…俺と婚約しないか?」



俗に言う『幼馴染』に当たる彼からそう告げられたのは、16になったばかりのある日の事。



正直、耳を疑ってしまった。






「…婚約者の…フリ?」




少し考えた私は躊躇いながらも彼に問う。




「あぁそうだ。やっぱりは俺の事を一番理解してくれているな。」



そう言いながら口の端を吊り上げて微笑する彼…。


私はあなたを一番理解しているけれど…


あなたは私の事、何も分かろうとはしてくれないんだね…。







「イザークの役に立てるなら…。いいよ。」





















偽装恋愛






















私とイザークは小さい頃から一緒だった。


一つ年上のイザークの後ばかり追い掛けてた私。


困った時には必ず手を差し伸べてくれたし、同級生の男の子に苛められた時には一生懸命守ってくれた。



それも何年も前の話で…。




ずっと一緒だった私達にも、今はそれぞれに親しい友人が居て…

以前のように行動を共にする事なんて滅多に無い。




両親は昔から仲が良いから、たまにどちらかの家でガーデンパーティーはしているけれど…。













そう…


そのガーデンパーティーの中で出た話題が事件のきっかけとなったのだった。





















「そう言えばイザーク君、婚約のお話が出てるんですってね。」


お母様が何気なくイザークに問い掛けた一言は私を驚かせた。





「…母上!そのお話はまだ他言せぬようにと…!」



どうせ母親同士の世間話の話題として持ち出されていたのだろう。


イザークは情報提供者と思われるエザリアに抗議した。





「…良いではないか。家とは家族も同然なのだ。他言…の内には入らないでしょう?」


「…ぐっ…」



昔からイザークはエザリア様には敵わない。


いつも一言で言い包められてしまうのだ。



それにしても…イザークに婚約者だなんて…。




もうそんな年頃になってしまったのかと思うと気が重い。


昔からイザークは周囲の女の子から絶大の人気を誇っていたし…


幼馴染である私との仲を疑われる事も多かったけれど、それでも大半の女子たちは怯まない。



だから、イザークが呼び出されて告白されるのも日常茶飯事。



いい加減そんな状況には慣れているけれど、ずっと不安ではあった。



一番近くに居るのに…一番遠い存在。




いつか、イザークが誰かを本気で好きになってしまったら…。


私は側に居る事さえ出来なくなってしまう。




けれど、彼の瞳には決して映らない私。










「…で、お相手はどちらのお嬢様ですの?エザリア様。」



笑顔を繕うのも私の特技だった。


心の中は今にも泣き出しそうな気持ちで一杯なのだけれど…。





「あぁ…家のご令嬢だ…。」




流石はジュール家の1人息子。


妻として迎え入れるには十分な家柄がエザリア様の口から出てしまい、私は何も言えなくなる。




「…嬢…ですか。素敵な方ですよね。」


「だろう?なのにイザークはあまり乗り気では無くてな…。」



「…そうなの?折角の良縁なのに…。」



チラリと視線をイザークに向けると、彼は不機嫌そうな顔で答える。




「家柄など関係無い。俺は気持ちの無い結婚をするつもりはありませんよ!」



イザークから出た意外な言葉…。






まるで…他に好きな人が居るみたいな言い方…


イザークの言葉が胸に突き刺さる。




イザークの視線の先に居る人物に心当たりのある私はただ俯くしかない。























「婚約の話を断る為に私と婚約しようって言うの?」


「そうだ。」



「随分と失礼な話ね。私の事、馬鹿にしてる?」





普通に考えればそうだ。


好きな人から婚約者のフリをしてくれなんて言われて喜ぶ女が居るだろうか…。



明らかに自分の事など何とも思っていない証拠。








「…別に馬鹿になどはしていないが…頼める相手はお前しか居ない。
 無理にとは言わないが…。」



頼み事をする時でさえ、下手に出ないイザーク。


別にその態度に腹を立てている訳ではない…。


こんな態度を取るのはいつもの事なのだから。





「…分かった。引き受けるよ。」


「そうか…済まんな。」


「その代わり、それなりの見返りは貰うからね?」



「あぁ。俺に出来る事ならな…。」











話の纏まった私達は早速互いの家に挨拶に行き、婚約の話はすぐに纏まった。



急な話に驚いてはいたけれど、元々仲の良い親同士。


何の問題も無く話は進められた。


その日の内に家には詫びの連絡を入れ、私達は婚約者という関係となる。







婚約を断る為の口実に使われた私…。


けれど…偽者の婚約者であったとしても、イザークが他の誰かの物になってしまうよりは何倍もマシだ。



それが仮初めの幸せであったとしても…

ほんの一時だけでも彼を独占出来るのであれば…。





私は自分にそう言い聞かせるように何度も何度も心の中で唱えた。





少しの間でも夢を見たいと思ってしまったから…。





















「ねぇ聞いた!?イザーク様とが婚約したって!!」



私達の婚約はあっという間に広がった。


翌日の学校はその話題で持ち切りで…私も朝から散々質問攻めに合った。



それでも答えられる事なんてごく限られていて…


所詮は偽者の婚約者だから多くを語ってはいけない。



元々幼馴染である私達の婚約を驚く人は多かったけれど、すぐに納得する者も多かった。





















「…さすがに一日中質問攻めだと疲れたでしょ?」



「あぁ…結局、誰と婚約しても同じ事を聞かれるんだろうな。
 まぁ、相手がだった分、少なかったとは思うが…。」




放課後に校門で待ち合わせたイザークは疲れきっていた。

ある程度の反応は覚悟していたようだけど、想像以上だったらしい。



「イザーク、人気者だもんね。女の子達ショック受けてたでしょ?」



「そうでもないぞ。お前狙いだった男からの尋問の方が凄かったかも知れんな。」


「は…?」


「気付いてなかったのか?お前、結構人気在るんだぞ?」






そんな事言われても…


今まで告白された事なんて一度も無かったし…。


私からしてみれば、イザークの人気の方が凄まじいと思うのだけど…。





「まぁ…2、3日もすれば騒ぎも収まるだろう…。」













けど…それからどうするの?


私と婚約するフリをして…本当の婚約話を断って…



一時的に凌いだとして、それからどうしたいの?






聞きたい事は沢山あったけれど…

それを聞く事が出来ないのは私が臆病者だから…。



いつか来る終わりの瞬間を少しでも延ばしたいと祈ってしまっているから…。






所詮、幼馴染は幼馴染でしかないのにね…。





そう思うと切なくて…。





ねぇイザーク…


もしも私が幼馴染じゃなく…

ただの後輩だったとしたら…





私達は出会う事すら無かったんだろうね。




こんなに近付くことすら出来なかったんだろうね。














婚約者同士なのに、妙に置かれた距離にもどかしさを感じながら…


私達は婚約者のフリをしながら家へと帰る。







友達も…親さえも欺いて…


それでもあなたは自分の想いを守りたいの…?

















【あとがき】

久々のイザ夢です。

イザークはかっこいいですね。

色々と書きたい作品が溜まってまして…。

とりあえずこちら、1話だけアップしてみました。

一つの作品を完結まで1本で書いてると煮詰まっちゃうんですよ。

あたし…幼馴染ネタ多いなぁ…。







2005.5.29 梨惟菜












TOP | NEXT