「暑っ…」




外へ出ると太陽が露出した部分をギラギラと照らした。




強い陽射しに目が眩んだ私は反射的に瞳をうっすらと閉ざす。





「今年も暑くなりそう…。」




真っ青な空を仰ぎながら小さく呟いた。






暑いのは嫌いじゃない。




むしろ、人肌恋しくなる冬に比べたらずっと好きだ。




冬は身も心も寂しくさせるから…






























おとなりさん

























「…あ、美味しい…。」





「だろ?俺の一番のオススメ。」





一口だけ分けてもらったのは和風のオムライス。





オムライスの上にはケッチャップやトマトソースでは無く、大根おろしにツナ。





それにポン酢を掛けたごくシンプルな見た目。












「あっさりしてて食べ易いし、意外と合うんですね。」




「そうそう、この意外性が癖になるんだよ。」





「次に来た時にはこれ注文しちゃいます。」











じめじめとした梅雨が終わってカレンダーは7月。





毎週水曜日にムウさんが図書館を訪れてくれる習慣は相変わらず。





雨の中で芝生の上でランチが出来る筈も無く、最近のブームは近所のお店開拓となっていた。





雨の季節が終わったら今度は暑い暑い夏。





食事が終わって残った僅かな時間は公園の木陰で過ごす。





それが週に一度のお楽しみ。











今日訪れた洋食屋さんはムウさんが見つけてくれて来たお店だった。





図書館から然程離れていない距離にあったのに今まで気付かなかった。





小さなお店で、年配の夫婦が営んでいる可愛い雰囲気。





オムライスの種類が豊富で驚いたけれど、注文したのはスタンダードな味。






それとは正反対にムウさんが頼んだのは珍しい味。






珍しい物に挑戦するのが苦手な私は興味はあったけど頼めなくて…





そんな私を見たムウさんが一口だけ分けてくれた。






その光景は傍から見たら仲の良いカップル…かもしれない。





少なくとも、私が当事者ではなく、第三者だったらそう見てしまうと思う。
























「本当、ムウさんって色々とお店知ってますよね。」





「そうか?」





「この周辺は私の方が来る回数多い筈なのに。」






「水曜日は図書館に来たついでに周辺を散歩したりするんだよ。」






「…何か楽しそう…」






公園や周囲の街角を歩くムウさんの姿を想像してみる。




風景に溶け込んだ彼の姿はとても綺麗で…





きっと、擦れ違う女の人達は振り返って見るんだろうな。
















「私、入った事の無いお店に1人で入るのって苦手なんですよね…。」




「まぁ、女の子は特に苦手って聞くけどな。」





「…マリューさんも…ですか?」




「や、あいつは平気で入るぞ。

 まぁ、仕事柄…ってのもあるんだと思うけど。」





そのセリフの中に2人の付き合いの長さを感じた。




即答出来るくらいにお互いの事を知り尽くしてる雰囲気。





私とハイネの付き合いだって長いけど、彼の事を聞かれてすぐに即答出来るだろうか…。




正直、自信が無い部分の方が多い気がする。





























「だいぶ暑くなりましたね…。」





「そうだな…歩くのにはキツイ季節になるよな…。」





「…図書館の冷房も結構効いてて温度差が辛い時があるんですよね…。」





だから仕事中は手放せない薄手のカーディガン。




涼しいのは嬉しいと言えば嬉しいけど…効き過ぎもちょっとね…。




暑い中訪れる利用客に合わせた温度は常に居る人間にとっては少々低温。







「冷房病には気を付けろよ。」





「あはは、ありがとうございます。」





気遣ってくれる優しさにドキッとした本音を隠すように笑って返した。





些細な一言が心に響く。





片想い中によく訪れる現象だと何かの本で読んだ事があるような気がする。








昼休み終了の5分前には図書館の前で別れるのが習慣で…





公園から図書館へと続く小道を歩く時間が好き。






木々によって所々出来た木陰を歩きながら図書館の入り口に目を遣ると見慣れた姿があった。

















「え…」






木陰で待つハイネの姿に進む足が止まった。




何でこんな時間にこんな所に…?






私達の姿に気付いたハイネは一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに笑顔になり手を振った。















「…どうしたの?授業は…?」






「折角彼女に会いに来たってのに一言目がそれか?」






「や…だって…」





こんな時間に会いに来た事なんて一度だってないもの…。






「ムウさん、お久し振りです。」




「あぁ、元気そうだな。」







戸惑う私を他所に、ハイネはムウさんに視線を向ける。







「論文もひと段落したし、午後の授業が休講になったから顔見に来たんだよ。」





「…そう…だったんだ…お疲れ様。」






「昼に合わせて来たのにお前居ないし、携帯は出ないし…。」






「あ…携帯…ロッカーに入れたまんまだったかも…」






携帯に執着しない性格が災いして、置きっ放しにしていた事にさえ気付いていなかった。














「ホントお前、アナログだよな…。」





「…だって滅多に使わないんだもん…。

 ごめん、水曜日はムウさんと一緒に食事摂ってるの。」






「そ…っか…」





別に隠すような事じゃない。




友達とランチに行く…そんな感覚でハイネに伝えた。







「…もう昼休み終わっちゃう…とりあえず中に戻るね…。」






「あぁ、仕事終わったら連絡くれよな…。」





「…今日はもう予定無いの?」






「論文も終わったしな…結構余裕が出て来たんだ。」







「そっか…じゃあ終わったら連絡する。

 …ムウさんも…気を付けて帰って下さいね。」





「あぁ、じゃあまたな…。」





























ビックリした…





予想外の展開に、私の頬は夏独特の暑さとは異なる熱を帯びていた。






ハイネ…勘違いとかしてない…よね?






仕事に戻る前にロッカーを開くと、カバンの中には携帯があった。






画面には


『着信あり』の文字と『新着メールあり』の文字。






内容の確認などしなくても送り主は彼だと分かっているからそのまま携帯を閉じる。

























「お疲れ」





「もしかして…ずっと待ってたの…?」





「んなワケないだろ…ついさっき来たんだよ。」





外で待っていたハイネはヘルメットを渡す。



それはハイネがバイクを買った時に私の為に用意してくれた物だった。





「特に用事無いなら晩メシでも行かねぇ?」





「…あ…うん…。」




「何がいい?お前の好きな店でいいぜ。」





「えっと…じゃあ…」







お昼がオムライスだったから…







「…パスタ…とか?」




「よし、じゃあ決まりだな。」






















「知らなかったぜ…ムウさん、まだお前んトコ通ってたんだな…。」




「何だかんだで読書に嵌ってるみたい。ハイネも読んでみたら?」




「あ〜俺には無理。活字読んでたら絶対に眠くなるからな…。」




「…だろうね…。」









こうやってハイネと向かい合って食事をするなんて本当に久し振りだ。




ハイネは思っていた以上に不規則な生活を送っていて、私と過ごす時間はほとんどと言っていい程無かった。




でも、大変だと言いながらも毎日が充実しているみたいで安心した。





尤も、私は私で毎日が充実している。





自分の時間を大切に出来るからこそ、ハイネとの時間が大事なものに感じられる。





彼と別々の道を歩み始めて、改めてそう感じた。








でも…











?どうした?」




「え…?」




「手、止まってる。食欲無い?」




「あ…ううん…。そんな事無いよ。」





「ならいいんだけど…。」






















「今日はありがとね…。」





「いや、俺の方こそ仕事帰りに拉致って悪かったな。」





「あはは…何それ。楽しかったよ。」







「じゃ、また連絡する。今度はちゃんと電話、携帯しとけよ。」





「その為の携帯電話だもんね…。」






ふ…と笑みを零すとハイネの指先が頬に触れた。






「ハイネ?」




「…いや…何でもない。じゃあな。」




「うん…お休み。」



















小さくなって行くハイネの背中に手を振る。





何度こうして彼を見送って来たのか数え切れない。






最初の角を曲がって、ハイネの姿は視界から消えてしまった。












「……あ…」





家へと入ろうとしたその時、喫茶店のドアが開く音が聞こえた。





私の視線の先には、ムウさんとマリューさんの姿。






咄嗟に門の陰へと身を隠した。





何故そうしたのかは分からない。





無意識の内に体が反応していた。






お店の前には街灯があって、2人を綺麗に照らし出す。





大きな通りじゃないこの道に通行人は無く、まるで2人だけの為に用意された道のようだった。





会話までは聞こえないけれど、柔らかく微笑むムウさんの表情が印象的で…






恋人には…あんな風に微笑むんだ…





私に向けてくれる笑顔とは別物だった。





その微笑みが胸を締め付ける。





そっと伸ばした手がマリューさんの首筋に添えられて…





2人の姿は静かに重なる。





まるで…映画のワンシーンのように綺麗に…
























「な…んで…」





そのまま、地面へと腰を落としてしまった状態から動けなくなっていた。




力が入らない…。




瞼を閉じれば先程の2人の姿が鮮明に蘇って来て…





胸が苦しい…





2人が並んで立つ姿を見るのは初めてじゃないのに…




でも、初めてムウさんがマリューさんの恋人だと知ったあの日とは全く違う表情だった。





私と2人で居る時にマリューさんの事を話してくれる表情とも違ってた。






マリューさんを…大事にしているのだという想いが、表情に出てた。











分かってた…




ムウさんはただのお客さんだって。





全ての始まりは偶然だったんだって。





マリューさんと私がお隣さんだから声を掛けてくれるんだって。






頭では分かってたけど…心が追い付かない。







どうして…こんなにも胸が苦しいの?





相手は5つも年上の人。




大人で、美人な恋人が居て…私なんて妹同然の扱いに過ぎない。







でも…嬉しかったの。






私が選んだ本を読んで感想を聞かせてくれて…





私が観たいと言った映画に黙って付き合ってくれて…





毎週、図書館に来てお昼を一緒に食べてくれて…





そんな些細な時間が愛しく思える自分が悲しくて…








分かってたの…




この気持ちが恋なんだ…って





けれど、認めてしまったら…私はハイネと一緒に居る事が出来なくなってしまう。





だから、違うんだって自分に言い聞かせてた。





これは恋じゃない…素敵な男の人と一緒に居られて優越感を感じているだけなんだって。




















「どうして…マリューさんなの…?」







先にマリューさんの恋人として出会っていたら違う未来があったのかもしれないのに…





















【あとがき】

次は早めに…と言いながらもまた半年以上が過ぎてしまいました…。

書きたい事がまとまらなくて…右往左往…

ようやく文字に出来たと思ったらグダグダ…

恋人の居る人を好きになった事が無いので、その気持ちが上手く表現できるか微妙なのですが…

でも、先に好きになってしまってから後で知った場合、

「じゃあやめよう」で済むんですかね?

まぁ、状況にもよると思うんですが…人の気持ちって難しい。

しかもヒロインにも恋人が居るわけで…

難しいですね…恋愛って。

もう少し心理描写がうまく書けたらいいんですが…

本当、未熟者で申し訳無いです。

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。




2007.6.18 梨惟菜









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