君が望む暁
PHASE−26 君が教えてくれたこと
「…随分と殺風景になっちゃったね…」
綺麗に整えられた自室を見てキラは微笑んだ。
「…あ、でも私物はあの箱に残ってる筈よ…。」
ベッドに置かれた小さな箱。
元々、成り行きで乗る事になった艦だったから私物と言ってもほとんど無い。
着ていた服とか…それくらい。
はベッドに近付くとその箱に触れた。
そんな彼女の背中を見ていたら何とも言えない愛しさが込み上げて来て…
手は自然と彼女の肩へと伸びていた。
『トリィ…』
「えっ…」
その手が肩に触れそうになったその時、聞き慣れた電子音が聞こえる。
「…トリィ…」
アスランがくれたトリィだ。
そう言えばトリィは艦に残したままだったと今更気付く。
でも…一体誰が今までトリィを…?
「何か…俺の所に居た。
電源切っちゃうのもちょっとな…って思ってさ。」
「サイ…」
彼の姿を見て、何だか居た堪れない気持ちになった。
僕はサイに酷い事をした…
フレイとの事とか…色々とあったのに…
「ありがとう…」
肩に乗るトリィに視線を向け、再びサイに向き直った。
「何で…お前はそうなんだよ…」
「え…」
怒りのようにも感じられたその声の先には、思いつめた悲しい目…
「俺なんかとは違うんだって…いつも…」
そう…違うのだと。
ナチュラルとコーディネーターは違うのだと…
「だから…僕が憎かった…?」
キラが放った一言にサイの目は大きく見開かれた。
「キラ…私外に出てるね…」
空気を察し、席を外そうと思ったの手首を優しく掴む。
「大丈夫だから…ここに居て?」
「で…も…」
居てもいいのだろうか?
その躊躇いをキラは無言で掻き消す。
目の前の物事から逃げてはいけない。
そしてそれを…彼女にも知って欲しい。
弱い部分も隠さずに受け入れて欲しい。
キラが手を緩めると、は部屋を出る事無く隣に俯き加減で立った。
「僕が…死ねばいいと思った…?」
「そう…だ…俺は…お前が憎かった。
だから…死ねばいいと思った事もあった。 …でも…」
大事な友達で必死に戦ってくれて…
でも、大切だった彼女を目の前で奪った…
その事実を受け入れる事が出来なくて、憎くて…。
「でも、お前が死んだと思った時…凄く悲しかった…。」
そう…憎しみより先に悲しみが自分の中に現れた。
「だから…生きてて戻ってきてくれて…本当に嬉しかったんだ…っ…」
「サイ…」
瞳に滲む涙が彼の本心を物語っていた。
フレイと同じように…キラもサイにとって大事な存在だったから…。
「ごめん…なのにお前を見てると自分が惨めに思えて仕方が無いんだ…。」
それは…誰にでもある劣等感。
キラにもの中にも存在していた感情。
だからこそ、も驚く事は無くサイの震える拳に視線を落とした。
私にだって…沢山あった感情。
ううん…今でも残ってる感情。
きっと、永遠に消える事の無い感情なんだね。
「でも…サイは僕なんかとは違うでしょ?」
「キラ…?」
「君には出来ない事を僕は出来るかもしれない。
でも、僕に出来ない事を君が出来るんだ…。」
同じ人間なんてこの世には存在しないのだから。
コーディネイターだから、ナチュラルだから。
そんな枠なんて関係無い。
キラに出来て私に出来ない事がある。
でもその逆に、私に出来てキラに出来ない事だってある。
その言葉で救われたのは、サイだけじゃない。
キラは私の心も救ってくれた。
「ごめんね…辛かったでしょ?」
サイが去った部屋には再び静けさが訪れた。
「ううん…大丈夫。」
辛かったのはきっとキラも同じ。
「…サイに言った言葉、私にも当てはまるから…。」
「どういう事?」
「サイはサイで、キラはキラ…って意味。
私もずっと…自分が惨めだとか…そういう劣等感、あったから…。」
今でも消えない劣等感はあるけれど、キラがその思いを和らげてくれた。
「キラ…少し変わったね。」
「そう…かな?」
「うん…少しだけど…変わった。」
「前の僕の方が良かった?」
「…ううん…今も前も…キラはキラだよ。」
そう答えると、キラは柔らかく微笑んでトン…と頭をの肩に置いた。
「不謹慎だけど…今凄く幸せなんだ…。」
「…うん…私も…」
この艦がオーブに着くまでは…
現実を忘れて2人だけの時間を過ごせたらいいのに…
「…そろそろ行かなくちゃ…まだやる事あるし…」
「…僕も…艦長と今後の事、話し合わなくちゃ…」
名残惜しい気持ちを抱えながらも2人は立ち上がる。
「じゃあ、また後でね…。」
「うん…。」
部屋を出る前に、軽く触れるだけのキスを交わして扉を開いた。
「よっ…」
「…少佐…話し合いは終わったんですか…?」
「あぁ、とりあえず…な。
あとはオーブに到着してからじゃないと話も進まないだろ。」
「まぁ…そうですね…。」
オーブに着いてから…か…
先が思いやられる。
アラスカでの戦闘は正直言ってショックだった。
何故、敵対している者同士の情報が筒抜けだったの?
この戦いの裏では何が動いているの?
ただのコーディネイターとナチュラルの争いでは無い…
それを目の当たりにしてしまったのが恐ろしくて…
これからこの艦はどんな進路を進むのか…
そんな不安が付き纏う。
「で?」
「はい?」
「はい?じゃないだろ。俺に報告は?」
「報告?何をです?」
「…そりゃあもう…事後報告は大事だろ。
俺の目の前で堂々と掻っ攫われた癖に…。」
「…あ…っ…え!?」
「どこまで鈍いんだよお前は…今回の件は俺の熱演が無かったら纏まってないぜ?」
後から知った話…。
キラが私と少佐のやりとりを聞いて勘違いしてた事とか、
それを知った少佐がキラに追い討ちを掛ける演技をした事とか…。
「あ…の…その節は…お…お世話になりました…。」
キラと居る時とはまた違った気恥ずかしさがある。
本当、少佐って大人だ。
私の気持ちは勿論、キラの気持ちにも気付いていたなんて。
でも、本当は互いの気持ちが通じ合っているって知っていたなら教えてくれても良かったのに…。
散々悩んで泣いて嫉妬して…
「言ってやったら早く纏まってたんだろうけどな、あくまでも本人同士の問題だからな。」
「えっ?」
「教えてくれればいいのに…って思ってただろ?」
お見通しなんだよ、お前の考える事なんて。
そう言いながら少佐はニヤリと笑みを浮かべた。
やっぱりこの人はずっとずっと大人だ…。
「教えて貰って手に入れれば簡単だけどな、自らの手で掴まなきゃ価値は半減だぞ?」
重みのあるそのセリフが胸の真ん中を突き刺した。
「…少佐、実年齢よりずっと大人ですね…。」
「…それは褒め言葉として受け取っていいのか?」
「そりゃあ勿論。」
「じゃ、ありがたく頂戴しとくよ。」
「…本当に…ありがとうございました。」
この人に私はどれだけ救われただろうか…。
少佐の言葉はいつも大きな意味を隠している。
それを見つけ出す事は簡単では無いけれど、その言葉のお陰で今の私がある。
「掴んだ物、離すなよ。」
「はい。」
私にとって少佐は…お兄さんみたいな存在。
この人が居なかったら…私は自分の心に負けていたかもしれない。
だから…少佐が手助けしてくれたこの想いを大事にしていきたい。
小さな不安は積もりに積もって大きくなって、やがて私の心に大きく圧し掛かるかもしれないけれど。
今の私は1人じゃないと思えるから。
だから、1つずつ乗り越えていこう。
【あとがき】
微甘…って感じで。
ヒロインとムウさんは何と言うか…言葉で表現できない関係を築きたかったです。
お兄さんというか…一番のよき理解者というか…
恋愛感情とはまた違った関係っていいですよね。
異性の友情なんて成立しないって方もいらっしゃると思いますが、
私の中では全然アリです。
むしろ大歓迎!!
そういう意味も込めて、ヒロインとムウさんにはこんな関係であって欲しいなぁと思います。
2007.5.28 梨惟菜