「初めまして…と申します。」







ある晴れた午後…




お気に入りのワンピースを久し振りに着た私はホテルのロビーに居た。











「ハイネ・ヴェステンフルスだ。宜しく。」









差し伸べられた手をそっと取る。




優しく握られたその手には温もりを感じた。








優しそうで…誠実そうな人。





笑顔が好印象で…イザークとは正反対な明るそうな人。







きっとこの人となら…





そう思えるようになればいいな…と


そんな意味を込めて、彼に向けて微笑んだ。























偽装恋愛






















!どういう事なの!?」






「え…?」






週明けの月曜日は少し慌しい。




週末に何をして過ごしたか…




また1週間が始まって憂鬱だ…とか…




色んな会話が繰り広げられる教室に、の声が響いた。














「え?じゃないわよ…。昨日、ホテルのロビーで男と会ってたって。」




「あぁ…何で知ってるの?」





「お父様が仕事でそのホテルに行ってたの。」





「…婚約者になる方とね…お会いしてたのよ。」





「婚約者ぁ!?」















お母様にお願いして数日後…





先方から是非にとお話が持ち上がった。






お相手はヴェステンフルス家の長男のハイネ様。





年齢は4歳年上で、今は議会でお仕事をしている方。




写真を見せられて…色々とお話を伺って…



そして昨日、初めてお会いした。














…まさか彼と婚約するの…?」




「いずれはそうするつもりでお会いしたのよ。」





「イザーク様の事はもういいの?」




「仕方ないわよ。縁が無かったんでしょ…。」






妙に割り切って話を進めるに対し、の表情は曇った。




穏やかな表情…。



全てを納得した…



だから、新しい未来を考えなくてはいけない。




悩んでいる間にも時間は流れ続けるのだから。























「婚約解消…ですか…?」






その日の夕方…ジュール家にと両親が現れた。







「本当に申し訳ありません。折角のお話でしたのに。」





は深々と頭を下げる。





「いいえ…婚約を申し込んだのはイザークの方です。」



何も返す事が出来ず…イザークは俯いた。






「イザーク君…娘の我侭で本当にごめんなさいね。」




「いえ…悪いのは…きっと自分ですから。」




「別に婚約のお話が持ち上がったと聞きましたが…」




「はい…ヴェステンフルス家のハイネ様と…。」






の口から聞かされた…衝撃的な事実。







婚約者…?





「まぁ…それは良いお話ではありませんか。」






に…婚約者…だと…?







「まだ正式には決まっていないのですが…」





は穏やかに微笑みながら母上と会話を交わす。




色んな考えが頭を巡って…会話は途切れ途切れにしか聞こえて来ない。





印象に残ったのは…今までに見た事も無い、の穏やかな笑顔だった。























嬢!」





の婚約者候補らしき男は週に2度、を迎えに現れる。




その様子はちょっとした校内の話題となり、俺との婚約解消の噂は瞬く間に広まった。









笑顔で男の手を取り、助手席へと乗り込むはまるで知らない女の様だった。














「また凄い数だな…。」





ここ数日、廊下で待ち伏せされて手紙を渡される事が増えた。




以前は沢山貰っていた筈のディアッカの手には今や1通も無い。





「貴様は最近は貰わんな…。」




「そりゃあ…俺には大事なお姫様が居るからな。」






また余計な事を口走ってしまった。




惚気話を始めるディアッカほど鬱陶しい存在は無い。


















「ディアッカ!」




「お♪噂をすれば…」






視線の先にはディアッカを待っていたの姿。






「先に帰るぞ…。」




嬢に頭を下げ、横切ろうとしたその時…






「イザーク様、待ってください。」




嬢の声によって立ち止まる。





「お話がありますの。宜しかったら3人で帰りません?」




















「でね、今日は調理自習でクッキーを焼いたの。」





「へぇ…。」





「料理とかって実は得意じゃないんだけど…が渡せって煩いから…。」




「何?くれるの?」




「自信…無いんだけど、迷惑でなければ…。」





鞄の中から紙袋を差し出す。




「サンキュ。」



ハイネは笑顔でそれを受け取る。




「ちょっと…焦げてるんだけど…。」





料理なんて滅多に作らないから…本当に苦手で…。



でも、それも改善していかないといけないんだよなぁ…。






「大丈夫。旨いよ。」




「…ありがとう。」








ハイネと居ると安心する。




一緒に居て楽しいし…自然と笑っている自分が居る。




イザークを想っていた時のような胸の高鳴りは無いけれど…



その反対に不安や悲しみも無い。




本当に…穏やかな気持ちにさせてくれる人。





安心する…ハイネと居ると安心する。





こんな…女の子らしくない私の事を女の子扱いしてくれて…



大人で落ち着いてて…





今度こそ私…平凡な幸せを手に入れるんだ。
























の事…このままで宜しいんですか?」




「何を…」




の鋭い瞳がイザークを突き刺すように見つめる。






「確かに…ハイネ様とのお付き合いが始まってからのは穏やかだけど…

 何だか違和感があるんです。心から笑ってる気がしないの。」





「だからって俺と居ても笑っては居ないが?」




「でも…は本音でイザーク様に接していました。

 口調が喧嘩越しなのも、本気でイザーク様と向き合っていたからでしょう?」





決してハイネ様が気に入らないワケじゃないけれど…



一緒に居る姿が不自然に感じる…。



イザークと一緒に居る時の自然体なが懐かしく思えて、は無性に悲しくなるのだ。











「イザーク様の気持ちは存じています。

 だからこそ、今一度お聞きしたいのです。」




嬢…」




「ラクス嬢に対する気持ちは…今も愛情なのですか?」





「…え…?」












それは…どういう意味だ…?







「アスランと一緒に居る彼女を見てどう思われます?」




「それは…」




「奪い取ってやりたいと…思いませんか?」






奪い取る…?



俺が…アスランからラクス嬢を…?








「イザーク様、人の想いは意外と単純ですよ。」





の告げる言葉の意味が良く理解できない。



彼女は一体…自分に何を伝えたいのか…。










「今週末…ヴェステンフルス家主催のパーティーが行われます。

 主に議員達を招いたちょっとしたパーティーですが…その場で長男の婚約を正式に発表するそうです。」





「…!?」




「もう…意味はお分かりですよね?」





















「あら…?どこかに出掛けるの?」




パーティーを明日に控えた夜…



着飾ったが外出の支度をしていた。





「ハイネ様と…お食事のお約束をしているの。」





「そうだったの…。気を付けて。あまり遅くならないようにね。」




「はい。行って参ります。」






迎えに来てくれる彼を玄関先で待とうと、予定より早めに家を出た。












秋の穏やかな風が頬を撫でる。



薄手のワンピースを身に纏ったは、少し肌寒い風にストールをキュッと握った。








…あれ…?







約束の時間にはまだ早いのに…門の前に人影が見える。




ハイネ様…早くいらしたのかしら…?














小走りで門へと急いだその時…風に揺れたのは彼のオレンジでは無かった。






「…イザー…ク?」




月明かりでキラキラと輝き…風にサラサラと揺れる銀糸。



間違いなく…自分の良く知る幼馴染のもの。









…」




に振り返ったイザークは、真っ直ぐに歩み寄り、の前で立ち止まった。







「…どうしたの?こんな時間に…。」





「これから…彼と出掛けるのか?」





「え…あ、うん。もうすぐお迎えに…」





ちょうどその時…




!」




「あ…ハイネ様…」





同じく着飾ったハイネが車から降りて来る。




「あれ…?」



イザークの姿に気付いたハイネが立ち止まった。





「お前…確かの…」




「イザーク・ジュールだ。」



「そうそう、イザーク!俺はハイネだ。」





笑顔で手を差し出し…イザークもそれに応じる。






「2人に大事な話があって来た。」




「2人…に?」





ハイネはの元へ歩み寄り、隣に並んでイザークを見る。














「明日の婚約発表…中止してもらえないだろうか…」






「え…?」








予想もしなかったイザークの一言に、の胸がトクン…と音を立てた。





「何を…言ってるの?どういう事?」






「そのままの意味だ。」




余計に訳が分からない。





「つまり…アレか?を渡したくないって事?」






ドクン…






ハイネ様の一言に…の胸が大きく跳ねた。







渡したくないだなんて…そんな筈は無いよ。





だから…私達の偽装婚約は終わったのだから…。




所詮は偽装恋愛だったんだから…。










「ハイネ様…」









「そうだ。」










ハイネの問い掛けに対し…イザークはハッキリと告げた。












「イザ…ク…?」







声が震える…




名前を呼ぶ声が震えて…上手く言葉が紡げない。















「じゃあ何で婚約解消なんてしたんだ?」







ハイネの言葉は的確にイザークを責め立てる。



決して厳しい口調ではないが、言葉の端々に棘を感じさせた。







それも当然だ。



明日にも婚約を発表している相手を奪い返そうと、幼馴染が現れたのだから…。
















「俺にも良く分からない…。だが…が他の男と婚約するのは許せないんだ…。」






「…勝手な言い分だな。」






「それも十分承知の上だ。」






自分勝手な事だとは分かっている…。




けれど、手遅れになる前に…



いや、既に手遅れかもしれない…






明確な答えが出た訳でもないのに…




















…俺の話を聞いてくれ…。」







ハイネの隣で戸惑うに視線を向ける。








「俺は…ラクス嬢を慕っていた。アカデミーに入った時からずっとだ。」





「知ってる…よ…。」





「だが…今は違う。…いや…とっくにそうだったのかもしれない。

 に想いを告げられて…嬢に諭されて…分かった。」





…に…?」






「彼女の事を…冷静に見る事が出来るようになっていた。

 そして今度は…他の男と居るお前を冷静に見る事が出来なくなっていた。」







それは…どういう意味なの…?




どういう気持ちで…私と向き合っているの?









「これが愛なのかと聞かれたら…そうだとは言えない…。

 だが…知りたいんだ。この想いの行く末を…。」









今までに抱いていたへの想いとは明らかに違う何か…




その正体を知りたくて…見つけ出したくて…












「勝手だよ…イザークはいつも…」







涙が零れるのは…何故…?




視界が滲むのは…何故…?







胸が苦しいのは…何故なの?















の肩にハイネの手が触れる…。







「ハイネ…様…?」





「行けよ。」





「え…」








穏やかな微笑み…









「答え…もう出てるだろ?」





「私は…」






「でないと一生後悔するぜ?明日になったら俺は遠慮はしないつもりでいた。

 でも…今なら笑って開放してやれるからさ…。」







その手がそっと…の背中を押す…







「ごめ…なさい…」






















「悪かったな…色々と…辛い想いをさせて…」





ハンカチで目元を押さえるは黙って頷く。







「その…ちゃんとした答えを必ず…必ず告げる。

 だから…もう少しだけ待ってくれないか…?」








「…うん…」












躊躇いながら…イザークは腕の中にを収める。






ずっと傍に居た…一番近くて遠い存在の少女。













が何を求めていたのか…




自分が何を求めていたのか…






言葉にしなければ…伝わらないとは分かっているけれど…




それが簡単で…一番難しい事なのかもしれない。






に対する今の気持ちを言葉に表すのが…一番難しい…。







イザークはが泣き止むまで…月明かりの下でを抱き締めていた。
























【あとがき】

煮詰まり気味…

お話の後半になるとたいていそんな感じです。

次回で完結?

一応、そのつもりで書きたいと思います。

このお話のイザークはとても不器用な設定なので…

…って言うか、イザークって不器用さんですよね〜。

そこが可愛いんだけど…。


ここまでお付き合いくださいましてありがとうございます。

最後まで頑張りますね〜。







2005.9.14 梨惟菜













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