君が望む暁

       PHASE−21 交わらぬ視線























「…最低…」







鏡に映る自分の姿は今まで見た中でも一際醜かった。






真っ赤な瞳…腫れた瞼…





見ず知らずの…しかも敵軍の捕虜の前で取り乱してしまった…






バシャバシャと顔を洗い流すと、濡れた前髪から水滴が滴り落ちる。
















「キラ…」






その名を呟くと、再び瞳には涙がこみ上げる。







本当に…もう…会えないの?







実感などある筈も無く…





目を閉じれば鮮明に浮かび上がるキラの優しい穏やかな微笑み。






その笑顔さえあれば良かった…






ただ…笑って隣に居てくれるだけで…





それだけで良かったのに…
















「戻らなくちゃ…」








湿り気を帯びた顔を引き締め、医務室へと足を向ける。









アークエンジェルは着々とアラスカへの航路を進んでいる。








既に連合の勢力圏内に入った今、ザフトからの襲撃はようやく止まった。








でも…





それを守ってくれたのは…




















パァンッ!!
















「!?」







静かな廊下に銃声が鳴り響いた。







銃声…!?






聞こえた先にあるのは医務室…







ハッと何かを思ったは走り出す。









机の引き出しの中に私の銃が…






















「…ミリアリア!?」









の目の前には驚くべき光景があった。







銃を握っていたのはフレイで…






それを取り押さえるようにミリアリアが彼女を制止している。








2人とも頬は涙で濡れていて…









その奥に、捕虜の彼が額から血を流して傍観していた。















「何で…止めるのよ…っ」






銃などまともに持った事の無いフレイの手は震えていた。








「ミリィだって…憎いんでしょう…!?」







その言葉に、ミリアリアはだた無言で首を左右に振るだけ。


























「何をしているんだ!?」







銃声を聞き付けたクルーは状況を把握できず、に視線を向けた。









「済みません…私が席を外している間に彼女達がここへ…

 何があったのかは分かりませんが、捕虜を残して外した私の責任です。」







「…分かりました…とりあえず彼女達を外へ…後は私が話を聞きます。」







「…お願いします。」











部屋を後にする2人の後姿がの心を締め付けた。





























「…彼女達に何を言ったの?」








包帯を巻く手を止めぬまま、は捕虜に問う。









「ナチュラルの彼氏でも死んだのか…ってね…」







その言葉にの手が止まる。











「…そんな事…言ったの…?」






「俺はこっちの事情なんて知らないしね…

 まさかあんな目に遭うなんて思わなかったけどな…。」







「…私だって…ザフトの事情なんて知らないわ…

 でも…場の空気を読む事くらいは出来るでしょう?」







「無神経で悪かったな…。

 じゃ、無神経ついでに聞くけど…」






「何…?」





の手は再び動き始めていた。









「アンタとストライクのパイロットの関係は?」









その問い掛けに再び手は止まる。











「…本当に無神経な人ね…。」







はそう呟き…





悲しそうに微笑んだ。












「…片想い…してた人…。」



















不思議だった…。





涙は…流れない。














「彼には彼女が居たの。

 さっきの赤毛の子…彼がとても大切にしてた。」










叶わない片想い。






それでも…好きだったの。







誰かにこんな風に激しく惹かれたのは初めてだった…。



















「勿体ねぇ…。」






「え?」






彼の眼差しに時が止まる。






まるで体が金縛りに遭ったかの様に重く…






吸い込まれそうな彼の瞳…







キラと同じ…アメジスト色…









包帯を持っていたの手首には別の温もり。











「え…ちょ…っ…」







「アンタ可愛いのに勿体無いぜ。」






「何言っ…」







「俺にしとけば?」








「…は?」






手首を握る手が…一層強まった。






真剣さを増した彼の瞳は怖くて…





距離を保とうとベッドから離れようとするが、彼の握力がそれを許さない。









「ちょ…離…して」






「初めて見た時から気になってたんだよ…。

 こんな風に再会出来るとは思ってなかったけど。

 俺ならアンタを大事にしてやれるし、悲しませない。」







目が…逸らせない。







「なぁ…別にナチュラルとかコーディネイターとか、気にしないんだろ?」








確かに…そう…だけど…








「もう、この世に居ないヤツに未練持ったってしょうがねぇじゃん?」









もう…この世に…居ない人…










「俺が忘れさせてやるよ。」







寄せられた唇がの物に近付いたその時…









「ち…がう…」





「え?」







「違う…そんなんじゃ…ない…。」







小さな声と、頬を伝う雫







触れた肩は小さく震え…







でも、彼女の瞳は真っ直ぐに彼を見つめ返す。














「未練なんかじゃない…生きてるとか死んでるとか…そんなの関係ない…」







私の気持ちは…そんな単純な…割り切れるモノじゃなくて…









「ただ…傍にいられれば良かったの。

 確かに、嫉妬してた…羨ましいって心底思ってた。

 でも…それでも好きだったの。」







例え視線の先に自分が居なくても。





自分と彼の視線の先が交わらなくても。









嬉しい…


悲しい…


楽しい…


苦しい…


切ない…


愛しい…













「全ての感情を感じる事が出来たのは…キラのお陰だから…

 そんな生半可な気持ちで想ってたんじゃないから…っ。」










いっそ…私が彼の代わりに死ねたら良かったのに…










「私が欲しいのは、その場凌ぎの感情なんかじゃない…。

 本気で言ってくれてるなら…尚更応える事なんて出来ないの…。」




















































「アラスカだ…」








「…っ…やっと…」








目の前に広がる目的地に一同は喜びの声を上げる。





その中に失った命の大きさを噛み締めながら…




















「指示あるまで待機…ねぇ…」








本部に呼ばれたのは艦長とフラガ少佐、姉様の3人で…






今までの報告、それに関しての処分…





そして今後の処遇






そんな内容の話でも聞かされているのだろう。








でもこれで…ザフトに追われる過酷な戦いはしなくて済むんだ。







アークエンジェルだって、どこかの基地に配属されて…









これから…どうなるんだろう…









捕虜の彼だって…ここで降ろされて…






どう…なっちゃうのかな…







名前さえ聞くのを忘れてしまっていた。








出逢ったばかりだと言うのに私にあんな事を…






自分ではそんな魅力なんて無いと思っているけれど、





あんな風に言われたのは初めてで…本当はドキドキしてた。








でも…不謹慎な事…失礼な事…考えてた。








キラがそう言ってくれたら…どんなに嬉しかったかな…って。







あり得ない話だけど…そんな事を考えてしまった。








浅はかだな…私って…













あり得ない事だから…望んでしまうのだろう…








私よりもフレイの方がずっと苦しい筈なんだから…

































【あとがき】

2ヶ月半ぶりに更新…

本当に遅くなってしまって申し訳ありません。

さて…

何故にディアッカが!?みたいな?

私自身も予定はしていなかったのですが…

何かディアッカが暴走してた(爆)

でもこんな風にディアッカに言い寄られてみたいかなぁ…なんて。

ヒロインはひたすらキラを想う子なので、ちょっと想われる側の展開もあったらなぁ…と思いまして。

振られちゃいましたけどね(笑)

キラへの強い想いを再確認…です。

物語もようやく中盤。

もう少しお付き合い頂ければ幸いです。

ここまで読んで下さってありがとうございました。



2006.9.18 梨惟菜







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