「もう…本当に大丈夫だってば…。」



「何かあったらすぐに連絡するんだぞ?」



「分かってる。アスランは心配性ね。」




それでも尚、納得のいかない表情を見せるアスランの背中を押し、いつものように玄関先で見送る。


笑顔で手を振ってくれるに自らも振り返し、いつものように邸を後にした。
















キオク




















あれから何度も日記を読み返し…


ようやくそれが現実なのだと受け入れられるようになり始めた。




私がかつて愛した恋人はムウさんで…

彼は終戦直前の戦場で私を…艦を庇って…


そして…亡き人になった…


誰もがそう思っていた…と。




そして彼を失った私は精神的に脆くなり、自らを追い詰め…


そして命を絶とうとした…





私を守って自らを盾とした彼を忘れ…

私は今、アスランという恋人と幸せな生活を送っている。



何て浅ましい…卑怯な女なんだろう…。




彼がここを訪ねてくれた理由がようやく分かった…。



自分を心配してくれているであろう恋人に無事を知らせる為…

その腕に抱き締めてくれる為…




なのに…


それなのに私は…




『…もしかして…マリューさんの恋人ですか…?』



そのセリフに驚いた彼…



『もしかして…どこかでお会いしました?』




…最低…






他に手掛かりは無いかと…そっとアスランの仕事部屋へ忍び込む。




日記帳の置かれていた机は相変わらず書籍が散乱していて…


その机の上は何度となく探したからもう手掛かりになる物は無いだろう。



そっと…机の引き出しに手を伸ばしてみた。




鍵の掛けられていないその引き出しはゆっくりと開く。




中にあるのは何本かのペンとメモ帳…

そして…未使用の手帳が1冊。



パラパラと捲ってみるが中身は真っ白だった…。




「…?」



一番最後のページに何かが挟んである事に気付く。




「…写真…?」



たった1枚の写真が姿を現した。




これは…





決定的証拠…






今よりも少し短い髪の私と…

その隣に寄り添うムウさんの姿。



ムウさんが私の肩を抱いていて、私は幸せそうに微笑んでいる。

同じ軍服を身に纏う私達…



彼の顔は傷が無く…端正な顔立ちが私の目を奪う…







確信してしまった…。



彼は…私に会いに来てくれたのだ…と。










自分に襲い掛かる罪悪感…



彼を忘れて…他の人を愛して…


彼の気持ちも考えずに、1人だけ幸せになろうとして…












思い出さなくちゃ…








皆が伏せて隠そうとしてくれていた事は…きっと私の為だから。



けれど知ってしまった。



愛していた人が居た事を…


その人が私の前に現れた事を…




思い出さなくちゃ…





私がどんな風に彼を愛していたのか…



その気持ちだけは…誰も知る筈が無いから。


私にしか分からない記憶だから…。




















胸がざわめく…


ここへ自らの意思で来るのは何度目なのだろうか…





あの日…私が全てを忘れるきっかけを作り出した場所…。



ここへ来れば何かを思い出せるのかもしれない。


そう思い、私はここへとやって来た。







心配性なアスランは私が1人で出歩く事を好ましく思わなかった。


それはただ単に、私が危なっかしいから…また事故に遭わないように心配しているからだと思ってた。





違ったのね…



いつ記憶を取り戻して…同じ事を繰り返すか分からないから…。



それが心配だったのね…。









事故現場に立ってみても、やはりピンと来るものは無く…



どうして思い出す事が出来ないのだろう…

自分の不甲斐なさに泣けてきそう…。











10分程、その場所に佇んでみたが、何も思い出せない。





帰ろう…。



そう思って家の方向へ向けて歩き出そうとした時だった…







「…!?」











車道の向こう側を歩く人の後姿が視界に入った。





ズキン…




突如、走る痛み…




後姿…









『ムウ!!』






叫び声…


車のクラクション…ライト…







「うっ…」





沢山の映像が一気にフラッシュバックする…






そして全てが頭の中で弾けて…













「思い…出した…」







力を失い、歩道に座り込んだ私の頬を伝う雫…



思い出せなかった時とはまた別の痛みが胸に残る。



どうしてこんなに大事な事を忘れてしまっていたのだろうか…。










自ら命を絶とうとしたんじゃない…


誤って車道に飛び出した結果が招いた事故…



今ならそれがハッキリと分かる。
















モルゲンレーテから1人で暮らしていたアパートへと戻る道の途中。


毎日欠かさずに通っていたこの道…




あの夜は…少し仕事が詰まっていた所為でいつもより遅い帰りになった。



海岸通りを抜け、この道に差し掛かった時…


車道を挟んで向こう側の歩道に1人の男性の後姿が見えた。





ウェーブの掛かった金髪…


今思えば、その全然似てなかった様な気もする…



けれど、ムウを失って半ば精神状態が不安定だった私にはそれだけで幻に見えたのかもしれない。






「ムウ!!」






彼だと錯覚してしまった私は向かいの歩道に向かって叫ぶ。


けれど彼は振り返ってくれない。



行ってしまう…




慌てた私は彼を追いかけようと…


車道に飛び出した…。









車のクラクションとライト…



記憶を失う前に見た、最後のビジョン…









記憶を失う前の私と…


記憶を失った後の私…



どちらも同じ私の筈なのに…



明らかに違う事があって…まるで一つの体の中に2人の人間が存在しているような気持ちになった。







愛している人が…違うの…



1人の人間である私が…2人の人を愛している…





だから…思い出してはいけない…


今の私が…昔の私にそう言い聞かせていた理由はコレなの…?




















【あとがき】


ようやく思い出しました。

アスランや他の人達は、ヒロインが自殺しようと飛び出したんだと思ってたんですね。

まぁ…このまま放っておいたらいずれは自殺しちゃいそうな状態ではあったんですが…。

実際は違ったんです。

ヒロインの中ではまだ信じられなくて…

もしかしたらムウは生きてるんじゃないか…?って。

その結果、ぜ〜んぜん似ても似つかない後姿に錯覚を起こした…と。


この作品を書くキッカケとなった歌があります。

Every Little Thing の 『キヲク』

流石にタイトルまでは…と思い、『ヲ』⇒『オ』にしてみました。

歌詞が凄く好きなんです。勿論メロディーも。

『失ってやっと気付く それはかけがえのないもの』

そんな想いをカタチにしたくて…この作品が生まれました。

物語りもそろそろ佳境…と言った所でしょうか。

本当に自己満足で書いてしまっている作品ですが、もし読んでお気に召してくれた方がいらっしゃれば…

最後までお付き合いいただければ幸いです。






2005.6.21 梨惟菜








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