「大丈夫ですって!俺は何とも無いですよ。」
「でもどんな影響があるか分からないんだ。油断は禁物だぞ。」
誰かの声で閉ざされていた意識が少しずつクリアになってゆく。
何度も聞いている声の筈なのに…その主が誰なのかがハッキリしないのは何故だ…?
「あ…目が覚めた?」
ゆっくりと瞼を上げると、視界に飛び込んで来たのは1人の少女だった。
誰…だ…?
まだ完全に覚醒しきっていない意識が頭を朦朧とさせて…
次第に少女の輪郭がハッキリと見え始める。
「……?」
咄嗟に頭に浮かんだ名を呼ぶと、少女はホッとした表情で笑みを零した。
戦場の歌姫 〜Destiny〜
ACT.4 覚醒
「良かった…私が分かるのね?」
額に手を当て考える。
彼女越しに見える天井は、日頃見慣れた物と同じだった。
ここは…ミネルバか…
「覚えてない?レイ、研究所の中で急に倒れちゃったのよ。」
研究所…
そうだ…思い出した…。
最後に入ったあの部屋に足を踏み入れた途端に体が言う事を聞かなくなって…
それから先の記憶が曖昧になっている。
「が…俺を?」
「だったらカッコ良かったんだけどね…流石に私1人の力じゃ無理だから。
シンを呼んで一緒に運んで来たのよ。」
「済みません…ご心配をおかけしました。」
「あ!無理しちゃダメだって!!」
起き上がろうとすると、彼女が肩を抑えてそれを制止する。
「まだ横になってた方がいいよ。」
「いえ…大丈夫です。」
「ダメよ!先生もすぐに診て下さるって仰ってるから…」
「いえ…本当に大丈夫ですから…」
止める私の手を押し退け、レイは壁に掛けられた上着に手を掛ける。
「…本当に大丈夫なの…?」
「えぇ…ご迷惑をお掛けしました。本当にもう大丈夫ですから…」
「…レイ…?大丈夫なのか?」
カーテンの向こう側から聞こえる会話に、同じく医務室に居たシンが顔を覗かせる。
「あぁ…もう大丈夫だ。済まなかったな。」
「いや…大丈夫ならいいんだ…」
「任務は?どうなっている?」
「その事だけど…レイが目を覚ましたら艦長室に来るようにって言付かってる。
研究所の捜査はこれから体制を整えて再開するみたいよ。」
「…分かりました。では艦長室に行きますので…。」
「レイ!!」
医務室を出るレイを追い掛けると、彼はクルリと振り返る。
いつもと変わらない、冷静で落ち着いた表情の彼だった。
「…何か?」
「え…っと…大丈夫…なの?」
「はい。本当にもう大丈夫ですから…。」
「ならいいんだけど…無理、しないでね?」
「…ありがとうございます。」
「さん、内部の調査、終わったみたいですよ?
これから艦長と副長が入るそうですけど…。」
そう言って駆け寄って来たのはシンだった。
シンも私も特に体に影響は無かった。
何でレイだけ…
「ルナマリアは?何処に行ってるの?」
別任務を言い渡されたらしい彼女の姿を朝から見ていない。
「あぁ…俺も詳しい話は全然聞いてないんですよね。」
「そっか…。」
会話を交わしながら外へ出ると、大掛かりな設備がセットされていた。
「特に内部に異常は無かったみたいですよ。」
「そっか…。」
「俺、何だか中途半端で気になるんで一緒に中に入ろうと思うんですけど…
さんはどうします?行きます?」
「私は…」
どうしようかと考え込んだその時、通信が入る。
「艦長、セイバーです!」
レーダーにはセイバーの反応があり、示された方向に目を向けると赤い機体が小さく光った。
「…アスラン…」
アスランが戻って来た…。
キラ達とちゃんと会えたのかな…?
話、出来たのかな…?
「港へ戻ったら発進したと聞いて…何かあったんですか?」
状況を把握出来ていない彼は一番に艦長に問う。
「そうね…これからあるんじゃないかしら…。何か発見が…ね…。」
何かを含んだような艦長の言葉にアスランは首を傾げる。
「とにかく、私はこれからアーサーと内部へ入ります。
あなたも一緒に来てくれるわね?」
「はい、了解しました。」
体を反転させると、その先にの姿が映った。
ちょっと気疲れしたような彼女の表情…気のせいだろうか…
「…お帰りなさい、アスラン。」
「ただいま、。」
けれど彼女はいつもと同じ笑顔でそう言ってくれた。
「行かなかったんですね…。」
研究所の側で腰を落ち着けるの元にレイが歩み寄る。
「…あんまり気分の良い場所じゃないからね…。」
「そう…ですね。」
原因は不明だけれど、彼が内部で異常を訴えたのは事実。
レイは安全面を考慮して待機を命じられた。
「それに…レイの事も心配だったし…。」
「俺の…ですか?」
思い掛けないの言葉にレイは目を丸める。
「何事も無くて良かった…本当に心配したのよ?」
微笑みと共に添えられたその言葉に、今までに感じた事の無い感情が胸を伝った。
何なのかは自分にも分からない…。
鼓動がいつもより速く感じ…彼女から目が逸らせない。
「レイ?」
「あ…済みません…。」
何を考えていたのかさえ分からなくなってしまっていた。
彼女が自分の名を呼ぶ声で我に返る。
「アスランとシン…大丈夫かな…。」
「…内部のチェックは済んだんでしょう?なら大丈夫ですよ。」
「そう…だね…。」
・
元クルーゼ隊所属の赤服パイロット。
同じくフェイスのアスラン・ザラとは昔からの幼馴染。
そして…一度はザフトを抜けた裏切り者…。
そんな彼らを何故ギルが再び受け入れたのか…
全ては彼の目指す世界の為だ…。
それは俺も十分理解している。
これ以上、戦い合う世界を作ってはいけない。
不幸な人間を生んではいけないんだ…。
その為に…彼女は…そしてアスラン・ザラは選ばれたんだ。
「あ!戻って来た!」
2時間程が経過して、アスラン達が研究所から姿を現す。
その表情は酷く落ち込んだ…沈んだ表情だった。
「…あの…一体何が…」
その様子に恐る恐る艦長に問い掛ける。
「…アスラン、あなたから説明して頂戴。私はデータをまとめるわ。」
「…はい…。」
「アスラン…?」
「とりあえず座って話そう。」
「中で一体何の研究を?」
問い掛けるとアスランは気まずそうに俯く。
シンもまた同じように顔を歪めて拳を握った。
「連合が戦う為に作り出した強化人間の研究施設だったんだ。」
「…強化…人間…?」
…って何…?
嫌な予感が頭を過ぎる。
「前の大戦で…連合に妙な3機、居ただろう?」
「あ…」
ドミニオンに搭乗していた3機…
動きが全く読めなくて…戦いにくいってアスランもキラも苦戦した相手…。
「恐らく彼らも…この施設で作られた人間だ。」
「ホントにもう…信じられませんよ。
コーディネイターは間違った存在だとか言いながら、自分達はコレですか!?」
憤りを感じたシンが、怒りに任せてテーブルを叩く。
その反動で、テーブルの上のコーヒーが派手に倒れた。
「遺伝子いじるのは間違ってて、コレはいいんですか!?
一体何なんです!?『ブルーコスモス』ってのは!?」
「確かに…な…」
何もかもが分からなくなる…。
こんな光景を目の当たりにしてしまっては。
が内部に入らなかったのは救いだ。
あんな光景、彼女には見せたくないと…心底思った。
それ程に中の状況は凄まじいものだった。
「戦う為だけに…人間を強化させるなんて…」
人を人と思わない行為…
戦争なんてしたくないと思っているのに…どうしてそんな事をするんだろう…
考えれば考える程、連合のやり方が理解できない。
そしてその連合と同盟を結んでしまったオーブ…。
このまま私達は連合だけでなくオーブも敵として相手にしなくちゃいけないのかな?
ビーッ!!
「何!?」
突如アラートが鳴り響く。
その音と共にアスランとシンも立ち上がる。
「レーダーに敵の反応アリ!これは…ガイアです!!」
「ガイア!?」
「単独なのか!?」
「はい!他に熱源反応はありません!」
ガイアが単体で攻め込んで来る!?
この施設の秘密保持の為の攻撃としてはおかしすぎる…。
「アスラン、シン、お願い!」
「はい!!」
アスランとシンが機体へと走る。
「艦長!」
「相手が1機ならば2人で問題ないわ。」
「…はい…」
「残りのクルーは艦内へ!急いで!!」
「、中へ!」
機体へと乗り込むアスランの背を見送るにレイが叫ぶ。
「…うん…。」
アスランとシンなら…大丈夫よね?
レイを追ってミネルバへと駆け込んだ。
その後にどんな事態が待ち受けているのか…私達はまだ知らない。
【あとがき】
あぁ〜
じわじわと進んでます。
アスランとの絡みが少ないです。
むしろ今はレイ夢状態です。
レイが少しずつヒロインを意識し始める…みたいな。
最初はルナマリアやメイリンと変わらない存在だったのに…
そんな微妙な変化を描いていけたらなぁ…って思うんですけどね。
レイの心理描写が一番難しい気がします。
彼はギルの目的を知っている訳ですから、ヒロインも駒の1人に過ぎないんですけどね…。
それでも惹かれる時はある…という事で。
未だにアスランの脱走シーンに悩んでます…。
まだ先なんですけどね〜。
大きな山場なんで…。
では、読んで下さってありがとうございました。
2006.2.2 梨惟菜