鏡に映る自分の顔に未だ残る涙の跡…
その跡を指でなぞり、そっと瞳を伏せた。
『良く…頑張ったな…』
耳元に残るイザークの優しい声。
抱き締められた身体はまだ熱を残していて…
男の…人だった…
小さい頃から良く知る幼馴染は、立派な男の人に成長していた。
偽装恋愛
「…イザーク君が迎えに来てくれてるわよ。」
「え…?イザーク…が?」
翌朝、支度を整えている最中にインターホンが鳴った。
こんな朝からお客様だなんて珍しいな…なんて思ってたら…
それからすぐに私の部屋をノックしたのはお母様。
「お…おはよう…」
戸惑いながら玄関を出ると、イザークがごく普通に出迎える。
「…あぁ…」
ただそれだけ返すイザーク。
「最近、家にも顔を出してくれないから…心配していたのよ?
喧嘩でもしてたの?」
何も知らないお母様は久し振りに姿を現したイザークにニコニコと問う。
「すみません…色々と忙しくて。」
「あぁ、いいのよ。気にしないで。」
「ホラ、急がないと遅刻するから…っ。」
「昨日は…ありがと…。」
「あぁ…気にするな。」
暫く続いた沈黙を断ち切ろうと、昨日の事に触れる。
返って来た返事は相変わらず不器用なもので…
「また何かあるか分からんからな…登下校は一緒に居てやる。
嬢も…ディアッカに任せたから心配するな。」
「あ…うん…」
「それにしても…お前、嬢と親しかったのか?」
「最近…ちょっと話すようになって…」
「…そうか…」
「、おはようございます。」
校門の前でラクスとアスランと鉢合わせになった。
「あ…おはよう、ラクス。アスランも。」
「あぁ、おはよう。」
「イザーク様もおはようございます。」
「おはようございます、ラクス嬢。」
今日も仲睦まじく並ぶ2人が眩しくて…思わず目を伏せた。
偽りじゃない…本物の婚約者…
2人から見たら私とイザークも同じ様に映るのだろうけれど…
それでもラクスとアスランとは決定的に違うもの…
それは…互いの気持ちが通い合っていない事。
「…じゃあ…また放課後にな。」
「あ…うん…。」
イザークは一足先に校門をくぐり、構内へと入って行った。
「優しいですわね…イザーク様は。」
「え…?」
「この間、パーティーでお会いした時には少し元気が無かったみたいですけれど…。」
「イザークと…パーティーで会ったの?」
「えぇ。丁度が席を外していらっしゃる時に…アスランと3人でお会いしましたのよ。」
「イザーク…何も言っていなかったから…。」
「照れていらっしゃったのかもしれませんわね。」
「え…?」
「わたくしもお2人の事、心配していましたから…。
の想いが通じて良かったです…とお伝えしておきましたの。」
「…ちょ…ちょっと待って…」
「はい?」
「イザークに…そんな事を話したの?」
「…えぇ。何か問題が…?」
「…う…ううん。何でもない…」
気付かなかった…
あの夜…イザークがラクスとそんな話をしていたなんて。
『暫くは一緒に帰れない』
そう言われたのが、そのパーティーの翌日だった事に…
イザークが…私の気持ちに気付いてる…
頭が真っ白になる。
ラクスからその事実を聞かされ…どう思ったんだろう。
それでも…軽く避ける程度で、決してそれ以上の事は言わない。
つまりそれは…
『今までの関係を崩したくない』…と
そういう事…?
キーンコーンカーンコーン…
授業に全く集中出来ないまま、一日が終わってしまう。
「はぁ…」
深く溜息を吐きながら、机の上に広げられたままのノートに視線を落とした。
「、イザーク様と帰るんじゃないの?」
「え…あ…」
「どうしたの?今日はずっと浮かない顔…。」
心配そうに覗き込む…
唯一、この事を相談出来るのはだと思ったけれど…
だってイザークに想いを寄せている。
そんな…無神経な相談なんて出来なくて…。
「…ちょっと寝不足なだけ。」
「そう?」
「じゃあ…行くね。もディアッカさんに送ってもらうんでしょう?」
「あ…うん。」
は少し照れた表情で返した。
もしかして…昨日の帰りに何かあったのかな?
ちょっと興味本位で聞き出したかったけれど…
そんな気分にもなれなかった。
「ごめんね、遅くなっちゃった。」
「…気にするな。俺も来たばかりだ。」
校門には既にイザークが立っていて、通過する女子生徒達が頬を染めながらイザークに視線を送る。
「帰るか。」
私の右手にあるカバンに手を伸ばしたイザークはそれを取り、歩き出す。
その優しさに嬉しいと感じながらも何だか心は複雑で…。
素直にお礼の言葉が出て来ない。
「な…慣れてるね。こういう事…。」
「…何…?」
小さく呟いたけれど、それは確かにイザークの耳に届いていて…。
イザークは少し驚いた表情で振り返った。
視線が合った瞬間、気まずくて思わず顔を逸らす。
「どうした?何かあったのか?」
少し様子がおかしいと感じたイザークは足を止める。
「知ってるんでしょ…」
「何を…」
「私がどうして婚約者の振りを引き受けたのか…気付いてるんでしょ?」
「…それは…」
「私は…イザークが好き。婚約者の振りなんて、本当は凄く嫌だった。
でも…一時だけでも夢を見られたら…って思って…引き受けた。」
でも…
夢を見るどころか…
逆に現実を突き付けられるだけ。
決して結ばれない想いなんだ…と痛感させられるだけ。
「…俺がお前に何も言わなかったのは、から直接言われた訳では無かったからだ。」
そう…
心の中では半信半疑だった。
本当にが自分を想っているのか…
何かの間違いなのではないか…
「その気持ちが本気だと言うのなら…俺はその気持ちには応えてやれない。」
たった一言…
それだけの言葉で、私の心は簡単に崩れ落ちてしまう。
「…じゃあ…婚約者の振りはこれで終わり…だね。」
イザークの持つ自分のカバンを再び取ると、彼に背を向けて走り去る。
走って…
もっと速く走って…
もっと離れなくちゃ…
もっとイザークから離れなくちゃ…
面と向かって言われちゃったんだから…
『気持ちには応えれない』って…
それがイザークの答えなら、仕方ないじゃない。
「…っ…うぅ…っ…」
それでも…悲しくて悲しくて…
ずっと一緒に居たのに…
一番近くに居たのに…
どうして…私を見てくれなかったの?
少しでも…私との未来を考えてくれた事は無かったの?
私がラクスみたいに可愛い女の子じゃ無いから?
男勝りで強気で…
男相手に立ち向かってしまうような女だから…?
好きなのに…こんなに好きなのに伝わらない。
伝わらない想いなんていらないのに…
辛いだけなのに…
どうして、人は誰かを愛してしまうの?
ドンッ…
「…っ…すみません…」
長く続く塀沿いを走っていたら、先の角から曲がって来た人とぶつかってしまった。
「いえ…こちらこそ………って…?」
「…え…?」
名を呼ばれ、思わず顔を上げてしまう。
「…アス…ラン…?」
「…泣いてるのか…?」
涙で溢れるの瞳に驚いたアスランの翡翠が真っ直ぐに見詰める…。
その瞬間…
アスランの横に立つラクスが視界に入り…
余計に涙が零れ落ちた。
【あとがき】
何だかなぁ…
どうにも空回りです。
本当なら強気なヒロインの筈なんですが、どうも弱気になってる。
涙脆いです。
イザークは正直者なので、ハッキリと告白されたらハッキリと断るんだろうなぁ。
修羅場です。
さて、ここで登場したラクスとアスラン…
この2人が今後の鍵を握る人物になるのでしょうか?
あたしも何も考えずに出しました(コラ)
では、ここまで読んで下さってありがとうございました。
2005.7.5 梨惟菜