「お隣、宜しいですか?」




隣から声を掛けられて、パッと顔を上げると、見覚えのある顔。




「あ…えっと…どうぞ。」



面識はあるものの、ロクに会話すらした事のない相手がわざわざ私の隣に座る。



まだ教室には空席は沢山あるというのに…。



彼女がこの席を選んだ理由に心当たりがあるだけに、顔を上げるのが怖かった。





















偽装恋愛
























キーンコーンカーンコーン…






「ねぇ、この後暇?」



終了のチャイムと同時にざわめく教室。


結局、講義中も全く話し掛けられなかったし…

何の為に私の隣に座ったのかと思っていたら、呼び止められた。





「あ…もしかしてイザーク様と約束してる?」


返事に戸惑っていると、先にそう告げられてしまった。




確かに、周囲の目があるから私とイザークは極力行動を共にするようにしている。


大抵、登下校は一緒だった。




「…ううん。帰るだけ…だから平気だけど…」



「じゃあ、お茶して帰らない?話したい事あるの。」




笑顔なんだけど…何だか心から笑ってない様な気がして…。



断る理由も無くなってしまったから、私は彼女に付き合う事にした。






















「そんなに怖い顔しないで。別にあなたを責めるつもりなんて無いから。」





同い年とは思えない程の大人っぽい空気を身に纏った彼女。



この人が…イザークに婚約を申し込んだなんて…。




「私は…さんに恨まれてもおかしくないと思ってますけど…。」



「それは仕方の無い事だと思ってるから。私は彼が好きだけど、彼はそうじゃない。」



それだけの事でしょう?



悲しそうに微笑んだ彼女もとても綺麗で…。


こんなに綺麗な人でも躊躇わずに振ってしまうイザークは贅沢者だ。







「でも…ちょっとショックだった…かな。」



「え?」





「わざわざあなたと婚約の振りまでして断りたかったんだなぁ…って。」




婚約の振り…って…


この人…





「その顔見て確信した。やっぱり婚約者の振りなのね。」



…カマ掛けられた…!?



相手は私より一枚も二枚も上手で…

反論の隙すら与えて貰えない。







「…言うんですか…?この事…。」



「言わないよ。何となくあなたの気持ちも分かるし…。」




「じゃあ…何で…」


「知りたかったの。この婚約が本物なのかどうか…ね。」



答えは…偽物。


アッサリと見破られてしまったのなら、もう婚約者の振りなんて必要無いかな…。







「イザーク様って残酷な人よね。」


さんがポツリと呟いた。



「だけど…!イザークはただ不器用なだけなの!」



真っ直ぐで純粋で…自分の気持ちに素直になろうと必死で…。


それでも直前で自分を抑えてしまう…。




それを知っているから…だから…





「そう…ね。幼馴染のあなたが一番良く知ってる事よね。」




この人も…本気でイザークの事が好きだったんだ…。


こうして何気なく笑顔を見せるけれど、心はきっと泣いている。



私と同じ様に…。











「あなたも…知ってるんでしょう?本当のイザーク様の気持ち…。」



「あ…」



「私も甘く見られたものよね…。何も知らないで婚約を申し込んだとでも思われてるんだもの。」





イザークを本当に好きだから…



好きで好きで仕方が無いから…



だからこそ見えてしまった。



本当に彼を愛している者にしか見えない真実が…。

















「私もあなたも…そしてイザーク様も…。報われない恋をしてるのね。」





















さんの言葉が胸に突き刺さった。




『報われない恋』…か。




それを分かっていても切り捨てる事の出来ないこの気持ち…。



人間って一番賢く見えて一番馬鹿なのかも知れないな…。



肝心な所で感情のコントロールが利かない。








久し振りに1人で帰る道は妙に長く感じて…。


このままどこか知らない街に行ってしまいたいとさえ思ってしまう。










「……?」



信号待ちで立ち止まった交差点で誰かが私を呼んだ。



「あ…アスランに…ラクス…。」



「お久し振りですわね。お元気でした?」


「うん。ラクスも…。元気そうだね。」



ごく普通に指を絡め、並んで歩み寄って来る2人…。


あぁ…


『婚約者』という言葉はこういう2人に相応しいものなんだ…。








「聞いたよ。イザークと婚約したんだってな。」


「あ…うん。」



「おめでとうございます。良かったですわね。長年の想いが実りましたのね。」



私の気持ちを知ってくれている2人は笑顔で祝福してくれたけれど…。


心から喜ぶ事の出来ない私はきっと、不自然な笑顔を返しているに違いない。



「ありがとう…。」






















「ただいま帰りました…。」



「お帰りなさい。遅かったのね…。」



「ちょっと…お友達と会ってたの…。」



「そうだったの。イザーク君が来て待ってるわよ。」



「え…」



「応接室で待って貰ってるわ。」








慌てて部屋に駆け込んだ私はベッドにカバンを放り投げ、急いで応接室に向かった。



「イザーク!!」


「…そんなに慌てるな…。」



応接室で紅茶を飲んでいたイザークはカップを置くと溜息を吐いた。



「だって…来てくれるなんて思ってなかったから…。」



「一応…お前の婚約者なんだから当然だろう?」




両親にはそういう事になっている訳だしな…。









ズキン…




また…胸が痛んだ…。






「あっそ。仕方ないから来て下さったんですか。それはどうも!」



それは良く分かっている事だけど…何だか悔しくて…。


つい可愛くない態度になってしまう。





「本当に…お前はもう少し女らしくしたらどうだ?他の男が見たら泣くぞ?」



「…っ…どうせ私は…っ…」





言い掛けて慌てて口を塞ぐ。




「……?」




私…今、何て言おうとした…?




「どうした?」


急に黙り込んでしまった私を心配したイザークが覗き込む。



…?」



涙が…涙が出そうだった…。





「ごめん!今日は帰って!!」















『もう少し女らしくしたらどうだ…?』



その言葉を言いながら…誰の事を想っていたの…?


私じゃない…女らしい人…。



あの人には…もう他に恋人が居るのに…。


それでもあの人が好きなの…?












コンコン…



…居るんだろう?」


あんな酷い追い返し方をしたのに…


…入るぞ…。」



「ダメっ…!入らないで!」





ガチャ…





私の制止も聞かず、イザークは扉を開けて入って来た。




「電気も点けないで何をしている…。泣いてるのか…?」



「っ…イザークには関係無いっ…」


「そんな筈ないだろう?俺と話していて急に様子がおかしくなったんだから…。」



ベッドに腰を下ろしたイザークは伏せて顔を隠す私の頭を撫でた。




「学校の奴らに何か言われたか…?」


「違う…。」


「じゃあどうして泣いている?」


「…イザークが…嘘吐きだから…」


「嘘吐き…?」




「他に好きな人が居るのに…私と婚約なんかするから…っ」



頭を撫でる手がピタリと止まった。






「何の…事だ…?」


「…誤魔化さないでよ…気付いていないとでも思ってた?」


…」



「ラクスが好きな癖に…私と婚約なんかしないで!!」







私はラクスとは違う…。



ラクスみたいに女の子らしくないし…


守ってあげたくなるような可憐さだって無い…



年を重ねる度に素直になれなくなって…


イザークとは喧嘩ばかり…。



いつも意地を張って、肝心な事がいつも言えない…。





愛される筈が無いんだ…。



私は…イザークの好みの女の子じゃないんだから…。










「帰って!お願いだから帰ってよ!!」



私の叫び声と同時にイザークはゆっくりと立ち上がった。




「…済まなかったな…俺との婚約が…そんなに苦しかったなんて知らなかった…。」





パタン…





それから一度も振り返らなかったイザークはゆっくりとドアを閉める。



再び訪れた暗闇の中で、再び涙が溢れた…。





















【あとがき】


もう…メチャクチャでスイマセン…。

ドロドロです…。

何が何だか…何が書きたいんだがわかんねぇ…。


一応、イザークを巡る女のバトル…みたいなのが書きたかったんですが…。

ヒロインいきなり切れ出すし…。


イザークは鈍感なんです。

だから周りの女の子が苦労する…と。


もう少し続きそうです…。


お付き合い下さいませ。







2005.6.6. 梨惟菜











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