君が望む暁
PHASE−20 失望
「…きゃあぁっ!!」
大きく揺れる艦の壁に背中を打ち付ける。
ジリジリと痛む背中に構っている暇は無い。
『イーゲルシュテルン4番、5番被弾!!』
『ヘルダート発射管、隔壁閉鎖!!』
ブリッジからリアルタイムに流れる声に耳を傾けながら、は負傷した作業員の手当てに必死だった。
キラが守ってくれる…
だから艦内は…私達が守らなくちゃ。
今出来る事をやらなくちゃ。
ここが…キラの戻って来る場所だから。
「スカイグラスパーで出ます!!」
混乱する格納庫に飛び込んで来たのは、まだパイロットになりたてのトールだった。
「トール!?」
この状況下で新人とも言えるトールが出るのはあまりに危険だ。
艦長が指示を出したとは思えないし…
『ケーニヒ二等兵、待ちなさい!!』
ブリッジからのアナウンスは艦長の声…
「このままじゃ危ないですよ!出ます!!」
反対を押し切るように、彼の乗ったスカイグラスパー2号機は宙に飛び出した。
あと少しでアラスカの勢力圏内なのに…
仲間を失ったキラの親友の…敵討ち…みたいな勢い…
戦って欲しくなかった…
キラにとって大事な親友…
それなのに…傷つけ合わなくちゃいけないなんて…悲し過ぎる。
でも…
私には止める事も…そんな資格も無い。
「頑張って下さい!すぐに手当てしますから!!」
考えてる場合じゃない…
私の仕事は…怪我人を手当てする事。
ドォン…!!
「きゃぁっ!!」
突然の衝撃…
艦内が大きく揺れ…再び姿勢が保てなくなる。
アークエンジェルが…何処かに着陸した?
ここに居てはまともな情報は入って来ない。
「ブリッジに行きます!また怪我人が出たら呼んで下さい!」
は一言告げると格納庫を飛び出した。
ブリッジまでの道程、多少の衝撃はあるものの、先程までの激しい揺れは感じられない。
一体、どうなっているんだろう…
外で戦ってるキラは…少佐は、トールは大丈夫?
嫌な予感がするの…
胸騒ぎがして…いつもより胸の鼓動が激しい…。
予感だけで済めばいいけれど…
さっきから小刻みに震える指先が何かを物語っているみたいで…物凄く怖い…
キラ…
「…っ…!?」
ブリッジに飛び込んだ私の目に飛び込んで来たのは、モニターに映るガンダム。
あれは…
「追い詰めたらパイロットが出て来た。
投降するつもりらしい。」
姉様が落ち着いたトーンで私の疑問に答えてくれる。
「投…降…」
モニターから見える映像は少し乱れていて…
場所も遠いから見難いけれど、確かにザフトのパイロットスーツを身に纏っている。
まだ若い…と思う。
イージスではなくバスターと言う事は、キラの親友じゃ…ない…。
「あの…!ストライクとスカイグラスパーの状況は!?」
「それが…電波状況が悪くて位置が特定出来ないんだ…。」
「そう…ですか…」
「では何名かでパイロットの捕獲に出て下さい。
投降の意思表示はしているけれど、油断はしないでね…。」
艦長が指示を出し、何人かが艦の外へと向かう。
残ったクルーは必死に戦況の把握を試みていて…その中に不安げな表情のミリアリアが居た。
そんな彼女のモニターに突如異変が起こる。
「え…?」
モニターが急に暗くなって…
画面に表示されたのは『SIGNAL LOST』の文字。
ミリアリアが担っていたのは、トールの乗っていた2号機だった筈…
「何…これ…壊れちゃったのかな…」
必死に色々なボタンを押しながら、ミリアリアの指先は震えて…
「トール…?」
モニターから視線を逸らしたミリアリアは不安げに天井を仰いだ。
まさか…
嫌な予感は…これ…?
激しく高鳴る鼓動を必死に押さえ、瞳を閉じる。
大丈夫…そんな筈は無い…
戦場にはキラだって少佐だって居る。
相手はイージスとデュエルしか残っていないじゃない…
大丈夫…3人とも無事に戻って来る…
そう心の中で自分に言い聞かせ、再び現実へと瞳を開いた。
『スカイグラスパー1号機、帰還します!』
通信を受けてモニターを切り替えると、かなり損傷した状態の1号機が着艦している所だった。
少佐…
ひとまず少佐が無事に戻った事に安堵しながらも、未だ鳴り止まない外の音に不安は募る。
「…少佐に外傷は?」
『いえ…特に目立った怪我はしていないみたいです。』
流石と言うべきか…
機体の損傷が激しくても、少佐自身はいつもほぼ無傷だった。
『エンデュミオンの鷹』の異名は伊達じゃない。
だからこそ、安心して戦って来れたのかもしれない…。
ストライクとイージスの戦いは…
どちらが倒れても悲しい結果になってしまうって分かってる。
でも…キラには無事に戻って来て欲しい…
帰ったら私の話、聞いてくれるって言ったんだもの…
「…きゃ…!」
急にブリッジを眩い光が包んだ。
あまりに一瞬の出来事で…反射的に目を閉じる。
そして光に遅れて、大きな爆発音が届いた。
ビー
「え…」
ストライクのモニターが、同じ様に『SIGNAL LOST』の文字を示す。
「何…これ…」
また故障…?
爆発音の聞こえた場所は、こことは別の島。
木々が燃えている映像が映し出され……
一瞬…息が止まった…
「トール…?キラ…?」
ミリアリアの弱々しい声が恋人と友の名を紡ぐ。
けれど…返事は戻って来ない…
「」
何が…起こったの…?
「聞いているのか!?!!」
「え…」
振り返ると、険しい表情をした姉様が私に向かって声を荒げていた。
「何をしている!ボサッと立っていないでシートに座れ!」
「え…」
「ここも人手が足りないのだぞ!」
「す…済みません…」
「トール!?キラ!?応答してっ!!」
隣では必死にモニターに叫ぶミリアリアの姿…。
けどやっぱり応答は…
それって…
ダメ!そんな筈無い!
ふるふると首を左右に振ったは表情を引き締めた。
『今の爆発音は!?』
音しか確認出来ない格納庫から、少佐の声が入る。
「爆発は…分かりません…
現在…ストライク、スカイグラスパー2号機ともに全ての交信が途絶です…。」
戸惑った声で艦長自らが答えを告げると、それ以上の返事は無かった。
「…!?
6時の方向に機影!数は3!!」
まだ…戦闘は終わってない…
「AMF−101、ディンです!会敵予想、15分後!」
今この状況で戦うなんて無茶だった。
キラもトールもまだ戻らない…
少佐のスカイグラスパーはボロボロで動ける状態では無い。
「迎撃用意!!」
「無茶です!現在半数以上の火器が使用不能です!」
艦長の決断に姉様は素早く反論する。
「キラ!トール!聞こえる!?早く…」
必死に応答を求めるミリアリアの元へ歩み寄った姉様が、モニターの電源を落とした。
「姉…」
「もうやめろ。ヤマト少尉、ケーニヒ二等兵は共にMIAだ。分かるな?」
「そ…んな……」
「受け止めろ!でなければ次に死ぬのは自分だぞ!」
激しい口調にミリアリアの瞳は虚ろだった。
ふらり…と立ち上がった彼女は、おぼつかない足取りでブリッジを後にする。
「お前はやれるな?」
出来て当然だな…という瞳で姉様は私に視線を向けた。
今にも血が滲み出しそうな力で拳を握る。
軍人なんだから…覚悟はなければいけない…
「ディン接近…会敵まで約11分…」
「パワー戻ります!!」
「離床する!推力最大!!」
艦長の声でようやくアークエンジェルは動き出した。
「ストライクと2号機の最終確認地は!?」
「7時方向の小島です!」
「艦長!この状況で戻る事など出来ません!!」
「少佐!1号機は!?」
まだ諦めの表情にならない艦長は格納庫に通信を繋ぐ。
「駄目だ!まだ出られん!!」
「艦長!クルー全員に死ねと仰るのですか!?」
艦長の気持ちは分かる…でも姉様の言っている事が正論…
私もそうやって育てられて来た。
軍人ならば割り切らなければいけないと…
いざという状況に陥ったら、例え仲間でも恋人でも見捨てろと…
でも…でも…っ…
「…打電を続けて。それと、島の位置と救援要請信号をオーブに。」
…オーブ…?
「オーブ!?」
「人命救助よ!受けてくれるわ!!」
「しかしあの国に…」
「責任は私が取ります!!」
こんな時まで…お互いの意見は噛み合わない…
「ディン接近!距離8000です!!」
「機関最大!この空域からの離脱を最優先とする!!」
『バジルール少尉、捕虜の診察をお願いします。』
捕虜…
あぁ…バスターに乗ってたザフトの…
「…すぐに戻ります。医務室へ連れて来て下さい…。」
駄目…
戻らなきゃ…って分かってるけど…
足が…思うように動いてくれない…
艦内ってこんなに広かったっけ?
一歩一歩が重くて…視界はなんだかぼやけてて…
真っ直ぐ歩けなくて…
自分が自分じゃないみたい…
「何?アンタみたいな女の子が医者なワケ?」
ようやく辿り着いた医務室には、拘束された状態の少年が居た。
褐色の肌に金糸…
多分…私と同年代だ…
「女の子なんかでごめんなさいね。
他に医療知識のある人間がこの艦には居ないの。
…後で診断結果を報告します。下がってくださって結構です。」
「ですが…」
「これでも一応は軍人ですから…拘束されてるザフト兵相手にやられたりしませんよ。」
「や、別に嫌なんて言ってないぜ?」
2人きりになった直後に彼はそう告げた。
「別に…あなたが何と言おうとこれは私の仕事だから。
例え嫌と言われても私しか居ないのよ。」
淡々と言葉を返す少女の瞳に光は感じられない。
虚ろな目でただ作業をこなしていく。
「血圧…測らせて。」
そう言って触れた彼女の手は冷たかった。
決して少年の目を見ない。
サラサラと揺れる黒髪の先に見え隠れするアメジスト色…。
「アンタ…」
「何?」
「どっかで見た事あると思ったら…」
「ナチュラルでもナンパするの?」
「そうじゃなくて、オーブに居ただろ?」
「…え…?」
思わず顔を上げた彼女と瞳がぶつかる。
「なん…で…」
「覚えてない?オノゴロでぶつかったろ?」
「あの…時の…!?」
鮮明に蘇る数日前の記憶…。
1人買い出しに出た先で出会った…
そう…確か4人組の作業服を着た…
でも、ぶつかった相手は確か濃紺の髪の子で…
その後ろに見え隠れする3人の少年…
「結構俺好みだったから覚えてたんだ…」
言い切る前に、少女は彼の肩を掴む。
その予想外の力に少年は目を大きく見開いた。
「な…」
「どの子がアスラン・ザラ!?」
「はぁ!?」
「あなたじゃないんでしょう!?
じゃあ…残りの3人の誰!?」
何故…『アスラン』の名が出て来たのか…
そんな疑問を投げかける余裕すら与えさせてくれない少女…
「ぶつかった奴だよ…紺色の髪の…」
「あの…子が…」
キラの…親友…
知らない所で…出会っていたなんて…
彼女の手が震え…すぐに離れた。
「何だよ一体…」
親切な人だったのを覚えてる…
そう言えば、他の誰かが彼の名を呼んでいたような気もする。
「それよりさぁ、ストライクのパイロットは? 戻ってねぇの?」
ストライクのパイロット…?
彼女の手が動きを止めた…。
「MIA」
「何?遂にやられちゃったワケ?
アスランの奴、かなり気合い入ってたからな…。」
『MIA』の一言に弾んだ声になる少年に対し、少女の動きは依然止まったままだった。
その様子から、キラとアスランの関係は何も知らない事は明確だったけれど…
ううん…知っていたらこんな言い方はきっと出来ない。
「なぁ、ストライクのパイロットって何者?
普通の動きじゃなかったよなぁ…連合のオッサンとは思えないし…若いんだろ?」
「……あなたの…同胞よ…」
「はぁ?」
「コーディネイターの男の子。」
「何だよそれ…何でコーディネイターが連合なんかに居んの?」
「…元は中立国の…ヘリオポリスの民間人だった。
あなたたちにコロニーを襲われて…友達を守る為に仕方なくパイロットに志願したのよ。」
「だからって…よく戦えるよなぁ…周り、ナチュラルばっかだろ?
そいつ、おかしいんじゃねぇの?」
「あなたに何が分かるの!?」
大人しかった少女は急に声を荒げて立ち上がった。
「…キラが何を思って…何に苦しんで戦ってたか知らない癖に…
どれだけの傷を負って…私達を守ってくれたか知らない癖に…!!」
そう…
私はずっとキラに守られて来たんだ…
弱い私…
言われるがままに軍人で居る事しか出来なかった私…
友達と呼べる人も居なくて…大人ばかりの世界で過ごして来た私…
恋という感情を知らなかった私…
キラに出会う事で変わろうと…変わりたいと思い始めた私…
全ての始まりはキラだったのに…
何も…返せないまま…
本当に…死んじゃったの…?
嘘…だよね…?
悪い夢だよね…?
「何で…っ…どうしてキラが死ななくちゃいけないの…?
…っ…っく…」
未だ名前すら知らない少女の瞳から大粒の涙が零れた。
その様子で彼女がストライクのパイロットにどんな感情を抱いているのかすぐに分かった。
こんなに取り乱しても尚、その涙は綺麗だと思う。
誰かを思って流す涙に…汚れなど無いのだから。
【あとがき】
いや…ちょっと長くなり過ぎてしまいました。
本当に長いです…自分的には…
本当に纏められなくて…中途半端に切ったら後が大変だと思いまして…
読み辛くて本当にご迷惑をお掛けしました。
山場を迎えました。
一番悩んだ回かもしれません。
ディアッカに出会う回でもありましたので…
正確には既に出会ってたんですけどね。
悩んだ癖に全然まとまってなくて…自己嫌悪。
早く戻って来て…キラ様…な回。
気が付けば20話です。
このペースで行けば40話くらいで終われるでしょうか…
本人にも未知の領域です。
ここまでお付き合い頂きまして本当にありがとうございます。
次も出来るだけ早い更新を心掛けますので…。
2006.6.25 梨惟菜