君が望む暁
PHASE−16 小さな蕾
「ん〜っ!気持ち良い…」
よく晴れた青空を仰ぎながら軽く背筋を伸ばしてみる。
こんな穏やかな気分になったのは久し振りかもしれない。
砂漠を抜けたアークエンジェルはアラスカへ向け、紅海を渡っていた。
砂漠での戦闘で怪我を負ったクルーの手当ても一通り済み、束の間の休息を取る事が出来た。
「こんな所に居たんだ…」
「え…?」
誰も居ない筈の甲板で背後から私を呼ぶ声。
「キラ…」
いつも一番に考えてしまうあの人の姿がそこにあった。
「あ…もしかして1人になりたかった?」
戸惑うの表情を読み取ったキラが申し訳無さそうに告げる。
「あ…ううん!急に声を掛けられたから驚いただけで…」
迷惑なんかじゃない…
それどころかその逆で…嬉しいという気持ちを鼓動が代弁してくれているみたいに速かった。
「隣…いいかな?」
「…うん…。」
「いい天気だね…」
「そうだね…」
穏やかな風に暑い陽差し…
遠くに見える飛び魚の群れに目を細めた。
「キラ、大丈夫…?」
「え…?」
「砂漠での事…辛かったでしょう?」
「あ…」
本当は聞くべきじゃないのかもしれない…
キラを支えてくれる人はちゃんと居るんだし…私がこんな事を聞いたって何も変わらないのかもしれない。
でも…いつまでたってもキラの顔は沈んでいるから…
もしかしたら、フレイにも話せない悩みがあるのかもしれない。
「ゴメン…私がこんな事言うの、生意気かもしれないけど…
キラ、ずっと沈んだままでしょう?少しでも力になれれば…って思って。」
がこんな事を言ってくれるなんて思ってなかった…
心配…してくれてたんだ…
「ゴメン…心配掛けてたんだね…」
「あ…ううん。私が勝手に…」
「ありがとう…でも僕は大丈夫だから…。
も色々と気を張り詰めて大変なのに…。」
「ううん。キラがしてる事に比べたら大した事じゃないよ。」
やっぱり…私には話せない事…だよね…。
「そろそろ行くね…まだ仕事残ってるし。」
「あ…うん。本当にありがとう。」
「ううん。気にしないでゆっくり休んでね。」
艦内へと向かう彼女の背中を見送りながら、キラは一段と表情を歪めた。
優しい…
僕の事を…こんな風に気遣ってくれる。
その想いが特別なものでは無いと分かってはいるけれど嬉しかった。
でも…言えないんだ…
こんな想いを彼女にまで背負わせてはいけない。
は優しいから…きっと僕以上に悩んで苦しんで…
だから…言わない…言えない…
守るって決めたから…
「、ちょっといいか?」
「…はい…」
姉様が医務室を訪れたのは日の傾いた夕方の事だった。
「ずっと聞きたかった事なのだが…。」
「何でしょう?」
いつになく真剣な表情のナタル姉様…
「ヤマト少尉の事を特別に想っているのか?」
「え…?」
何でそれを…
急な問い掛けに返答に詰まってしまう。
この気持ちをまさか姉様に悟られているなんて思いもしなかった。
「姉様…私…」
「…好き…なのだな…?」
黙って首を縦に振ると、直後に深い溜息が聞こえた。
「よりにもよってコーディネイターか…」
その言葉に思わず顔を上げる。
「姉様…そんな言い方っ!」
「私は賛成出来ないな。第一、ヤマト少尉には…」
「分かっています。片想いだって事くらい…。」
「だったら…そんな気持ちはさっさと捨てて仕事に専念したらどうだ?」
そんな…気持ち…?
叶わない想いなんて…抱くだけ無駄って事?
確かに…この想いがキラに届くなんてあり得ないって分かってる。
でも…それでも…好きという気持ちだけは偽りたくない。
自分にだけは正直でいたい…そう思ったから…
たとえ辛くても苦しくても…必死に戦うキラに背を向けたくないって思ったから…
「私…仕事に専念出来ていない程、彼の事ばかり考えている訳ではありません…。」
「?」
「確かに…片想いです。この気持ちを告げる勇気すらありません。
でも…今自分が…自分達が置かれている状況が理解出来ない程愚かでもありません。
無理に忘れようとすれば…余計に何も手に付かなくなってしまうと思うんです。」
だから…
「だから…今は忘れようとは思いません。」
「…っ…」
「お話はそれだけでしょうか?私、まだ雑務が残っているので失礼します。」
初めてだ…姉様に口答えしたの。
廊下に出て最初の角を曲がって…
立ち止まって初めて、自分の両足が僅かに震えている事に気付いた。
姉様の言いたい事は分かってる。
確かに軍人にとって無駄な感情なのかもしれない。
このまま想い続けたら仕事に支障を来たすのかもしれない。
でも…頭じゃ割り切れないの。
割り切れるものだったら…とっくに捨ててるの。
ごめんなさい…姉様…
「姉さんと何かあったのか?」
「…どうしてそう思うんです?」
こうしてフラガ少佐が私に話し掛けてくる事は珍しい。
普段は艦長や姉様や…整備士の人と話している事が多いし、仕事の関係上一緒になる事はほとんど無い。
特に軍医勤務になってからは食事の時間帯も他の人と変わってしまったし。
そんな状況で彼が私に声を掛けて来るとすれば、ブリッジで何かあったとか…?
「ここ数日、不機嫌みたいでね。こりゃ姉妹ゲンカか何かかなぁ…と思ってね。」
「ケンカって言われると語弊がある気もしますが…まぁそんな感じですかね。」
「珍しいな。いつもなら大人しく従っちまうのに。」
「そうですね。私も驚きです。」
自分が口答えするなんて想像もしてなかった。
「で?仲直りの予定は?」
「仲直りって…私は別に怒っている訳でも無いし…」
ある意味、ケンカよりも厄介なのかも。
キラへの恋心を捨てろと言われて、はいわかりましたなんて言えないし。
出来たらこんな苦労しないし。
考えるだけで頭が痛くなっちゃいそう。
「少佐だって、譲れないものってあるでしょう?」
「ん?譲れないもの…ねぇ…。そりゃあるとは思うけど…。」
「私にもあったんだなぁ…って最近気付いたんですよ。」
「へぇ…。」
「な…何ですか…?」
急にニヤニヤとした表情になった少佐は私の顔を覗き込む。
何か見透かされているようで正直落ち着かない。
「何か…初めて会った時に比べたら顔付きが変わったな…って思ってね。」
「そ…そうですか?」
「女の顔になったって言うか…。」
「何かその言い方…やらしいです。」
「そうか?」
「いけない、そろそろ戻らなくちゃ。お先に失礼しますね。」
「あぁ。出来れば姉さんと仲良くしてくれよ。」
「…努力します。」
苦笑いを浮かべながら食堂を後にするを見てフラガが呟いた。
「恋が人を変えるって本当なんだな…。」
『総員、第二戦闘配備!!』
アラートと同時に艦内に警告が響き、緊張が走る。
海のど真ん中だと言うのにここでも敵襲?
急いで医療設備の再確認をしなくちゃ…
ミリィ達が頑張ってくれてるお陰でブリッジの人では足りつつあるし…
これで私は今の仕事に専念できる…。
怪我人が出ない事が一番だけど、そうも言ってはいられないから。
少しでも私がしっかりしなくちゃ…。
【あとがき】
姉妹ゲンカ勃発。
大人しいヒロインが少し成長しました〜。
反抗するなんて偉いじゃない。
やっぱり連合の人間なので、学生陣よりも大人キャラとの絡みが増えて来る訳で…
本当はミリィだけじゃなくてサイやトールとかと和気藹々あさせてあげたいんですけどね…
学生達も揉めてる現状ですから…。
ここまで読んで下さってありがとうございました♪
2006.2.18 梨惟菜