君が望む暁
PHASE−19 刹那
「…っ…はぁ…はぁっ…」
息を切らしながら、は格納庫へと走った。
戦闘を終えた直後のアークエンジェルの廊下に人気は無い。
廊下には彼女の足音だけが響き渡っていた。
「やめてください…」
え…?
格納庫に入って、一番に聞こえたのが沈んだキラの声だった。
「人を殺してきて…それを『良くやった』だなんて…。」
キラの肩に回されていた作業員の手がゆっくりと離れる。
きっと、彼らに悪気は無い。
ずっと追い回されて来た敵の1機をようやく倒したのだから、喜びは大きい筈。
でも…実際に撃ったキラはそんな風には思えないんだろう。
敵であっても1人の人間…
1人の命を奪って来た…
それは、優しいキラの心には大き過ぎる傷を増やしたという事。
「何だよ…今までだって散々やって来た癖に…」
1人の作業員が呟き、キラはビクリと肩を震わせた。
確かにそれもまた真実だ。
今までだって、沢山の命を殺めて来た。
それを今ここで指摘されても返す言葉なんて1つも無い。
けれど…分かって欲しかった…
人の命を奪う事の重さを…苦しみを…
「よせよ。キラも疲れてるんだ…。」
凍り付いた場の空気を制止するように、フラガ少佐が話を遮った。
「ほら、キラ…」
肩に置こうとした少佐の手を払い除け、キラは足早に格納庫を後にしようとする。
「あ…っ…」
入り口で戸惑いながら佇むの姿に気付いたキラは、気まずそうに顔を伏せた。
「ごめん…」
すれ違い様に小さく呟かれた…力の無い声…
「あ…」
何も掛けてあげる言葉が見つからず…ただキラの背中を見送る事しか出来ない。
「ホラ、何やってんだ…」
「え…っ…」
少佐がの背中をトン…と軽く叩いた。
「追い掛けろよ。その為に来たんだろ?」
「で…でも…」
追い掛けて…その後に何を言えばいい…?
拒絶されてしまったら…どうしたらいい?
動くよりも先に頭が働いてしまって…どうする事も出来ない。
いつもそうだ…
考えてしまって動けなくて…
「今したいと思った事をすればいいんだよ。後で後悔しても遅いんだぞ?
何を言えば良いかなんて、その時考えればいい。
今、お前が思っている事を素直に言ってやればいいんだよ。」
「少佐……ありがとう…ございます。」
少佐に頭を下げると、は急いでキラの後を追った。
「…若いっていいよな…」
「…キラ……」
「……」
「あの…ごめんなさい…迷惑かなって思ったんだけど…」
小さな声で謝罪しながら、遠慮がちには佇んでいた。
「その…1人になりたいなら…私戻るから…
もし迷惑じゃなかったら…隣…行ってもいい?」
にしては意外な言葉に、キラは一瞬目を大きく開いた。
そして直ぐに目を細めて柔らかく微笑んだ。
「迷惑なんかじゃないよ。」
「…ありがとう…」
少し頬を紅潮させたは、ゆっくりとキラの隣に立つ。
「疲れてない?大丈夫?」
「…大丈夫…って言いたいけど…ちょっと辛いかな…」
言葉と共に、小さな溜息が漏れた。
いつもキラは『平気だよ』って言うから…
今回は本当に辛かったんだろう。
「何も力になってあげられなくてごめんなさい。」
「…?」
「キラにばっかり守って貰って…キラばかりが苦しい想いをして…」
ストライクに乗れるのはキラしか居ないって分かってるけど…
それでも誰より一生懸命戦ってくれているのに、誰よりも傷付いてる…
「いつもそうだよね…。」
「え?」
「そうやっては謝ってばかり。」
「あ…ごめんなさ…」
「ほら…また。」
そう指摘されて、は再び真っ赤になる。
「いつも言ってるよね?君が気に病む事は何も無いんだって。
これじゃ、僕がを困らせちゃってるみたいだね…。」
「そう…だよね…。
えっと…じゃあ…ありがとう…って言えばいいのかな…。」
何か気の利いた言葉を…って思ってるのに、何も浮かんで来ない。
でも、キラに感謝しているのは本当だから…
「キ…」
突然の事だった…
戸惑っている私の腕を急にキラが引っ張って…
鼻を掠めたのは…キラの香りだった…。
キラの手が…私に触れてる。
片方は腰に…もう片方は後頭部に…
抱き締め…られてる…
意外と頭の中はクリアで冷静に働いていた。
「ごめん…少しだけでいいから…」
耳元で囁かれ、同時に私の瞳から涙が一滴零れ落ちた。
私…この人が本当に好きだ…。
好きで好きで…胸が張り裂けそうに好きで…
微かに震える手を、彼の背中へと回し、ギュッと服を握り締めた。
この気持ちを言葉にするなんて…とても出来ないよ…
好きって気持ちだけじゃ…足手纏いにしかならない…
キラを困らせるだけに決まってる。
余計な事は考えて欲しくない。
私が想いを告げる事で、彼の負担を増やしてはいけない。
そんな想いがまた先走って、自分の気持ちにセーブを掛けた。
でも…こうして側に居る事で少しはキラの役に立ててる?
少しでも辛い気持ちを和らげる事が出来てる?
「に…話しておきたい事があるんだ…。」
「…何…?」
暫くして、抱き締めていたキラの腕が緩んだ。
どれくらいの時間が経過していたのかは分からない。
長かったような気もするし、短かったような気もする…。
頬を伝った涙は乾き、瞼がほんの少しだけ赤く染まった。
そんなの目を見つめながら、キラは1つの真実を口にした。
「イージスのパイロットは…僕の親友なんだ…。」
「え…っ…?」
イージスのパイロットが…キラの親友?
何でそんな…
「親…友…?」
「名前はアスラン・ザラ。 …僕が月の幼年学校に通ってた時に知り合ったんだ。
気が合って…本当の兄弟みたいに一緒に過ごしてたんだ。」
「そんな小さい頃から…」
「ヘリオポリスで偶然再会して…その時彼は…ザフトの軍人だった…。
アスランは僕にザフトに来いって言ったけど…断ったんだ。
トール達を…友達を守りたかったから…。」
そして代わりに…親友を敵に回した…
板ばさみになって…それでも必死に戦って…
そして戦う度に傷を増やしていった。
「そして僕はさっき…彼の仲間を殺したんだ…この手で。」
「キラ…」
震える指先はまだ覚えてる…
耳に残る…アスランの叫び声…
もう…後戻り出来ない所まで来てしまったのかもしれない…
もしかしたらこの先僕は…
「キラ…」
「…」
の小さな手が…キラの震える手を包み込んだ。
その彼女の手も…僅かに震えてる。
「私何も知らなくて…」
「今まで話さなくてごめん…」
「ううん…」
そんな事はどうでもいいの…
「私…っ…」
私は…
『総員、第一戦闘配備!第一戦闘配備!!』
の言葉を遮ったのは鳴り響くアラートと敵襲来の知らせだった。
「敵!?」
また…クルーゼ隊!?
「行かなくちゃ…」
また…親友と対峙しなきゃいけないんだ…
「…気を…付けて」
「ごめん…話の途中だったのに…」
「ううん…大丈夫。」
「帰ったら…必ず聞くから…」
「…行ってらっしゃい…」
手がそっと離れて…キラは格納庫へと走る。
私…さっき何を言おうとした?
咄嗟に口走りそうになった言葉…
言っちゃいけないって…そう決めたばかりだったのに…
触れたキラの手は冷たくて…胸が締め付けられる思いがした。
何で…キラばっかり苦しまなくちゃいけないの?
何で…力になってあげられないの…?
涙がまた一滴…
神様…どうかキラを…お守り下さい…
【あとがき】
ニコルのシーンを省略してしまって申し訳ないです〜
言い訳としては、ヒロインは既にブリッジ勤務では無いから…という事で(汗)
今回はお互いに暴走気味?みたいな…
この物語ではある意味ムウさんが重要キャラだったりします。
頼れるお兄さん的存在で。
ここからヒロインには過酷な試練が待ち受けているワケですが…
複雑な心情を上手く表現出来たら…と思っております。
様、ここまで読んで下さってありがとうございました。
2006.6.10 梨惟菜