君が望む暁
PHASE−25 花開くこの想い
「…行かないのか…?」
ただ見つめる事しか出来ない。
だって…まだ現実だと思えない自分が居るんだもの…。
もう…会えないと思っていた人が目の前に居る。
その人が自分の想い人。
それだけで心は簡単に掻き乱される。
この感情に自覚はあったけれど、改めて気付いたの。
好き過ぎて…頭がどうにかなってしまいそう…
今、キラと面と向かって視線を合わせたらどうなるか分からない。
「怖くて…行けません…」
「…だろうな…」
目…真っ赤だし…
髪はグチャグチャだし…
艦長と話をするキラの姿を遠目に見つめた後、背を向けて艦内へと足を向けた。
とりあえず顔…洗わなくちゃ…
まだ…キラに会うのは怖い。
「え…も異動に…?」
「えぇ…その予定だったの。
ナタルと一緒に一度は艦を離れたのだけど…。」
「そう…だったんですか…」
一番気にしている彼女の姿はここに無かった。
一番会いたいのに…
その為に戻って来たと言っても過言では無い。
いつの間にこんなに募ってしまったのだろうか。
自分でも分からない…勝手に育って行く感情。
今、彼女の瞳とぶつかってしまったら…自分はどうなるのだろう…。
「あの…彼女は…は今何処に…」
「艦内に戻ったと思うわ。
さっきの戦闘で相当消耗しているんでしょうね。」
「そう…ですか…」
視線の先にアークエンジェルを映す。
戻って…来たんだ…
もう少しで手の届く場所に彼女は居る。
これで…別れる前の約束を果たす事が出来る。
焦らなくても良いと分かっているのに…心の何処かで焦っている自分が居る。
「…はぁ…」
鏡を見て溜息を零した。
まだ少し赤い瞳。
でも…大分マシになったかな…。
濡れタオルを瞼の上に置き椅子に深く腰掛ける。
一気に押し寄せる疲れ…
急に瞼が重くなるのを感じる。
ビーッ
「…っ…はい…?」
訪問者を知らせるチャイムに体をゆっくりと起こした。
「俺だ。入ってもいいか?」
「あ…はい…」
扉を開けて少佐が姿を現す。
さっきの戦闘を思い返すと何だか気恥ずかしい。
「目、大丈夫か?」
「はい…お陰様で何とか…」
だいぶ赤みの引いた目元を見て微笑する。
「ベタ惚れだな…」
「…そうみたい…ですね。」
もう完全にバレバレな気持ちを隠す気力は既に無く、苦笑いで返した。
「基地で少佐に再会出来て良かったです。
じゃないと今頃は跡形も残ってなかったですから…。」
「意外と無茶するな…驚いたぜ?」
初めて会った時には大人し過ぎて軍人なんて向いてないと思ったんだがな…
「…自分でも驚きました。
人間って変わろうと思えば変われるんですね…。」
『いい女になれ』と言ったのは数時間前の話だと言うのに。
ほんの数時間の間に別人のように変わっていた。
少女だと思っていたその面影は微塵も感じられなかった。
「あ、もしかしてさっきの戦闘で怪我でも?」
そのついでで私の事を気遣ってくれたのかもしれない。
「あ、いや、そうじゃないんだが…」
「…?」
心拍数が異常に上がっている気がする…
彼女の居る場所まであと数メートル。
自室を訪れたら不在だった。
自室の次に彼女が居る可能性の高い場所は医務室しかない。
一歩ずつ…その場所へと足を進める。
会ったらまず、一番に何を言えばいいのだろう。
また…彼女は笑ってくれるだろうか?
何より大好きなのはの笑顔。
「…?」
話し声が聞こえる…。
決心して来たのに…先客が…
「お前、ちゃんと食べてるのか?」
「…え…?食べてます…けど?」
「さっき抱いた時に思ったんだけどな、軽過ぎだろお前。」
「…え…ええっ!?
少佐っ…な…何言って…っ!!」
と…少佐…
聞こえてしまった会話に伸びた手が止まる。
どう考えても今の会話は…
引いた手をグッと握り、踵を返す。
会いたい気持ちに変わりは無いのに…
何だか急に彼女の顔を見るのが怖くなった。
分かってた…彼女の想いはここには無いって。
でも…こんなに身近に…
少佐に敵う訳…無いじゃないか…
少佐は僕よりずっと大人でしっかりしていて…
少佐なら、を包み込むように優しく…強く守ってくれる。
胸が張り裂けそうに痛む。
嫌だ…
が…他の男の隣で笑ってる姿なんて見たくない。
戻り掛けた足を再び彼女の元へと向ける。
「…あ…っ!」
「お、ナイスタイミングだな…」
開いたドアから出て来た少佐は僕を見て笑った。
「僕…っ…譲れませんから…」
「…は?」
「この気持ちはきっと…少佐には負けてません…
だから…気持ちだけでも伝えたいんです、に。」
「お前…」
こんなに強い眼差しを見たのは初めてだった。
そしてどうやらとの仲を勘違いしているらしい。
「…面白い…やってみな。
お前の根性、見せてもらうぜ。」
少佐はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
止めもしないなんて…相当の自信があるという事なのか。
「少佐…?誰か来たんですか……っ…」
話し声を聞き付けたは扉を開く。
その視界に入った人物にの心臓は大きく跳ねた。
「キ…ラ…」
「……」
ダメ…
まだ目の腫れが引いてないのに…っ…
でも視線を逸らす事が出来ない。
キラの瞳は真っ直ぐに私を見つめてる。
心臓はトクンといつもより早鐘を打っていて何だか苦しい。
「丁度良かった。
キラがお前に話があるんだと。」
聞いてやれば?と少佐がキラを促す。
そこで初めてキラが少し視線を逸らした。
「…ちょっと話せるかな?」
「…あ……うん…。」
の了承を得た後、キラは素早く彼女の手を取った。
「え…キラ…っ…」
彼女の手を引き、キラは強い眼差しで歩き始める。
「…これで一件落着…かな?こっちの問題は。」
ムウは苦笑いで頭を掻きながら2人の背中を見送った。
気付けば彼女の手を掴んでいた。
少佐の余裕の笑みに触発されたのか…理由は分からない。
でも、実際にの顔を見てしまったらもう止まらなかった。
いつ死んでもおかしくない今だからこそ、伝えなきゃいけない言葉がある。
それが僕の望む結果では無くても…この想いを内に秘めたまま終わらせるのは嫌だから。
を困らせるだけかもしれない。
もう、僕に笑顔を向けてくれる事は無いかもしれない。
それでも…知って欲しい想いが今ここにある。
もし明日僕が死んでしまったら、の心の中に僕の君への想いはは残らないから。
彼女を連れ出した先は甲板。
彼女への想いを告げる事はやめようと決意した場所。
僕の想いはきっと重荷になるから告げてはいけないと…あの時はそう決めた。
でも…もうそんな優しい気持ちだけではいられない。
想いはどんどん膨らんで…募って…
ただ見守っているだけではいつか壊してしまいそうで怖い。
だったら、自分の手で終わらせなくちゃいけない。
彼女の視線の先には他の人が居ると知りながら。
何て滑稽なんだろう。
「……?」
握っていたその手に違和感を感じ、やっと彼女へと振り返った。
彼女の手は小さく震えていた。
手を掴まれた瞬間に一気に想いが溢れ出した。
やっと止まった筈の涙が止め処なく零れ落ちる。
止めたいのに…目の前に見えるキラの後姿が涙でどんどん滲んでゆく。
余った片方の手で必死に嗚咽を堪え、彼の速度に合わせて向かった先は甲板だった。
束の間の休息。
そこで見せた寂しげな表情。
私では彼の支えにはなれないんだ…って感じたあの場面が鮮明に蘇る。
そう思うと涙が止まらなくて…
震えていた手に気付いたキラは振り返って、私の表情を見て戸惑いの顔になった。
「ごめ…なさ…っ…すぐ止まるから…っ…」
必死に涙を拭うが凄く愛しく思えて仕方が無い。
その涙の原因は僕かもしれないけど…
握っていた手を強く引いて、彼女の体を強く抱き締めた。
「……キ…キラ…!?」
驚いた彼女が僕の名前を呼ぶ。
丁度耳元で囁かれる形になって、この腕の中に居るのは間違い無くなのだと安堵した。
「ごめん…帰ったら君の話を聞くって約束したけど…先に僕の話を聞いて欲しいんだ。」
「え…」
急に抱き締められた事でなかなか止まらなかった涙は一瞬にして止まっていた。
何で…
「好きなんだ…が…」
「え…」
「好きで好きで…もうどうしようもない位に君が好きなんだ。」
やっと…その想いを彼女に告げる事が出来た。
「な…んで…フレイ…は…?」
キラの部屋に居たフレイの姿が鮮明に蘇る。
キラはフレイが好きで…フレイもキラが好きで…
ずっと傍に寄り添っていたのもフレイだった。
ずっと一緒に居たじゃない…。
「違うんだ…フレイへの気持ちは恋じゃない。
気付いたんだ…への想いは何よりも強いんだって…」
もう無かった事になんて出来ない。
こんなに強く惹かれる相手なんてきっと一生現れない。
「私…キラを好きで居てもいい…の?」
「…?」
「私がキラを想うこの気持ちは迷惑じゃない?」
彼女からの答えは想定外のものだった。
「本当に…私の事…を…?」
抱き締めていた体を解放すると、彼女は戸惑いながら自問自答していた。
「…も…?」
「…きっと…私の方がずっと好きで堪らないの…。
この恋は叶わないまま…告げる事なんて無いまま終わるんだって思ってたの。
だって…ストライクが目の前で…っ…」
止まっていた涙が再び溢れ出した。
ストライクのシグナルが消失したあの瞬間が鮮明に蘇る。
分かっていたのに…明日はどうなるか分からない世界で生きている事を。
「私は弱くて臆病で…自分の想いさえ貫けなくて…
いつも姉様への劣等感で一杯で…そんな自分が嫌で…」
自分の事がどうしても好きになれなかった。
弱い私…ダメな私…
「でも…キラに出会ってキラを好きになったの。
この気持ちだけは大事にしたいって…守りたいって…
たとえ叶う事は無くても、自分の中で想う事はきっと罪では無いから…って…」
だから…信じられない。
キラが私の事を好きと言ってくれたこの瞬間が現実のものだという事が。
夢でも見てるんじゃないかって疑ってしまうくらいに。
「好きだよ…誰よりもずっと君が好き。
だからもう泣かないで。」
もう一度、小さなその体を腕の中に抱き寄せる。
小刻みに震える彼女は躊躇いながらキラの上着をキュッと掴んだ。
夢じゃない…
「…私…も…キラの事が好き…大好き。」
「…、僕の顔を見て?」
「え…」
言われて不意に見上げると、キラの唇がそっと触れた。
優しく触れるだけの温かいキス。
泣かないでと言われたのに、また涙が自然と零れる。
このまま時が止まってしまえばいいのに…と願いながら身を委ねた。
【あとがき】
やっと…やっとここまで来ました。
今回ちょっと長かったですね。
どうしてもここで何というか…お互いの気持ちをね…明らかにしたくてですね…。
やっと両想いです。
これからラブラブモードです…多分。(多分?)
ちょっと波に乗って来た感じなのでこのまま勢いに任せて書けたらなぁ…という状況でしょうか。
甘々モード大好きです。
特にキラの連載は初めてなので…気付けばヒロインを溺愛しちゃってますね。
相手がムウさん(勘違い)でも負けるものか…と。
ちょっとキャラ変わっちゃってます?でも気にしないで下さい…申し訳無いです。
では、ここまで読んで下さってありがとうございました。
2007.2.26 梨惟菜