「はぁ…」





読み終えた本をパタンと閉じ、壁に掛けられたカレンダーに目を向けた。





あれから1週間…




今日は、待ちに待った水曜日…






静かな午前中はソワソワして仕方が無くて…




仕事にもなかなか集中出来なかったし…





私…何を期待しているんだろう?





まだ1度しか会った事の無い、ほとんど何も知らない人…






なのに、ずっと落ち着かない。





こんな気持ち、本当に久し振りだった。






まるで恋をしているような…懐かしい気持ち。





会ったばかりなのにどうしてあの人の事が気になるのだろうか…。





彼がここへ現れたのはお昼過ぎの人が滅多に来ない時間帯だった…。





そろそろ…かなぁ…?







































おとなりさん



































時間って…こんなにゆっくり流れるものだったっけ…?






今日に限って、いつも以上に人が少ない図書館は何だか肌寒く感じた。






桜ももう散る季節なのに…こんなに気温が低い日も珍しい。




それとも、この寒さは気のせいなのかしら…。





持って来ていた本も気が付けば読み終わってしまい、また退屈な時間が訪れる。










ただ退屈なんじゃない…。




退屈なのはいつもの事だから慣れている筈だもの。





なのにこんなに気持ちが沈んでいるのはきっと、あの人を待っているからなんだ…。







先週現れた時間帯を過ぎても彼は現れない。






時計は15時を指している。





もう1時間もすれば学校も終わりの時間になって、学生が沢山現れる時間。





そうなると、館内の机は学生で一杯になる。






試験勉強をしたり…レポートを書いたり…



授業の予習や調べ物をする学生達…




時にはカップルで勉強する光景も目にする。









そんな学生を見ていると、学生時代の私とハイネの姿を思い出す。











試験前はここに入り浸っていたっけ…。














…何でそんな昔の事…思い出したりしたんだろう…。












あの頃に戻りたいから…?





純粋にハイネを…ハイネと一緒に居た頃の自分に戻りたいと思うから?





自分の事の筈なのに、それが一番難しくて分からなくて…






何日ハイネと会っていないんだろう?





それさえも分からなくなってしまうほどに彼に会っていない日が続いていた。





一番近い存在の筈なのに、何故か今は遠く感じる…。






















キィ…






その時、扉の開く音が聞えて…




私の顔は無意識の内にその扉へと体を向けた。





















けど…



入って来たのは待っていた人とは別の人…






胸の辺りが…急に寂しく感じたのが自分でも分かる。







私…期待してるの…?





あの人が来てくれるのを…?





どうして…?


















気が付けば窓の外が赤く染まり始めていた…。






大勢の学生で賑わい始めた夕方の図書館は忙しい。






本の貸し出し…返却…




資料を探す学生の為に文献を探したり…






そんな忙しさも過ぎ去ったのは夕方の17時半を回っていた。






閉館まであと30分…





カウンターを他の人に任せ、乱れた本棚を整頓しようと立ち上がる。







お休み…水曜日だけだって言ってたのにな…。




















ポン…





背後から人が近付いているのに気付いていなかった私の肩を誰かが叩いた。








「…あ…」





振り返るとそこには…ムウさんの姿…







「よっ。」





「…あ…えっと…こんにちは…。」





あまりに急だったので驚いた…





「カウンターに居なかったから休みかと思ったよ。」






淡々と話す彼の顔を黙って見つめていた。






綺麗な顔…



深みのある…一度聞いたら忘れられそうにない印象的な声…







?」




「あ…いえ…あの…」







「借りてた本、約束通りに返しに来たぞ。遅くなって悪かったな。」





「いえ…大丈夫ですよ…。」






ようやく落ち着きを取り戻した私の心の内を彼は知らない。




決してその心の内は表には出していないと思うから…。















「面白かったよ。噂通りだな。」




「でしょう?私、この人の作品、好きなんですよ。」





普段本を読まないらしい彼が共感してくれた事が何だか嬉しくて、自然と笑顔が零れる。






「…って事は、他の作品も持ってたりする?」




「え?えぇ。一応全部持ってますけど…。」





「マジで?良かったら貸してくれよ。珍しく活字にハマったみたいなんだよ。」





「…私で良ければ…」





「助かる。俺の周りの人間に活字読む人間って少なくってさ…。」







そう言って微笑む彼に、思わず吹き出してしまった。





「…俺、何かおかしい事言ったか?」




「いえ…すみません…つい。

 ちょっと待ってて下さい。カウンターに1冊置いてるんで…。」




「持ち歩いてんのか?」




「いつも1冊は…。本ってどこでも読めるじゃないですか…。」




「確かにね…。」































「サンキュ。」





本を手渡すと、彼は整った顔を少し崩して微笑んだ。






「いえ。お役に立てて光栄です。」







「じゃ、また来週…だな。」





「…そうですね…。」





「来週はもっと早い時間に来れるようにするよ。」





「無理しないでくださいね?」





「あぁ、大丈夫。」










彼はまた、笑顔で手を振って去って行く…。









心が…満たされた気分…












ムウさんの顔を見ていると…



ムウさんと話していると…




何だかいつもの自分じゃない気がして心が安らぐの。







不思議な人…









『また来週』






そう…言って帰ったよね…?





また来週も会えるんだ…。





振り返した手を引くと、寂しさの中にもう一つの感情が芽生える。







もっと話が出来たらいいのに…。








































「お疲れ様でした。」




「お疲れ様。」








片付けを済ませ、図書館を出ると辺りは薄暗くなり始めていた。





春とはいえ、この時間になるとやっぱりまだ肌寒い。







春物のコートのボタンを留め、家路を急ごうとしたその時…







「あ…」




「よっ。久し振り。」






目の前に立っていたのは、何週間振りかに見た恋人。







「月末まで忙しいんじゃなかったの?」





「つれないな…少し落ち着いたから会いに来たんだぜ?」






軽く放り投げられた物は、私専用のヘルメット。






「乗れよ。晩飯、食べに行こう。」





「…うん…。」














私の都合はお構いなし…って事かしら…。




別に帰るだけだからいいんだけど…せめて都合くらいは聞いて欲しい。




付き合いだって長いから、ハイネの性格は把握しているけど…





2人の心を結ぶ感情が少しずつ変化しているのを感じ始めてる。






ハイネの事は好きよ…。




好きだけど…昔の気持ちとはきっと違う…。
















、どうした?」





バイクの前で佇むに気付いたハイネはいつもと様子の違うに問い掛けた。






「…何でもない…今日はハイネの驕りなんでしょ?」




「…マジかよ…」




「当然じゃない。」




「仕方ないな…今日は特別だぜ?」








バイクの後ろに跨り、ハイネにしがみ付く様に腕を回す。





この感覚も凄く懐かしい気がする…。






















【あとがき】

1話から2ヶ月以上が経過してました…。

書こうと思いつつ、本編沿いが気になって気になって…

久し振りの更新です。

と言うか…全体的に久し振りに更新しました。

更新遅れて本当に申し訳ないです。

その上、この話は何だか展開が早い…

いつも無駄にダラダラと続いているので短めに仕上げたいなぁ…と思ってます。

目標は年内完結。

む…無理っぽ…(汗)





2005.11.25  梨惟菜












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