いつもと同じ…何の変哲も無い午後…。




窓の外に見える景色もいつも同じで…




そんな毎日に退屈してた。






別に、自分が選んで就いたこの仕事に不満なんて無いけれど…




こうして誰も来ない図書館のカウンターに座っていると時々思う。









人生を変える…大きな出来事なんて滅多に無いんだな…って。


























 おとなりさん




















昔から本が大好きだった。




小さい頃から母親によく連れてきてもらった図書館は私の大好きな場所だった。






だから大学へ進学して迷わずにこの資格を取って…司書になって…。





この仕事は大好きだし、自分に向いてると思う。




でも…何かが物足りない。




それが何かは分からないけれど…何かが足りないの。
















『From:ハイネ

 Title:無題

 ゴメン。今日駄目になった。

 急に論文の提出期限が早まってさ…。

 この埋め合わせは絶対にするから…な?

 また電話する。』










携帯に送られて来た文字に目を通し…返信もせずに鞄へとしまい込んだ。





彼からのドタキャンは良くある話。





付き合って4年にもなると、お互いに自分の時間を尊重し合うようになるものなのか…。





特に学生の彼と社会人の自分では環境も大きく変わってくるもの。




この春から社会人になった私と、大学院へと進んだ彼。




互いの環境が少しずつ変わり始めていた。












ガチャ…








人もまばらなこの時間帯に扉が開いた。






こんな時間に珍しいなぁ…と思いながら視線を向けると、入って来たのは男の人。





背の高い…金髪の男の人。




美形…では無いけど、整った顔立ち。




落ち着いた雰囲気の…大人の男性って感じかな?






なんて…こんな所に座ってると、つい人物観察しちゃう自分が居る。




しかも平日の午後になんて珍しいし…。



平日に訪れる人なんて、せいぜい子供連れの主婦くらい。








金髪の男性は文庫コーナーへと入っていった。









その後姿を目で追いながら…再び退屈になった私は持って来ていた文庫本を開いた。

































「ちょっといいか…?」




いつの間にか読書に熱中していた私の目の前に、さっきの男性の姿があった。





「え…あ、済みません。何でしょう?」





「探してる本があるんだけど…調べてもらえないか?」




「はい。タイトルと…お分かりであれば作者、出版社名もお願いします。」






「タイトルしか分からないんだ。それでも大丈夫か?」




「…一応お調べしてみます。」







「『潮騒』ってタイトルなんだけど…。最近発売された新刊。」





メモに書き留めるまでも無く、すぐに返答を返した。





「あぁ…その本、貸し出し中なんです。出たばかりで人気があって。」




「あ…やっぱり?いつ返って来るかわかる?」




「昨日貸し出したばかりなんで…恐らく来週以降になると思いますけど…。」




「そっか…。」






失礼な話だけど…あんまり読書をするようなタイプには見えない。




本好きの人なら、タイトルと作者、出版社名は最低限でも知っているものだから。








「生徒に面白いって薦められたから読んでみようと思ったんだけどな…残念。」





…生徒…?




「お仕事…教師なんですか?」




なのに平日のこんな時間にどうして…




「いや、塾の講師。」



「あぁ…それでこんな時間に…。」



「毎週水曜が休みなんだ。」





確かに…教師と言うよりは講師…のイメージがピッタリかもしれない。




ラフな格好が似合いそうだし…ビシッとしたスーツを着そうなタイプにも見えないし…



…って私、初対面の人に本当、失礼な奴だわ…。









「何ならその生徒さんに借りればどうです?その方が早くないですか?」




「基本的に生徒から物を借りるのは良くないと思ってね。塾の講師でも…さ。」




「はぁ…。」




何だ…意外とけじめのある人…?





「なら…私で良ければお貸ししますよ?持ってるので。」




「え…?いいのか?」




「えぇ。もう読んだから…。」





読みかけだった本のカバーを外すと、そこには彼が探していた本。





「じゃあ…貸して貰うよ。」




差し出された本を受け取った彼は笑顔を向ける。





優しそうな…落ち着いた雰囲気…






「俺はムウ・ラ・フラガだ。君は?」




「あ…です。。」




ね。君は水曜日はここに居る?」




「居ますよ。休みは毎週金曜日。それ以外の日なら9時から18時までここに居ます。」




「分かった。次の水曜日に返しに来る。」









ムウと名乗った彼は本を片手に図書館を出て行く。








ムウ・ラ・フラガ…か…。





年、いくつくらいなんだろう?



名前しか聞く事、出来なかったなぁ…。






塾の講師で…水曜日がお休みで…




生徒と個人的に物の貸し借りはしない…意外と堅い人。






「次の水曜日…かぁ…。」








暇潰しの本を貸してしまった為、時間を持て余してしまう。




それくらいに平日の図書館の仕事は少ない。




夕方になれば学校帰りの学生が勉強に来たりするんだけど、それまでにまだ数時間あった。






肘を付き…窓の外の景色に目を向ける。





桜の花びらが風に舞って…ヒラヒラと落ちていく。




春ももうすぐ終わりを告げようとしていた。




















ピルルルッ…





「もしもし…?」




『あ…?仕事終わった?』




電話越しに聞こえて来る恋人の声…



何だか疲れているようにも聞こえる…深みのある声。





「うん。今帰り道。」




返事をしながら、昼間に来たメールに返信するのをすっかり忘れていた事を思い出す。




だが、ハイネはそんな事を気に留める事無く、話を続けた。




もまた…触れられないのならば…とあえて謝罪はしなかった。






『今日、悪かったな。』



「あぁ…いいの。気にしないで。」




『何かさ…急に課題とか論文とか増えちまって…暫くは会えそうにないんだ。』




「…そっか…それじゃあ仕方ないよね…。」




『月末にはひと段落すると思うからさ、来月になったら遠出しようぜ?な?』



「うん。楽しみにしてる。勉強、頑張ってね。」




















「あ、ちゃん。今帰り?」





「あ…マリューさん、こんばんわ。」




家の隣にある小さな喫茶店。



そのお店を経営しているマリューさん。



小さい頃から遊んでくれて…本当の妹みたいに可愛がってくれて…



私も本当のお姉さんみたいに慕ってる、憧れの人。






「良かったら寄っていかない?ご馳走するわよ?」



「いいんですか?」



「当たり前じゃない。さ、入って♪丁度お客さんも居なくなって退屈してたのよ。」










真っ直ぐに帰ろうとしていたその足をお店へと向ける事にした。




どうせ帰ってもする事なんて特にないし…


マリューさんの入れてくれるコーヒーは凄く美味しいし…。






春の風は暖かくて…



あまりの心地良さに逃避してしまいたくなる…不思議な風。









今日の小さな出逢い…




来週になればまた…あの人と会えるんだ…って思うと何だか嬉しくて…





こんなに気持ちが弾むのも久し振りだった。




















【あとがき】

本当はムウの本編沿い連載を始めようと思っていたんですが…

キラ本編沿いもまだまだ中途半端だし…と思いまして。

先にこちらからスタートです。

ムウさんが塾の講師…

わぁ…個人的にはその塾に激しく通いたいです!

優しく教えてくれそうだなぁ…なんて♪

イメージ的に似合いそうだったので塾講師にしてみました。

ハイネは学生さん。

ヒロインは図書館司書。

で、マリューさんが喫茶店経営…という事で…

なんだか既にタイトルがね…バレバレ?みたいな…。


様、お付き合いくださいましてありがとうございます♪

こちらもまた…のんびりとやっていこうと思いますので、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。










2005.9.20 梨惟菜











TOP | NEXT