「私…病気なんだって。」
「いや…それは前に聞いたけど…」
正確には、『普通の人より心臓が弱い』という事。
元々、俺達が出逢った場所が病院だった事もあり、の体が弱い事は勿論知っていた。
「あんまり長くないみたい…。」
「…え?」
彼女がそう告白したのは、少し肌寒い秋の事だった。
楓 〜17の秋〜
出逢いは本当に偶然だった。
ディアッカがバスケをしていて足を骨折した。
ディアッカらしいな…と、半ば呆れ顔で一度だけ見舞いに行った。
案の定、ディアッカは元気で、看護婦をナンパしたりして…
『美人ばっかでラッキー♪』なんてにやけてた。
そう…病院に用事なんて、きっと年に1回あるかないか…
その病院で、俺は運命の人と出逢ったんだ。
「そこを何とか!お願いします!!」
女の子の声が聞こえ、その方向へと体が傾いた。
「ね?折角の行事なの!お願い〜!」
階段の上で医師に手を合わせて頼み事をする、同い年くらいの女の子。
「う〜ん…仕方ないな…」
「ホント!?」
「ただし、無茶はしない事。走るのも絶対に禁止!それから…」
「なるべく日陰に居る事…でしょ?」
「そうだ…。」
「やった!先生、ありがとう!」
嬉しそうに医師に飛びつく少女の笑顔に、鼓動が跳ねるのを感じた。
無邪気な笑顔…
こんな風に笑う女の子…クラスには…自分の周りには居なかった。
「じゃあ先生、また来週!」
「あ!コラ!走るなって言ってるだろう!」
ヒラヒラと手を振りながら、少女はこちらに向かって階段を駆け降りようとした。
その時…
「…っ…!?」
2、3段降りた所で、彼女は胸を抑えた。
「危ないっ!」
バランスを崩した彼女に、思わず手を差し出していた。
ドサッ!
「!大丈夫か!?」
と呼ばれたその少女は、俺の腕の中に居た。
「大丈夫です〜!この人のお陰で助かりました〜!」
「走るなと言ったばかりだろう!?」
「ごめんなさい!あ…助けてくれてありがとう。」
「あ…いや…怪我は無い?」
「うん。大丈夫です。助かりました。」
少女は立ち上がり、服の埃を掃う。
…何て…細くて軽いんだ…?
あまりの軽さに驚いた。
「あれ…?もしかしてアカデミーの人?」
「え?あぁ…うん。」
「しかも私と同い年だ。」
「え?」
何故分かったんだ…?
頭に疑問符を浮かべていたら…彼女が何かを拾い上げた。
「このテキスト、私のと同じ♪」
「思ったよりもね、心臓が弱ってるんだって。」
生まれつき、心臓の弱かった私。
遺伝子操作で生まれた子供の中に、ごく稀に居るらしい。
それが自分に当たっちゃうなんて…
自分の運の悪さを呪っちゃう。
でも、それ以外は普通の子と同じ。
ある程度、運動は制限されてしまったけれど、私は普通の子と変わらず16年間生きて来た。
病院で偶然出逢ったアスランと恋に落ちて…
出逢って1年…付き合って10ヶ月…
毎日が楽しくて…特別な日…
走れない私に合わせて、アスランはのんびり歩いてくれる。
優しくて…一緒に居て安らげる相手…。
ずっとこの人と一緒に居られたら…って何度も思った。
私にとって、そう思える相手は他に居ないって思った。
私にとってアスランは…かけがえのない人。
「アスラン…そんな顔しないでよ。」
告知を受けた私よりもずっと深刻な顔…
私は…自分の体だから、何となく覚悟はしていたし…
でも…アスランにこんな顔はさせたくなかった。
告げるべきか迷ったけれど、私が逆の立場だったら…
きっと告げて欲しいと思うから、告げる事を決めた。
「あと…半年だって…。」
…半年…?
そんなに急な話…なのか…?
春には…が居なくなる…?
嘘だろう?
だっては…元気に俺の隣で笑ってる。
走ったり…心臓に負担をかけなければ大丈夫だって…
そう言っていたじゃないか…
「…という事で、これからの事、相談しようと思って…」
「…これからの事…?」
やっと…言葉が出た…
「どうせそんなに長くないなら、今の内に別れるのもアリかな…って…。」
ホントはそんなの嫌だけど…
余命半年の恋人なんて…アスランだって辛いだろうし…
今別れておいたら、私も心おきなく死ねるかもしれないし…。
「何を…言ってるんだ…」
「え?」
「別れる?どうして?」
「え…だって…」
「俺はが好きだから…大切だから傍に居るんだ。
だから、病気とかそんな事は関係ないだろう?」
「アスラン…」
「何があっても傍に居る。」
ギュッ…と…
アスランは私を抱き寄せ、そう言った。
アスランの腕が震えてる。
「ありがとう…アスラン…」
置いて逝くのと置いて逝かれるの…
どっちが辛いのかな…?
私には分からないし…考えたくもなかった…
ただ…アスランの腕が温かくて…
それだけあれば…十分だった…
「…何してるんだ?」
開放されたドアを叩く音と共に聞こえる、アスランの声。
いつもは綺麗なの部屋が、珍しく散らかっていた。
「あ…アスラン…今日はもう終わったの?」
あれから5ヶ月…
寒い冬を越え、桜舞う季節が訪れた。
はアカデミーを休学し、自宅で静養している。
そんな彼女の元をアスランは毎日訪れるのが日課。
の体調に異変は無く、彼女は元気だ。
「アルバムの整理してたの。溜まっちゃってて…。」
付き合い始めてから撮り溜めた2人の写真…
「こんなに撮ってたのか…。」
写真はあんまり好きじゃない…というか苦手だった。
…が、は写真が大好きで、いつもカメラを持ち歩いていた。
「アスランっていつも同じ顔なんだよね。」
「仕方ないだろう…元々表情豊かな人間じゃないんだ。」
こうして彼女を見ていると…とても病気とは思えない。
確かに小柄で色白で華奢だけど、そんな女の子は沢山居るし、珍しいとも思っていなかった。
俺の目には普通の女の子に映っている。
でも彼女は…死の恐怖と闘っているんだ。
ただ傍に居てやる事しか出来ない自分が無力に思えて仕方ない。
辛い筈なのに…怖い筈なのに…
は一度だって涙を見せた事が無かった。
いつも明るくて元気で…前向きな…
その強さは一体どこから来るんだろう…
「ね…コレ持ってて…。」
「え?」
は1枚の写真を差し出した。
「コレ…去年の春に撮った?」
「そう。このアスランが一番まともだから持ってて。」
「…悪かったな。」
確かに…俺の表情が珍しく柔らかいように見えた。
「大事に持ち歩くよ…。」
「あ…ちょっと待ってて。お茶入れて来るから。」
「…いいよ。気にしないで。」
「今日ね、新しい葉が手に入ったの。だから飲んでよ…ね?」
の笑顔に押され、彼女は部屋を後にする。
…学校に行けない程の重症でも無いのにな…。
…って言うか、それらしい症状だって一度も無いのに。
でも、アスランは毎日私に会いに来てくれる。
放課後が待ち遠しくて…いつもソワソワしてる。
こんな日がずっと続けばいいのに…。
私…本当にあと1ヶ月で死んじゃうのかな…
キッチンに立ったは、お湯を沸かしてティーセットを出す。
自分で入れるのが好きだから、使用人に頼む事は無い。
逆に彼女達の仕事を奪って困らせてしまう位だった。
「そろそろいいかな…?」
ポットに手をかけたその時…
「熱っ…!!」
熱を持った部分に指先が触れてしまった。
慌てて手を引いたその時…
「…っ…!?」
何…コレ…
急に…胸が…っ…
「アス…ラ…」
ガタンッ!
苦しい…胸が…痛い…
思うように声が出なくて…その場にしゃがみ込む…
ティーカップが割れる音で、使用人がキッチンへと駆け込んだ。
「お嬢様!?」
使用人の叫び声にアスランは部屋を飛び出す。
今の音は…
「…っ!!」
キッチンには胸を抑えて倒れるの姿…
「車を用意して下さい!早くっ!!」
「は…はい…っ!!」
…まさか…
を抱き締めるアスランの胸は不安と恐怖で一杯になっていた…。