君が望む暁
PHASE−09 宇宙に散る想い
「…大丈夫?」
替えのタオルを持ってミリアリアが医務室へと入る。
「ん…何とか…ミリアリアこそ大丈夫なの?」
「え?」
「ラクスさんを連れ出したキラの手助けをして…叱られたんじゃない?」
「…まぁね。そりゃあこっぴどくね…。私とトールはトイレ掃除1週間よ。」
クスクスと笑いながらミリアリアは椅子へ腰掛けた。
「…キラは…?」
「キラはお咎めなし。以後気を付ける様にって厳重注意だけですって。」
「…そっか…。」
ラクスさんを連れ出し…ザフトへと返したキラは無事に戻って来た。
途中、双方から飛び出したMSによる戦闘が開始される所だったのを救出されたラクスさんが制止して…
何事もなくその場は収まった。
けれど、捕虜を無断で返還してしまったキラの罪は軍法違反とみなされて…
その手助けをしたミリアリアとトールも同罪…。
艦長達が揉めた末、厳重注意という結果に収まった。
あの後、無茶をしてしまった私は再び体調を崩してしまって…医務室に逆戻り。
「…ありがとう…」
「どういたしまして。」
看病をしてくれているミリアリアが交換したタオルを額に乗せる。
ひんやりとした感触が額を支配し…少し気分が落ち着いたように感じた。
「情けないな…私…。」
タオルを押さえるように額に手を添えると、何故か自然とそんな言葉が漏れる。
「色々あったもの…。疲れてるのよ。」
「それは…皆同じだよ…。」
「でも…は特に無理してると思うわ。」
「え…?」
「好きなんでしょ?キラの事…。」
額に添えていた手が緩んだ…。
「え…何で…」
「何となく…そうなんじゃないかなぁ…って…。」
胸を鷲掴みにされた想い…
自分でさえ、ほんの数日前に気付いたばかりの初めての感情。
それなのに…
「…む…無謀だよね…私なんかがさ…。」
茶化すように苦笑いしながらそう返した。
「そんな事無いわよ。は素敵よ?」
しっかりしてるし…優しいし…
何事にも一生懸命だし…
ミリアリアは優しく微笑みながら言ってくれた。
でも…きっと彼女も気付いてる。
ううん…私よりもずっと、キラとの付き合いは長いんだもの。
キラが誰を見ているか…
「誰かを好きになる事って…きっと楽しいばかりじゃないわ。
でも…そう想える事が大事なんだと思う。」
「…ミリアリアも…トールを好きになった時、そう思った?」
「…そうね…。」
「そっか…。」
ミリアリアの笑顔が優しくて…
優しすぎて…
目頭が熱くなる。
「…少し眠ってもいいかな?」
「じゃあ…私は戻るわね。」
「うん。ありがとう。」
彼女は部屋を出て行く…。
ドアの音だけが静かに響き…その後には静寂。
ミリアリアの優しさが心に染みて…
額に乗せていたタオルで瞼を覆った。
誰も見ていないけれど…ここで涙を流したら雫が宙に舞うから…
「閣下、お久し振りです。」
第八艦隊の司令官であるハルバートン提督。
私も実際にお目にかかるのは初めてで…
とても威厳のある方で…それと同時に優しい雰囲気も持っている不思議な人だった。
「ナタル・バジルールであります!」
「第七機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガであります!」
「おぉ…君が居てくれて助かったよ。」
提督は笑顔でフラガ大尉と握手を交わす。
「それと…彼らがそうかね…?」
「はい…。操艦を手伝ってくれた…ヘリオポリスの学生達です。」
キラ達も1列に並び、背筋を伸ばして立つ。
「君達のご両親の消息も確認して来たぞ。皆さんご無事だ。」
その言葉に一同は安堵の笑みを浮かべた。
「提督…そろそろ…。」
「あぁ、分かっている。君達もこの混乱の中よくやってくれた。礼を言う。」
そうか…
無事に第八艦隊と合流出来たという事は…
キラ達はこのまま避難民と一緒に地球へ降下して…家族の元に帰るんだ…。
そうよね…
元々、彼らは戦闘に巻き込まれてこの艦に乗っただけなんだし…。
忘れてた。
ううん…考えないようにしてた。
キラと出逢った事さえも…ただの偶然だったという事に。
「…」
廊下を1人歩く私をキラが呼び止めた。
「あ…キラ…。」
「今忙しい?時間大丈夫かな…?」
「…うん、大丈夫よ。何?」
「どこまで行くの?荷物、持つよ。歩きながら話そう。」
「あ…ありがとう。じゃあ…医務室まで。」
「…医務室?まだ体調…悪いの?」
今まで慌しくて…体調を崩している彼女に気遣ってやる事も出来なかったキラ。
何度かミリアリアに様子を尋ねる事はしていたけれど、実際に見舞う事は出来なかった。
「ううん。そうじゃなくて…私、役職が変わるのよ。」
「え?」
「アークエンジェルの軍医になるの。」
から預かった荷物に目を向けると…
そこには彼女の私物らしき物と…白衣があった。
「…医者の資格持ってるの?」
「一応…ね。」
ただ…軍人として学ぶだけでは姉様と同じだと思ったの。
だから並行して医者の勉強もして…軍医の資格を取った。
でも、結局は姉様と同じ配属になって…
この資格が役に立つ時が来るなんて思ってもみなかった。
「今まではヘリオポリスのお医者さんに診て貰ってたでしょ?
でも…もうそれもお願い出来ないから…思い切って艦長に志願しちゃった。」
の言葉に胸が痛んだ。
彼女は軍人だから…
このまま艦に留まって地球に降下して…
また、戦場へと出て行くんだ。
「キラは…降りるんでしょう?皆と一緒に。…って当たり前よね。」
「あ…僕は…」
「キラには…何度お礼を言っても足りないくらいね。本当にありがとう。」
本当は離れたくない…。
どんな形でもいい…傍に居たい…
でもそれは叶わない想いだから。
所詮は片恋…
どんなに好きでも…いずれ別れの時は来る。
私達は想い合っている恋人同士じゃないから…。
「ごめん…僕は…」
「何も言わないで。分かってるから。キラには本当に感謝してるの。」
「…。」
「早く…帰ってご両親に会えるといいね…。」
話しているうちに気が付けば医務室の前へと辿り着いていた。
「ありがとう。」
荷物を受け取ろうと手を差し出すと、キラは躊躇いながらそれを差し出す。
その瞬間に…軽く触れ合った手…。
「…元気で…死なないでね。」
「僕よりもの方がずっと危険な場所に居るんだよ?」
「…それもそうね…。」
「…死なないで。」
「うん。ありがとう。」
背を向けて…扉を閉めた。
「…っ…うぅ…っ…」
もう会えない…
キラは地球へ…オーブへ戻って…普通の生活に戻るの。
今までの生活に戻るの。
私も同じ…。
今までのまま…軍人として…軍医としてやるべき事をするだけ。
「…キラ…っ…キラぁ…」
苦しい…
胸が張り裂けそうに痛い…。
キラは優しいから…
きっとアークエンジェルへ来て、沢山傷付いた。
私達とは違う、コーディネイターで…。
その事で銃を向けられ…
好奇の目で見られて…
沢山…酷い目に合った…。
でも戦ってくれた。
この艦を守ってくれた。
それだけで十分じゃない。
少しでも同じ場所で同じ時を過ごせただけで十分じゃない。
普通の女の子とは違う環境で育った私にこんな気持ちを教えてくれただけで十分じゃない。
この気持ちは思い出にしなくちゃ…
違う場所で生きて行かなければいけないんだから…
最後に笑顔で別れられて良かった。
キラの記憶には笑顔の私が残せたから…。
【あとがき】
気が付けば地球降下目前…。
結構頑張って省略してみたり。
あ〜 本当にこのヒロインはね…弱いな…と。
弱いくせに強がるんだから…。
最近、キラが大好きです♪
可愛いなぁ…キラは。
母性本能をくすぐるタイプ?うん。
きっと彼は年上の女性からモテます。
なんて思ってみたり…。
何だかこんな風にキラと別れて泣いてるヒロインには悪いけど…
すぐ再会ですね(笑)
2005.9.27 梨惟菜