「紅茶で良かったですか?」



「…あぁ…。ありがとう。」






2人でお茶を飲む時に出て来たのは決まってストレートティーだった。



すぐに俺の好みを把握してくれた彼女の部屋には常に同じ葉が常備されていて…。





目の前に差し出されたカップからはミントの香り。


決して嫌いな味じゃ無い。



けれど…今までと違う香りが鼻について彼女の顔が見れなかった。





















  キオク























「以前の話を聞かせてくれたのは主にマリューさんだったんですよ。」



ムウを見ながら自分が記憶を失った後の話を始めた


黙って聞く事しか出来ないけれど…


少しでもの事が知りたかった。


の記憶から自分が消え去った後の…俺の知らない彼女を…。






「でも…ムウさんのお話は出なかったから…色々と聞かせて貰えません?」



「その…戦場で亡くなったと思ってたから…敢えて話さなかったのよ。」



悲しい思い出なら…知らない方が幸せな事だってあるでしょう?



悲しげに微笑しながらマリューはフォローを入れる。



「あ…責めてるんじゃないです。でも…こうして生きてお会い出来たんだから…。」




ニコニコと笑いを絶やさないに俺も少しだけ笑みが零れた。




「色々…って言ってもなぁ…。同じ艦には居たけど、そんなに接点は無かったし…。」


「そうだったんですか…?」



「俺はパイロットで君はオペレーター。俺はほとんどが前線だったしね。」









嘘を吐いた…。


誰よりも一番近くに居たのは俺だよ…。



そう言いたくて仕方が無かったけれど…言えなかった。






それ以上に話が弾む事も無く、アッサリと昔の話題は終わってしまった。


が冷めた紅茶を入れ直す為に席を立つ。









「色々と聞きたいんだが…いいか?」


が家の中に入ったのを確認したムウはアスランに視線を向けた。


「…はい。」




が戻って来てしまっては困るから…2人で庭へと出る。


「私は…ここでさんを待ってるわね。」



マリューに見送られ、2人は背を向けた。





















「2人は…いつから?」



「彼女が…事故に遭ってからです。」







が事故に遭ったと連絡が入ったのは夜の事だった。


仕事の帰り道に車道に出て車に撥ねられた…と。





身寄りも無く、1人暮らしをしていた彼女だから、一番に連絡が入ったのは勤め先であるモルゲンレーテだった。



アスランは行政府でカガリの秘書兼護衛の仕事をしていたが、その日は偶然にもその場に居た。



連絡を受け、病院に急行したのはアスランとマリュー、そしてキラだった。






特に目立った外傷は無いものの、頭を少し強く打ったらしく、目覚めるまでに時間が掛かるかも知れないと宣告された。












「俺は…ずっとを想っていました。」


「ずっと…?」


「共に戦うようになってからずっと…です。」




一目惚れだった。



誰に対しても優しく微笑む彼女。


誰もが認める恋人が居て…

常に彼の隣で幸せそうに微笑んでいて…。


手の届かない存在なのだと一度は諦めた恋だった。









「俺が…昏睡状態の彼女に付き添いました。」



目覚めるまでずっと…


カガリに無理を言って休みを貰い、常にに付き添った。


だから、目覚めた時に彼女が一番に瞳に映したのはアスランだった。







「第一声が 『誰?』 でした。」


目の前の人物はおろか、自分の名前すら思い出せなかった。


「目の前が真っ暗になりました。」



は全てを忘れていた。


自分の名前…生い立ち…

仲間の事…戦争の事…



そして…愛した恋人が居た事…

その恋人が戦場で命を散らしたという事も…。





「辛かったですけど…彼女にとっては良かった事なのかも知れないと思いました。」



目の前で恋人の乗った機体が閃光を放って…

どれだけショックだっただろうか…。


取り乱し…倒れ…傷付き…





「あなたが目の前で爆発したショックでは一度倒れたそうです。」



高熱に侵され…生死の境を彷徨い…






「それでも生きてる自分に涙を流してました。」






だから…酷いとは思ったけれど、これは彼女に与えられたチャンスなのだと思った。


過去を忘れ、新しい人生を歩むチャンスが訪れたのだと…。






「彼女が退院するまで毎日病院に通いました。彼女に色々話を聞かせてくれたのはマリューさんで…。」


結局、自分はと知り合って間も無い存在だったから。


ずっと遠くから眺める事しか出来ず…



接点が無かったのは自分の方だったのに…。




「沢山話をして…一日の大半を病室で彼女と過ごして…。
 退院する時に…俺から告白しました。」




君の側で守りたい…と。



「記憶も取り戻せていなかったし…色々と心配だったからこの家を借りて…。」



「そうか…。」








サワサワと吹く風に揺られて漂う花の香り…。


恐らくはここに住み始めてが丁寧に育てた花々だろう。


彼女には戦場よりも花の咲き乱れた庭園が似合う。



ずっとそう思っていた。



それを叶えたのは彼…。



彷徨う彼女に手を差し伸べ…優しく包み込んだ。


そんな彼の手をが振り払う筈が無い。








俺が居ない間に…の新しい生活が始まったんだ…。














「じゃあ…また来るわね。」


「はい。今度はちゃんと連絡して下さいね?」



お2人の好きな紅茶を用意して待ってますから。


優しく微笑んだが門まで見送ってくれる。


傍らには恋人を伴って。





「じゃあアスラン君…さんをお願いね。」


「…はい。」



チラッとムウに視線を送ったアスランは答える。


「じゃあ…またな。」



ムウも苦笑しながら軽く手を振り、背を向けた。





















「優しい人だったわね。ムウさんって…。」



「あぁ…アークエンジェルでも頼れる人だったみたいだ。」



「そうなんだ。」




落ち着いたトーンの声…。


アスランよりもずっと高い背…。


少し目を細めて微笑む顔が印象的で…。



「顔の傷が…何だか痛々しかったな…。」


「戦場で受けた傷だよ。以前は無かった。」


「…そう…。」


「さぁ、少し冷えて来たから入ろう。」





アスランが背中に手を回し、扉を開けてくれる。



今日のアスランは…ちょっと変。


元々、口数は少ない人なんだろうけど…。


今までは私が知りたいと思って聞いた事は積極的に教えてくれたのに…。


ムウさんの事になるとあんまり話してくれない。




戦争終盤で知り合った人だから…って。


でも、そんな人がどうして家を訪ねて来たのだろう?


何だか腑に落ちない点がいくつかあったけれどそれ以上は聞きにくくて…。



今度…マリューさんに聞いてみようかな…。





何故か気になるムウさんという人…。


私の過去に接点のあった人で、初めて聞く名前だったからなのだろうか…。



アスランが深く教えてくれなかったから余計に気になるの。


















「行かない方が良かった?」


帰り際、無言のままのムウにマリューは問い掛けた。



「いや…いずれは分かる事実だろ?」


「そうだけど…ね。」







受け入れたくない現実ではあるが…仕方の無い事でもある。


自分の事を覚えていないのだ。


もしもここで恋人だと名乗ってもを困らせるだけ…。


あいつは優しいから…


アスランと俺に挟まれて余計に苦しむ…。







「一度は死んだ身だしね…。」


を守る為に選んだ道だ…。


が今幸せなら…それでいい…。






「それより艦長…」


「もう艦長じゃないわよ?ムウさん?」


「じゃあ…マリューさん?」


「…そうね。」


「これからの事で色々と頼みたい事があるんだが?」


「…そうでしょうね…。」






















【あとがき】


ムウ…大人だ…。

忘れて欲しくないですよね…本当。

でも、ムウさんだったらきっとそう言っちゃうんじゃないかなぁ…と。

その辺大人ですから…彼は。

この作品はほぼムウ視点で展開する予定です。

ムウの心の内を出来る限り上手く表現出来たらなぁ…と。


読んで下さってありがとうございました☆






2005.6.8 梨惟菜








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