想うって事じゃないの…?
















「私は行くわ…どんなに危険でも…命令だから。」





!」





「アスランの言ってる事も…軍を乱す事になるのよ…。」



























『シン、。準備は出来ているわね?』








機体で待機する2人に艦長からの声が届く。







「「はい」」








『既に前線の友軍とは連絡が取れず、現在アークエンジェルとフリーダムが交戦中です。』









「アークエンジェルとフリーダムが!?」









『思惑は分からないけれど、シン、敵を間違えないで。』







「…っ…」







『戦力が苦しいのは承知してるけど、本艦は何としてもあれを止めなければなりません。

 司令部はあなた達に期待しているわ…お願いね…。』






















「シン・アスカ、コアスプレンダー、出ます!!」







、グフ、発進します!!」












































「大きい…」






目の前で破壊を繰り返す謎の新型には顔を歪めた。







今までのMSの比じゃないその大きさに圧倒される。







こんなの…どうやって止めるのよ…








弱気な感情が頭を遮り、は改めてレバーを強く握る。










どんな事があっても無事に戻らなくちゃ…










アスランが出撃して…何度不安になっただろう…。








それと同じ気持ちを、今彼は感じてくれている筈。







だからこそ、無事に戻らなければならない。







待っていてくれる人を悲しませるような事はしてはいけない。









だから…生きなくちゃ…




















さん!アレは俺が止めます!』









「シン!?」








『だからさんは逃げ遅れた人達の避難の誘導を!』









「でも!」








『インパルスの方がスピードは速いんですから大丈夫ですよ!』









「分かった…気を付けてね。」









さんも。』




















シンのインパルスは真っ直ぐに謎のMSへと向かって行く。








その先ではそのMSとフリーダムが交戦中だった。








流石のフリーダムも苦戦を強いられている。







大きさからして圧倒的に不利だもの…当然だ。












もシンに言われた通り、逃げ遅れた住民達の縦になりながら反撃を繰り返す。









何でこんな…無差別的な行為を…?








連合脱退を宣言しただけでどうして…








ザフトに属すると宣言した訳では無い。







だけど、連合に属さないという理由だけでこんな破壊を?














「許せない…」












何故…戦う意思を持たぬ者が撃たれなければならないのか…








それがには理解出来ない。









ただ静かに暮らしたいだけなのに…どうして…









争いの無い世界を望んで…そうしようとしているだけなのに何故…












ナチュラルとかコーディネイターとか…










そんなモノ、どうだっていいじゃない…

























『やめろぉっ!坊主!!

 それに乗っているのはステラだぞ!!』















え………











急に聞こえた叫び声に、シンだけでなくの手も止まる。





巨大なMSの側の…紫の機体…






あれは確か、アビスやガイアと共にあった機体だ。










「ステラって…それに今の声…」









前に何処かで聞いたような…









ステラ…







あの連合の強化人間…?







シンが帰したあの子?









直後に動きが鈍ったシンのインパルスに敵機が迫る。













「シン!!」







慌てて彼の元へと向かうが、それより先にフリーダムがインパルスの前に立ちはだかった。













「キラ…」








彼は知っているのだろうか…私がここに居る事を…









フリーダムの攻撃がウィンダムに直撃する。







キラの事だからコックピットは避けている筈だけれど、機体はそのまま落下していった。





















『シン!どうしたの? 何をしているの? シン!!』











艦長の声がグフにも届いたが、シンからの応答は何も無い。











!シンはどうしたの!?何をしているの!?』











「あの機体に…強化人間の少女が乗っていると…」









『え!?』










それを知っていて、シンが攻撃出来る筈が無い…










シンはあの子の事を…



















『やめろぉぉっ!!』















動きが止まっていたインパルスが急にフリーダムへと刃を向ける。










「シン!!」









『何をしているの!?シン!!』












の声も、艦長の声も今のシンには届いていない。







守ろうとした少女を撃てる筈が無い…







そして、そんな彼女を撃とうとする機体を許す筈が無い。
















今…シンの瞳に映る敵は…フリーダムなのだ。





















「シン…っ!! …くっ…」












今すぐに間に入って止めたい…







けれど、今ここを動いてしまったら…







私の後ろにはまだ逃げ切れて居ない市民が沢山居た。








辛うじて盾になって攻撃から守っていられる状態で、とてもじゃないけど…動けない…。
















「シン!お願い!! キラっ!!」












どっちでもいい…私の声を聞いて…








こんな戦い…何の意味も持たないよ…



















































「シン…またお咎めなしですね…」







「…ルナマリア…」








辛うじて形を残しているセイバーを見つめながら、1人佇んでいたアスランの隣にルナマリアが立つ。









先日の戦闘で負傷した片腕はまだ回復していない。








「あんまり…スーパーエースだから何をやってもOKみたいな扱いだと不満も出ますよね…。」








ポツリ…と呟くルナマリアの横顔にアスランは視線を向ける。













「君は…不満そうだな。」






「え?」






「だから俺に艦長へ掛け合えって?」






「違いますよ…私はアスランにもっと頑張って欲しいだけです。」







「俺に?」





「もっと…力を見せて下さいよ。

 そうすればシンだって…もう少し大人しく言う事を聞くと思うんですよね…。

 さんだって…。」







の名前が出ただけで、アスランの表情は急に硬くなる。








「…彼女は…?」






「部屋から一歩も出ませんよ…ショック、大きかったみたいです…。」






「そうか…」













は人一倍感受性が強い。






今回の事も…





には何も非は無い筈なのに、何も出来なかったと悔やんでいるに違いない。










けど…今の俺には何もしてやれない…




どう接したらいいかが分からない…











あの時ののセリフが頭から離れなくて…




少なくともあの時のは、俺の感情を拒絶したんだ…








あんなは初めてだった…









喧嘩という喧嘩をした事が無い。






彼女に対して不満は無かったし、彼女だってそんな素振りは一度だって無かった。







だから…今回も同調してくれると思っていたんだ…。










『アスランの背負っている物、私にも背負わせて…?』












その言葉に…甘え過ぎていたのかも知れない。






は、例え何があっても俺の言葉に同意してくれると…















「アスラン?」





「え…?」






「…早く…仲直りした方がいいですよ?」








「いや…そんなんじゃ…」







「…こじれると後が大変だと思いますけど…。」







































バンッ! バンッ!!













は無心でトリガーを引き続ける。







同じ位置に次々と銃弾は命中し、その度に額からは汗が飛び散った。















「…っ…はぁ…」












「流石ですね…」











「…レイ…いつからそこに…?」








「ほんの数分前からです。」











声が聞こえて振り返ると、レイの青い瞳がこっちに向けられていた。











「気付かなかった…敵だったら完全に死んでたわね。」







クスッと笑みを零し、は銃を台の上に置く。










「シンは…大丈夫…?」







「えぇ。今頃部屋で休んでると思います。」







「そっか…。」







タオルで汗を拭うの姿に瞳は奪われた。







軍人には勿体無い…細くて長い指…





揺れる毛先から漂う甘い香りに思考が停止しそうだ…。

















「レイ?」






「…え…?」






「大丈夫?」






「…大丈夫です…」












彼女と居ると自分が別の人間になってしまったみたいな気分に襲われる。










この感情を何と呼んだらいいのだろうか…






今までに感じた事のない感情…









誰よりも今…一番気になる存在…







気が付けば脳裏を掠める存在…















彼女がアスラン・ザラと居る姿を見ると落ち着かない。







彼は…俺の知らない彼女を沢山知っている…その事実が自分を苛立たせる。

























「シンの気持ちを想うと…今回の事、素直に喜べないの。」








「え?」







「確かにデストロイの力は脅威だったわ…沢山の犠牲も出た。

 でも…やっぱりステラは…自分の意思で戦ったんじゃないもの。

 シンは彼女の事を救いたかっただけなのに…一番辛い想いをしたんだよね…」







目の前で…見ている事しか出来なかった…





シンの辛さも心の痛みも…側でリアルに伝わって来たのに…








戦闘の後、彼女を抱いて姿を消すシンを止める事さえ出来なかった…








悔しくてもどかしくて…歯痒くて…









いつもそう…







大切な人が苦しんでいる姿を…ただ側で見ている事しか出来ない…

















「そうやって…人の苦しみまで背負おうとするあなたは…誰よりも強い人間ですよ。」






「え…?」







「俺は、力の無い人間が弱いとは思いません。

 は…シンの痛みを理解しようと一生懸命になっていた。

 その気持ちこそが心の強い人間だと…俺は思います。」









「レイ…ありがとう…」







涙腺の緩んだは思わず顔を伏せる。





目の前に立つレイの方に額を乗せて…一滴の涙を零した。










「ごめんね…ちょっとだけ…こうしてて…」


































  ACT.4 覚醒

         end
















【あとがき】

『覚醒』の意味はですね…

色々とあるんですが…一番の意味はレイにあるんです。

レイの初恋です。(本当かよ)

ルナとかメイリンとは違った存在が少しずつ気になり始めた…みたいな。

本人は未だ無自覚なのです。

アスランと絡み辛くて本当に悩む章でした。

ヒロインがちょっとシン、レイ寄りになりつつある…?みたいな。

アスランはあからさまにシンと対峙しちゃってますが、ヒロインは優しいからそれが出来ないというか…

仲間として信じてあげたい…みたいな気持ちが先走っちゃうんですね。

それでアスランと衝突しちゃって…

アスランも不器用なキャラなのでまた修復が大変。

こんな感じの章になりました。

5章ではもう少しヒロインとアスランについて話が展開できれば…と思います。

ここまでお付き合い下さいましてありがとうございました。











2006.7.1 梨惟菜












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