君が望む暁
PHASE−17 休息
「1機戻ってない?」
負傷者の手当てに格納庫へ向かうと、中はざわついていた。
確かに2機ある筈のスカイグラスパーが1機しか見当たらなかった。
でもパイロットであるキラとフラガ少佐は目の前に居る。
「あの…もう1機には誰が…?」
「あのお嬢ちゃんだよ。」
「あのお嬢ちゃんってまさか…カガリ!?」
「止めたんだけど出るって聞かなくてな…。」
確かにMSの操作は出来るって言ってたけど…まさか前線に飛び出してたなんて…。
「あの…追撃された…とか…?」
「いや…作戦自体は成功してるんだ。
アークエンジェルへ戻る途中でシグナルロストしてな…。」
戻って来るまでの間に何かが…?
「日没までの1時間、ストライクで海から捜索に入るから…。」
「キラ…」
「心配なのは分かるけど、僕に任せて…ね?」
キラだって戦闘で疲れてる筈なのに…。
それなのに心配する私を気遣ってくれる。
「キラも…気を付けてね。」
「うん。ありがとう。」
ブリッジに入ると、何だか嫌な空気がそこにあった。
捜索に出たストライクを待ちながら、クルー達は慌しく走り回る。
その中心で指揮している筈のラミアス艦長と姉様の張り詰めた空気は一際目立って見えた。
「…何かあったの?」
小さな声でミリアリアに問い掛ける。
そうすると、ミリアリアは私の腕を引いて廊下へと出た。
「カガリさんをね、MIAとして認定するかどうか…ってバジルール中尉が艦長に言ったの。」
「姉様…が…?」
「そしたら早計過ぎるって艦長が…捜索の指示を出したのも艦長なんだけど、ここってザフト圏内でしょう?
だから中尉は反対して…それでちょっとした口論…みたいになっちゃって…。」
「そ…っか…。」
以前から感じていた事ではあるけれど…姉様と艦長は反りが合わない部分があるみたい。
確かに2人とも真面目な人だけど…軍人である上での考え方に微妙な違いがあったりして…
どちらも同じくらい尊敬出来る人だけに、揉め事が起こってしまうと困惑してしまう。
でも…ここへ来て少しずつ考え方が傾き始めていた。
それを感じさせてくれたのは…キラという特別な人の存在。
キラと出会った事で、私の中に少しずつ変化が生じ始めている。
自分でも気付いてる。
こんな風に自分の思っている事を姉様にハッキリと告げた事は今まで無かったし…。
姉様に分かってもらいたいと思ったのも初めてだった。
それくらいにキラへの想いは強くて…。
自分で思っていた以上に私の心はキラで占められている。
怖いくらいに…キラばかり見てる。
そして…その想いが今の私を支えているという事。
この想いがあるから、軍人として頑張ろうと思えるようになった。
全て…キラのお陰…
「?」
「え…?」
「大丈夫?」
「あ…うん、大丈夫。2人が揉める事は今に始まった事じゃないし…。
それより…カガリ、無事に戻って来てくれるといいんだけど…。」
「そうね…。」
「負傷者の手当てはほぼ終わったから、何か手伝える事は無いかな…って思ったんだけど…。
今のところ特に無いみたいね。」
「も疲れたでしょ?少し休んだら?」
「私の仕事なんて疲れる程無いのよ。
もし何かあったら声掛けて?いつでも手伝うから。」
「うん、ありがとう。」
結局、カガリの消息は掴めないまま日は落ち…辺りは暗闇に包まれた。
夜中の間も艦内で可能な捜索は続く。
「キラ!?何してるの!?」
備品を取りに倉庫へと向かった帰りにデッキを通り掛ると、キラの姿があった。
「あ……お疲れ様。」
「お疲れ様…じゃなくて、こんな所で何をしてるの?」
「…カガリが心配で眠れなくて…」
「眠れなくて…じゃないわ。少しでも休まなくちゃ。
キラは人一倍動いてるんだから…しっかりと休養しないと後で差し支えるのよ?」
「分かってるんだけど…ベッドに入っても落ち着かなくて…。
…少しでいいから…話し相手になってくれないかな?
忙しくなかったらでいいんだけど…。」
キラにそんな風に頼まれたら、例え忙しくても断れる筈が無い。
嬉しいんだもの…キラに頼まれる事は。
荷物を側に置くと、は黙ってキラの隣に座った。
「…ありがとう…。」
「少し話したらちゃんと休んでね?」
「何だか子供扱いされてる気がする…。」
「ふふ…だって眠れないから話し相手になって欲しいだなんて…子供みたいじゃない。」
「そうかな…。」
何だかいつものキラと違うみたいで…くすぐったさを感じる。
何て言ったらいいのかな…。
これを『愛しい』って言うのかな…?
キラと居ると今まで知らなかった…気付かなかった感情が次々と生まれて来る。
本当に不思議な人…。
キラと2人で過ごす時間は本当に短く感じた。
実際に短かったのかもしれないけれど、沢山話したような気もするし、全然話せなかったような気もする。
「え…?」
実際、恥ずかしくて顔を見て話す余裕なんて無くて…
そうしたら急に肩に重みを感じて…
そっと隣を見ると、私の肩にキラの頭があった。
「え…ちょっ…キラ!?」
キラはすぅすぅ…と小さな寝息を立てて眠っている。
あどけない寝顔…
こんな無防備なキラ…初めて見る。
「疲れてた…んだよね…。」
眠れないって言ってたのに…ぐっすり寝ちゃってる。
「…って…私、どうしたらいいんだろう…。」
全く身動きが取れない状況に陥っていた。
無重力空間なら何とか運べたかもしれないけど…
男の人を抱えるなんて到底無理な話で…
こんな深夜…しかもクルーは慌しく走り回っている時間帯…
誰もデッキなんて通り掛からない…よね…。
でも…何だか嬉しかった。
こんな風にキラが私の隣で眠るなんて…今まで考えた事も無かったから。
こんな時こそフレイに寄り掛かったらいいのに…。
好きな人には弱みを見せたくないものなのかな…。
キラ以外の人を好きになった事のない私にはよく分かんない…。
『ヤマト少尉、至急ブリッジへ!!』
「「!?」」
あれから何時間が経過したのだろうか…
艦内に鳴り響いたアナウンスにようやく我に返った。
「…っ…きゃぁっ!!」
バランスを崩した私の目の前に、床が飛び込んで来た。
避け切れない…っ…
と思ったその直後に予想していた衝撃は無く…
代わりに私は誰かの腕の中に居た。
「…っ…大丈夫?」
「え…キ…キラ!?」
抱き締められるような体勢で…目の前にはキラのアップ。
「あ…私も寝ちゃって…」
「ごめん…僕が寝ちゃったから動けなかったよね…。」
「ううん…私もついそのまま寝ちゃって…じゃなくて!今の…」
「うん…もしかしたらカガリから無線が入ったのかも…。」
空は少しずつ明るくなり始めている時間帯だった…。
それさえ気付かず、キラに寄り添って眠ってしまっていたのだ。
「行って来るね。」
「うん…気を付けて。」
キラは笑顔を見せると、背を向けてブリッジへと走り出す。
残されたは頬を真っ赤に染め、その場に座り込んだ。
「あんな至近距離…反則。」
息の詰まりそうな距離…
あんな事のあった直後じゃ、頭なんて冷静に働かない。
頭の中を反芻するのはキラの事ばかり…
睫毛、長かったなぁ…とか
目、透き通っててビー玉みたいだったなぁ…とか
抱き締められた腕の強さが意外にも心地よかったなぁ…とか
私が初めて好きになった人…
ほんのひとときだったけど…独り占め出来たみたいで嬉しかった。
少しだけど…いつもと違うキラが見れたから…
「…最悪だ…」
まさかの肩を借りて眠っちゃうなんて…
いくら疲れてたからってそれは無いよ…
自分で自分が情けない。
大した距離を走っている訳でもないのに、頬が熱を帯びている。
きっと真っ赤なんだろう。
彼女に見られなかった事が不幸中の幸いだ。
とっさに抱き締めてしまった…
あんなに近くにの顔が…
今思うと恥ずかしくて堪らない。
華奢な体…
白い肌…赤みがかった頬…
思い切り抱き締めたら壊れてしまいそうな…女の子…
ヤバイ…
思っていた以上にに惹かれている自分が居る。
あれ以上側に居たら理性が抑えきれたかさえ危うい。
好き…なんだ…
結ばれないと分かっていても…それでも惹かれてしまうんだ。
もう自分でもどうしたらいいか分からない。
好きで好きで…胸が張り裂けそうだ…。
今置かれている状況を必死に把握しながら、キラはひたすらブリッジに向けて走った。
【あとがき】
こちらも久し振りの更新でございます。
忙しかった事に加え、微妙なスランプに陥っておりました。
本当にこちらの連載はなかなか話がまとまらなくて…
お互いに既に両想いではあるものの、すれ違い…というか勘違い。
だから余計に厄介なのです。
振られると思い込んでいるから言い出せない。
加えて2人ともマイナス思考な不器用さん。
そんなキラが可愛くて堪りません♪
今回もここまで読んで下さってありがとうございました。
2006.4.8 梨惟菜