「大丈夫だ。発作は治まった。」
「そう…ですか…」
病室から出て来た先生の言葉に、胸を撫で下ろす。
「今は安定剤を打ったから良く眠ってる。」
の眠る病室に視線を向け、何だか肩の力が抜けるのを感じた。
「思っていたよりも病気の進行は遅いようだ。今の所は大丈夫だから安心していい。」
「…はい…」
「だが…次に発作が起きた時の保証は出来ない。このまま入院させた方が良いだろう。」
…宣告されたの余命まで1ヶ月を切っていた。
正直…本当に余命半年なのかと疑っていたんだ。
は病気とは思えない程元気だった。
けれど…さっきの光景を目の当たりにして…背筋が凍った。
胸を抑えて震えるの鼓動は…俺よりずっと弱くて…
迫り来る彼女の『死』を感じてしまった…。
は…本当に病気なんだ…
楓 〜17の秋〜
「あ〜あ…退屈ぅ…」
目覚めたは予想外に元気で…倒れる前と変わらなかった。
入院生活を余儀なくされたは口を尖らせて拗ねる。
「仕方ないだろう?また倒れたら危険だし…」
「分かってるけどぉ…」
小さい頃からずっと通院してたけど…やっぱり病院って退屈。
消毒液の匂い…静まり返った棟内…
考えたくない事ばかり考えさせられる…空白の時間…
アスランが来てくれなかったら、それこそ退屈で死んじゃうかも…。
でも…急に苦しくなった瞬間は本当にダメかも…って思った。
私…とうとう死んじゃうのかな…って…。
でも…まだ生きてる…大丈夫。
微かにだけど、他の人より小さい心臓はまだ動いてる…。
1分でも…1秒でもいい…。
少しでも長く…アスランの傍に居させて…。
好きなの…
アスランの事が好きで仕方ないの…。
だから…生きる為ならどんな治療だって耐えるから…
少しでも長く生きたい…
そう願った…。
余命を宣告された春が終わり…
気が付けば夏も通り過ぎていた。
病室で過ごす私に、アスランは想い出を運んでくれる。
部屋へ持って来てくれた小さな笹に飾り付けをして…少しでも長く生きたいと願った七夕。
病室から見た…2人だけの花火大会。
夏には二度と会えないと思ってたのに…また過ごす事が出来た。
病状は驚くほどに安定していて…
1人で過ごす夜はやっぱり寂しかったけれど、アスランが傍に居てくれて毎日幸せだった。
「アスランの誕生日…一緒にお祝いできるといいな…。」
それが私の最近の口癖。
10月29日…アスランの17歳の誕生日まであと1ヵ月半…。
こんな私じゃ何もしてあげられないけれど…
気の利いたプレゼントもあげられないけれど…
でも…おめでとうって言ってあげたい…
17歳のアスランに会いたい…
出来れば…18歳の…19歳の…
どんどん大人になって行くアスランの姿を一番近くで見ていたい。
どうか…その日まで私の体が持ちますように…。
そう祈りながら、私は毎晩眠りに就く…。
傍に居るだけの俺は…彼女の支えになっているだろうか…
俺の誕生日を祝いたいと願ってくれる…。
いつも明るく振舞ってくれる…。
決して弱い部分を見せないし…涙を流す事も無い。
そんなに励まされている俺…。
俺が彼女を支えなければいけないのに…
何をしてやれる…?
どうしたら…彼女の不安を拭い去ってやれる…?
もこうやって…月を仰いでいるだろうか…
一緒に過ごす事の大切さに…今頃気付くなんて…
当たり前のように過ごして来た日々が愛しく…切なくなる…。
を失う事への恐怖に…俺は耐えられるのだろうか…
彼女がこの世を去ったその時…俺の心臓はちゃんと動くのだろうか…
コンコン…
いつもと同じ時間にドアを叩く音が聞こえる。
「どうぞ。」
確かめなくても、この時間に訪れるのは彼しか居ない。
「、調子はどうだ?」
「うん、元気よ。」
は窓の外を眺めていた。
「何を見ていたんだ?」
「…外の木…綺麗に染まったなぁ…って。」
「あぁ…楓の木か…」
「好きなんだぁ…楓。」
愛おしい物を見るような柔らかい笑みで、は呟いた。
「楓のどこに惹かれるんだ?」
「…色…かな?赤がね…好きなの。だから…今年も見れて良かった。」
半年と告知されたあの日から…もうすぐ1年…
私の生きたいという願いは…僅かに命を引き延ばしていた。
でも…予感はしていた…
アスランには言えないまま…10月になっていた。
「…アスラン…私…そろそろヤバイみたい。」
「え…?」
「…本当はね…時々、発作があるの。」
「発作…?本当に…?」
は小さく頷く。
「夜中に急に苦しくなったり…その間隔も短くなってるの。」
胸を抑える度に…アスランの顔が脳裏を掠めるの。
生きたい…死にたくない…
そう思って…苦しみに耐えていた。
でも…来るべき時が来たのかもしれない…。
私の命の灯火が消える日は…きっとそう遠くない。
「死にたくないよ…」
「…」
シーツを強く握るの手の上に、涙が零れ落ちた。
「私…死にたくないよ…っ…生きたいよ…!」
アスランと一緒に大人になって…
同じ時間を過ごして…
いつか2人で小さなアパートで暮らせたら…
ささやかな幸せでいい…
アスランが傍に居てくれたらそれでいい…
でも、そんな些細な幸せさえ望む事が出来ない…。
「アスラン…怖いよ…っ…」
「!」
初めて彼女が見せた涙…
の恐怖が…苦しみが…悲しみが伝わって来る。
が望む事なら…どんな事でも叶えてなりたいと思った…。
なのに…彼女が一番望む事は叶えてやれない…
彼女の生きたいという願いを叶えてはやれない…
どうして…どうしてなんだ!?
何故彼女がこんなに苦しまなければならない!?
どうして…この苦しみを分かち合う事が出来ないんだ…。
抱き締めてやる事しか出来なくて…
以前よりも細くなったの体をしっかりと抱き締めた。
どこにも行ってしまわないように…
「…っ…」
「…大丈夫か…?」
「ん…大丈…夫…」
が涙を見せたあの日から、俺はアカデミーを休学した。
の傍に…
1分1秒でも長く彼女との時間を過ごす為に…。
認めたくはないけれど…信じたくはないけれど…
の体は少しずつ弱まっていた。
『持ってあと数週間』
無常にも医師は俺にそう告げた。
でも俺は決して彼女に涙は見せないから…
笑って傍に居てやる事しか今の俺には出来ないから…
は毎日の様に発作を起こすようになり、その度に俺の背筋は凍る。
怖くて夜も眠れなくて…
は1日が過ぎる度に、カレンダーに印を付けてゆく。
赤い印を付けた、10月29日が1日…また1日と近付いていった。
明日…
28日の朝…は、安堵してベッドに身を沈める。
春には消える筈だった私の命…
でも…ここまで頑張れた。
アスランが傍に居てくれなかったら…
病気を告白したあの時に別れていたら…
きっと今ここに居る事は無かったと思う。
アスランの誕生日を祝いたい…
その願いだけを支えに、私は生きて来る事が出来た。
「、花の水、替えて来たよ。」
「ありがとう…アスラン。」
綺麗に活け直された花瓶…
それを置いたアスランに、は目を細めて微笑む。
「アスラン…その引き出しを開けて。」
「…これ?」
「そう。」
言われた通りに引き出しを開くと、包装された小箱が入っていた。
「コレは…」
「誕生日のプレゼント。」
「…」
「自分で買いに行きたかったんだけど…ディアッカに頼んで買って来て貰ったの。」
「開けても…いいか…?」
「大した物じゃないけどね…。」
箱の中から出て来たのは腕時計…
「…使ってね…。」
「あぁ…ありがとう…大事にする。」
手首に時計を付け、に見せると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「良かった…凄く似合って…」
「……!?」
「ごめ…また…発作かな…」
でも…いつもより苦しい…
いつもの様に胸を抑えるをアスランはベッドに寝かせる。
「すぐに先生を呼ぶから!」
「…アスラン君…が君に会いたいと言っている。」
「…はい…」
いつもよりも長い発作が続き…気が付けば辺りは暗くなっていた。
静かな夜の病院の廊下に、に貰った腕時計の秒針の音だけが響く。
病室に入ると…呼吸器を付けられたの姿。
胸は微かにだけど上下していて…
けれど、そんな彼女の姿が痛々しくて…
「アス…ラン…?」
「…大丈夫か…?」
手を握ってやると、は微笑む。
「今…何時…?」
「…0時…5分だ…。」
「良かった…」
「?」
「アスラン…17歳…おめでとう…。」
「…あり…がとう…」
予感がする…
の灯火が…弱くなっていく…
「泣か…ないで…」
今まで耐えてきたのに…なんでこんな時に涙が流れる…?
最期まで…笑顔で居てやりたいのに…何で…
「今まで…ありがとう…」
「…逝かないでくれ…っ」
「…私の分まで…生きて…ね…」
アスラン…
幸せだったよ…
貴方に出逢えて…恋をして…
貴方を愛して…貴方に愛されて…
貴方と過ごした2年間が…今までで一番幸せだった。
だから…私の分まで生きて…
私の分まで…幸せになって…
これから出逢う誰かを…愛してあげて…
アスラン…愛してる…
また…楓の葉が赤く染まる季節になった…。
想い出は褪せる事無く、の笑顔は俺の心の中で今も輝いている。
が17歳を祝ってくれたあの日から、1年が過ぎた。
俺は18になり…また一つ大人になって…
の分も…頑張って生きると…そう決めたんだ…。
は一生懸命に生きたから…
最期の時を俺と過ごしてくれてありがとう…
ようやく、そう思えるようになった。
「……?」
長い通りに佇む、1人の少女…
あの時のの様に、楓を見上げる少女に何処と無くの面影を感じた。
「…楓…好きなのか?」
「…え…?」
振り返る君に…何かが始まる予感…
が運んでくれた…運命なのかもしれないと…
君にそう思った事、今は言わないでおこう…。
【あとがき】
16歳のアスランバージョンです。
またまた暗い…(汗)
こっちは書こうか悩んだのですが…
折角のお誕生日ですし…という事で、アップです。
暗いお話で済みませんです。
私なりのアスランへのお祝いでございます。
一応、19歳バージョンで幸せになったという事で…ね。
それを踏まえた上で読んでいただければなぁ…と。
駄作、読んで下さってありがとうございました。
2005.10.29 梨惟菜