ずっと会いたくて…
でも、あなたはもうこの世には居ない。
分かっていたのに…それを受け入れる事が出来なくて…
自分だけが年を重ねていくのが怖くて…
何もかも投げ出して…生きる事を止めようと何度も思った。
そんなに愛していた人を忘れた私…
他の人を愛してしまった私…
自分の本当の心が…分からない…
キオク
「アスラン、話があるの。」
「…どうしたんだ?」
食事の後片付けを終えたは、リビングでくつろぐアスランの正面へ腰を下ろす。
真剣な…思い詰めた眼差し…
雑誌を持っていたアスランはそれを閉じ、テーブルの上にそっと置いた。
「コレ…」
は小箱をテーブルの上に置き、アスランの前へ差し出した。
「…コレは…」
アスランが数日前に手渡した…求婚の証…。
手に取ったアスランが中を開けると、指輪は渡した時の様に、ケースに収められていた。
「これが…の返事なのか…?」
「ごめんなさい…受け取れない。」
俯きながら…悲しげな瞳で…
それでも発した声は力強く…。
「理由を…聞いてもいいか…?」
アスランは落ち着いたトーンで聞き返す。
責め立てる前に…彼女の気持ちをしっかりと聞きたいから…。
それを聞かないと納得出来ないから。
「思い…出したの…。」
「…え…?」
「失った記憶、私の所に戻って来た…。」
「つまりそれは…俺じゃなくて彼を選ぶって事?」
衝撃の事実を耳にした後でも、アスランは冷静さを失わない。
否、失わないよう、必死に努めていた。
その言葉には黙って首を横に振る。
「彼には…ムウには告げるつもり、無いから…。」
「…どうして?」
「一番辛い時に都合良く忘れて…今更、そんな事言う資格、無いから。
でも、思い出してしまった以上、アスランと結婚する事も出来ないから…。」
「俺はそれでも…っ!」
「私が許せないの!!」
「…っ…」
そう…
自分で自分が許せないの…。
私がアスランを選んだら…傷付くのはムウ…
私がムウを選んだら…傷付くのはアスラン…
本当に傷を背負わなければいけないのは私…
だから…私は幸せになっちゃいけないの…。
「両天秤に掛けて悩む事も出来ないのか?」
「散々…悩んだわ。」
悩んで…悩んで…
夜も眠れなくて…
ううん…私の中では傾きつつある。
でも、それは言えない。
言う資格さえ無い。
「昔の私はムウを愛していて…今の私はアスランを愛してる。
思い出しても…昔の私が戻って来ても…アスランへの想いは褪せない。
でも、同じ様に、ムウへの想いも褪せないの。」
苦しいの…
自分が許せないの…
「そうか…」
小さく溜息を吐いたアスランはゆっくりと立ち上がる。
「アスラン…」
「君が決めたのなら…結婚出来ないって言うなら…仕方ないさ。」
無理強いはしたくないから。
の気持ちがここにあって初めて、本当の幸せになるのだから…。
「…近い内に…ここ、出て行くから…住む所が見つかるまではここに置いて欲しいの。」
「勿論だよ。ここは君の家でもあるんだから…。」
「…ありがとう。」
「さん…本当…に?」
「はい。全て、思い出しました。
マリューさんにも…他の皆さんにも色々とご迷惑をお掛けしてしまって…本当に済みません。」
「そんな事は気にしないで。あなたが元気なら…それで十分なんだから…。
それで…ムウには…」
「いえ…アスランには話したんですけど…彼には言わないつもりです。」
「どう…して…?」
「十分傷付けてしまったから…これ以上、彼を苦しめたくないんです。」
償う事すら出来ない…
私は…あなたに謝る事すら出来ない。
知らない振りをしなければいけない…。
彼が、私以外の人と出逢って…
その人を私以上に愛するようになる為には…
「それで…今日はもう一つお話があって来たんです。」
「話…?」
「じゃあ…今まで本当にありがとう。」
それから1週間後、は手早く荷物を纏めて家を出る事になった。
「…新しい住所、教えてくれないのか?」
「今は…1人になって、気持ちの整理をしたいから…。
でも、落ち着いたらちゃんと連絡するから…ね?」
「…分かった。」
「本当に…アスランには迷惑を掛けてばっかだったね。」
本当にごめんなさい。
悲しそうに…寂しそうに微笑むもまた、アスランの目には綺麗で…
本当は手放したくなんてない…
けれど…彼女の意思は固くて…
自分の想いをどう口にしたとしても、きっと今の彼女には届かない。
「幸せにしてやれなくて…ごめん…。」
「そんな…私、幸せだった。」
目の前にあった道を見失って…暗闇に迷い込んで…
その闇から私を救い出してくれたのはアスランだから…。
「じゃあ…元気でね…」
「も…。」
「アスラン!!」
が去って静まり返った家の中に戻って30分程経った頃…
血相を変えて家に飛び込んで来たのはカガリだった。
「…カガリ?どうしたんだ?」
「お前!何でを行かせたんだ!?」
「何で…って…引き止められる筈が無いだろう?」
「私は…お前が止めると思ったから何も言わなかったのに!」
今にも泣き出しそうなカガリの瞳が気になって…
「どういう…事だ…?」
「お前…の行き先、聞いてないのか!?」
「フラガさん、お疲れ様です!」
「おう、お先!!」
モルゲンレーテでの仕事にも慣れたムウは、毎日定時には帰宅するようになっていた。
真っ直ぐ帰った所で何もする事はないけれど…
それでも、ムウにとって一番落ち着く場所は自分の部屋だった。
着替えもせず、作業服のまま荷物を持ったムウは外へと出る。
「ムウさん!!」
名前を呼びながら自分の元へ走って来るのは…
昔の恋人の…今の彼氏…
「アスラン…どうした?久し振りだな。」
何事も無かった様に、普通に笑みを向けるムウを見てアスランは更に焦る。
やはり…彼は何も聞かされていないのだと…
「何かあったのか…?」
いつも冷静沈着なアスランの取り乱した様子に、ムウも眉間に皺を寄せた。
「急いで…港に急いで下さい!!」
「…は…?」
「が…がこの島を出るのを止めて下さい!」
「が…島を出る!?何だよそれは!」
額に汗を滲ませ、必死になるアスランから出た言葉に、ムウは持っていた荷物をその場に落とした。
【あとがき】
ようやく終わりが見えて来たこの作品…
もはや管理人のあたしもパニック状態でございます。
物語も最終回に向けて一気に走り出しました。
あと少しで完結出来ると思います。
2005.6.27 梨惟菜