「…誰…?」


目を覚ました私の第一声はそれだった。


目の前には驚いた様子で私を見る、同い年くらいの少年…。


濃紺の髪に深緑の瞳…。



今にも泣き出しそうな瞳…



私を知っている誰か…なんだろうけど、思い出せない。



それどころか、自分が誰なのかも分からない…。





私は…誰なの…?





















キオク





















「君の名前は。」



…」


そう言われてもピンと来ない…。



「俺の名前はアスラン・ザラ。」


目の前に腰掛ける少年は柔らかい笑みでそう告げる。



「アスラン…?」


「そう。」




目覚めた私の側に座るこの少年にも見覚えが無く…。

でも、彼は私を知っていて、私に欠けた記憶を与えてくれていた。




「アスランは…私の恋人?」



ふと気になって問い掛けてみると、彼は頬を赤く染めた。



「ち…違うよ。俺は君の友人。」



アスランは慌てて訂正すると、から視線を逸らした。






「記憶…一時的なものなのか良く分からないみたいなんだ。」



でも、大丈夫だから…。


不安そうに俯くに対し、アスランは一生懸命勇気付けようとする。


その懸命な仕草には嬉しそうに微笑んだ。



「ありがとう…アスラン。」




















オーブへ降りた時、アスランはと出逢った。


アークエンジェルでオペレーターの仕事をする彼女。


普段は軍人らしくキリッとした視線で立ち…


同い年とは思えないくらいに大人と対等に渡り合っていた。




そんな彼女が唯一堅い表情を崩す相手…。


10歳以上も離れた大人の男性…。



かつて、剣を交えた事もある、『エンデュミオンの鷹』は器の大きい人だった。



時には厳しい事も言われたけれど…


その言葉は常に正論で、アスランも少なからず影響を受けた相手。


ディアッカは結構懐いてたみたいだ…。



そんな彼が、何よりも大切に慈しむ様に接していたのが


2人が恋人同士である事は、2人を包む空気ですぐに悟った。





所詮、敵わない恋だった…。





いつか自分も…


彼のような大きい人間になりたい…


その時に出逢った、愛しいと思える女性を大切にしよう…。



アスランはに対して芽生えた淡い恋心を胸の奥に仕舞い込んだ。




















「私が軍人だったなんて…何か想像つかないな…。」


「厳しい軍人だったよ?怖いくらいに…。」


「え〜?本当に?」



病室からは明るい笑い声が聞こえる。



事故に遭って1週間…


の病室には毎日、色んな人が見舞いに訪れた。



同僚、友人…


誰が訪れた時にも、傍らにはアスランの姿…。


それを見て、安堵した様に微笑む者も居れば、悲しそうな瞳になる者も居た。


けれど、何も知らないは気付かない…。




が忘れてしまった記憶の大きさ…

しかし、忘れてしまった事で解放された、悲し過ぎる運命…。



これで幸せなのだ…


彼女に与えられた、新しい幸せへの一歩…。




自己紹介をしたり、思い出話を聞かせてくれたり…


その中で、誰も決して『彼』の名前、話題は出さなかった。


…出せなかった…。




知っているから…。


2人に結ばれた『絆』の深さを…。

に二度と歩ませたくない、過酷な道を…。





















「やっと明日で退院だな…。」


「うん。これもアスランのお陰ね。ありがとう。」


入院している間、アスランが病室を訪れなかった日は無く…

彼が隣で話をしてくれるのが当たり前の日常となっていた。



色んな話を聞いたけれど、結局何一つ思い出せない…。


今後の事とか…不安要素は沢山あった。





、一緒に暮らさないか?」


「…え…?」




アスランからの一言に、は目を丸くする。



「本当は…ずっと前から君が好きだったんだ…。でも、言い出せなかった。

 こんな状況で告白なんて…卑怯な気もするんだけど、俺はの支えになりたいんだ。」



記憶を失ったが、明日からの生活で苦労する事は目に見えている。


以前の様な仕事も出来ないだろう…。


また、一から始めなくてはいけない…。



今の環境が把握出来ていないを1人で住まわせるのは心配で堪らない。



それに…不安は他にもあった。





彼女の事故原因…




彼女の部屋で見つけた日記帳…


事故に遭う前日の内容…



もしかしたら彼女は…

自ら車道に飛び出したのでは…?
















「恋人になって欲しいとか…そういう事じゃないんだ。 ただ…」



先の言葉に詰まってしまったアスランは、拳を握りながら俯く。


そんな彼の心情を悟ったは、そっと彼の手に自分の手を添えた。




「ありがとう…。凄く嬉しい…。」


アスランが顔を上げると、の瞳は涙で潤んでいた。



「私も…アスランの事が…好きよ…。」






常に側に居てくれて…

何も分からない私の為に色々と良くしてくれて…


行動の全てに、アスランの強い想いを感じたの…。


私を想ってくれてる…って感じたの。




「今度は…私があなたの側に居て…あなたの為に何かしたいの…。」


「ありがとう……。」
























「…ん…」



「…!?」



の瞼が僅かに動き、少しずつ開いた…。



「アス…ラン…?」




「良かった…」



また『誰?』なんて言われたらどうしようかと思った…。


目覚めたは、確かに自分の名を呼んでくれた。


その事にアスランは安堵し、立ち上がっていた腰を下ろした。







「私…」


周りの環境を確認する…。


見覚えのある壁紙…カーテン…インテリア…



2人で使っている寝室だ…




「あの後…電話入れたんだけど出ないから心配になって帰ったんだ。」



そしたら…階段の上でが倒れてた…。




「気分、悪くないか…?何か飲む?」


「あ…うん。平気。お水、貰えるかな?」


「分かった。待ってて…。」



アスランは再び立ち上がり、寝室を後にした…。



体を起こしたは風で揺れるカーテンの向こうに視線を合わせ、拳を握る…。








倒れる前に襲われた激しい頭痛はもう無い…。


至って健康…だと思う…。


けれど…胸が痛い…


心が…苦しい…







アスランは…気付いていない…。


仕事部屋にあった…秘密を開いてしまった事…














「ちょっと…眩暈がしただけだよ。」


「本当に…?」



「久し振りにパソコンなんて触ったから…ちょっと疲れただけだよ。」



だから心配しないで?



それ以上何も言えなくなってしまったアスランは渋々立ち上がった。


「じゃあ…せめて今日の晩ご飯は俺に作らせて?」


「うん。ありがとう…。」








を残し、アスランは下へと降りて行く。


その足音を確認したは、ベッドに体を沈めた。






『ムウ…会いたい…』



僅かに震える文字…

どんな気持ちで書いたんだろう…



何も思い出せない…。


私が、ムウさんと恋人同士だった…?



あんな衝撃的な内容の日記を読んでも尚、戻らない記憶…。



自ら書いた文字によって明らかにされた自分の過去なのに…。









「痛っ…」


また一瞬、頭痛が起こる…。


無理に思い出そうとすると…こうなってしまう…。



思い出すな…

そういう事…?




少し薄暗くなる寝室…

その闇に誘われるように…再び眠りに就く…。













【あとがき】


ヒロインとアスランのなりそめ…になってる…

ヒロインが精神的に弱っている状態です。

何か…この作品に関しましては何の反響も無いので微妙だな…

私個人としてはとても気に入ってるんですけどね…。

ムウ好きなの〜///マジで。

本編でもっと出番を!!





2005.6.19 梨惟菜











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