「お前、に告白したんだって?」
そう声を掛けられ、顔を上げると目の前にはディアッカの姿があった。
「…誰から聞いたんだ?」
「…悪い…現場、見てた。」
「…そうか…」
周囲に人が居るのかどうか気配りする余裕さえ無かったのか…
アスランは深い溜息を1つ吐いた。
「度胸あるな…。玉砕覚悟だった訳?」
「…もしかしたら…って思ったんだよ。」
ずっと…同じ赤服の仲間だった。
彼女に一目惚れしていた事はきっと誰も知らないだろう。
自分は恋に不器用で…そんな本音を曝け出せる友人さえ居なくて…
だから、心の内に秘めていた彼女への恋心。
言うつもりは無かった…言えないと思っていた。
あんな現場を見るまでは。
WISH
「……?」
人の少ない時間帯を狙ってやって来た展望デッキに人影…。
重力に逆らう長い髪の毛に、それがだと瞬時に気付いた俺は迷わず声を掛ける。
「アス…ラン…?」
くるりと振り返った彼女を見て言葉を失う。
彼女の瞳は涙で濡れていて…涙の粒がポロポロと宙を舞っていた。
「何か…あったのか…?」
こんな風にが泣いている姿は初めてだった。
考えられる原因が1つだけ思い浮かんだけれど…思い違いであって欲しいと…心の中で願っていた。
「イザークに…婚約者が出来たって…」
小さく言葉を紡いだ彼女は、再び大粒の涙を零す。
やっぱり…イザーク絡みだったか…。
にとってイザークは幼馴染と呼べる存在。
俺と同い年のはイザークから見たら妹的存在だった。
いつも可愛がっているように思えたし、には決して罵声を浴びせるような事は無かった。
本当に…大事にしていた。
はそれが嬉しくて…けれどにとってイザークは兄なんかでは無かった。
俺がに抱いている感情と同じものを、イザークに対して抱いていた。
俺はずっと見ていたから…だから誰よりも良く知っていた。
「…所詮私は妹なんだって分かってたけど…でも悲しくて…。」
届かない想い…
でも時を重ねる度に強くなる想い…
の切ない胸の内が心に響く。
何故…こんな事をしてしまったのだろうか…
「アス…ラン…?」
いつの間にか、俺の腕はを抱き締めていた。
無意識だった。
泣いているを見たくなくて…笑って欲しくて…
こんな事をしたって困らせるだけだと分かっているのに、体が自然と動いていた。
「の事が…ずっと好きだったんだ…。」
「…え…?」
一番最初に出た言葉は、戸惑いの言葉。
この気持ちは誰にも悟られていないという自信があった。
それ程に俺はに対して普通に接していたし…
「こんな時に卑怯かもしれないって思うけど…の泣いている姿、見たくなかったから…。」
「アスラン…」
泣いている姿は見たく無いって思ったけど…
チャンスだと思ったんだ…。
もしかしたら…俺の事を見てくれるかもしれないと…
何て卑怯な男なんだろう。
でも…それでもが好きで…の気持ちが欲しくて…
「…ありがとう…でもごめんなさい…」
弱っている君ならもしかしたら…なんて考えは甘かった。
「私…アスランの事は大事な仲間だと思ってるから。」
は迷いの無い強い瞳で…そう俺に告げた。
「はなぁ…手強いだろ…」
「あぁ…即答だった。」
イザークと親しいディアッカもとは付き合いが程々に長い。
女の子に対して手の早いディアッカでさえ、に手を出す事は一度たりとも無かった。
ディアッカにとってもは妹のような大事な存在。
いつもはイザークとディアッカに挟まれて、お姫様のように大事に扱われていた。
アカデミー時代からのちょっとした名物。
でも俺はそんな風に思われたくなくて、とは距離を置いて接して来た。
「の好みの男って…イザークみたいな男なのか…」
ポツリと呟くと、ディアッカは物珍しそうにアスランの顔を覗き込む。
「な…何だよ…」
「いや、アスランがそんな顔するなんて滅多に見れないと思ってさ。」
どんな顔だよ…。
近くに鏡も無いし…自分がどんな顔で話しているかなんて分かる筈が無い。
「お前、本気での事、好きだったんだな…。」
「…『好きだった』じゃない。『好き』なんだよ。」
現在進行形。
一度振られたくらいで引き下がれるか。
そんな半端な気持ちで想っていた訳じゃない。
「の好み…ねぇ…そりゃ、本人に聞くしかないんじゃない?」
「はぁ…」
目が真っ赤…。
朝起きて鏡を見て…沈んでた気分が更に沈んでしまう。
好きな人に婚約者が出来た…。
その現実が私の心を深く落ち込ませる。
事実、昨夜の晩御飯は全然食べれなかったし…。
泣いても泣いても涙は止まらないし…。
イザークを好きだという自覚はずっと昔からあった。
でも…イザークは私の事、妹みたいだって…。
明らかに恋愛対象じゃなかった。
たった1年しか違わないのに…小さい頃から側に居た所為で、『恋の相手』になれなかった。
イザークみたいな人…絶対に居ないのに…
そう思った直後に、アスランの顔が脳裏に蘇る。
昨夜…告白された…よね…。
本当に急だったから驚いた。
だって…アスランには婚約者が居るじゃない…。
しかも誰よりも有名な歌姫、ラクス・クライン。
そんな素敵な婚約者が居て何で私なんか…
もしかしたら冗談なんじゃないか…とか、夢でも見ていたんじゃないか…とか思ってしまう。
けれど、そんな思いもすぐに現実のものなのだと感じさせる出来事が次に起こった。
ビーッ…
来客を告げる音が部屋に鳴り響く。
こんな顔で人前に出れる筈が無い…
けれど、もしかしたら任務に関する重要事項かもしれないし…
とりあえず相手が誰か…確認だけしてみよう…
そう思い、扉越しに声を掛ける。
「…はい…どちら様…ですか?」
「…アスラン・ザラだ…。」
…アスラン…?
アスランが私の部屋を訪ねるなんて…多分初めてだ。
いつも会話は皆の居る場所でしていたし…2人きりになった事も多分無い。
でも…昨夜の出来事を思い出し、扉を開けるのを躊躇ってしまう。
「話があるんだ…少しだけでいいから扉を開けてくれないか?」
その声は…恐らく真剣なもの。
人に会う気分ではないけれど、アスランには何の罪も無い。
話があるというのに断る理由も他に浮かばなくて…
仕方なく扉のロックを解除した。
「ごめんなさい…目、腫れてるからあんまり見ないでね…」
中へ入って来たアスランに対し、は俯き加減で応対した。
「俺こそ…急に押しかけたりして済まない。本当にすぐ済むから。」
「あ…うん…。」
「その…昨日はゴメン。急にあんな事言われたら驚く…よな…。」
「…うん…。」
「の気持ちはちゃんと分かってたんだ。」
「なら…どうして…」
「傷付いてる今なら…の心の隙間に入り込めるかな…って思った。」
正直に打ち明けるアスランに、思わず顔を上げてしまった。
赤く腫れた瞳と、アスランのそれがぶつかる。
何故か急に恥ずかしくなって…の頬は熱を帯び始めた。
「な…何で私なんか………アスランにはラクス様が居るでしょう?」
「ラクスの事は…親同士が勝手に決めた事だ。」
「でも…イザークだってそうだわ。婚姻統制ってそういうものでしょう?」
「そうだけど…俺はそんなものに縛られたく無い…。」
こうして目の前に…本当に好きな相手が居るのだから…
「今日はに聞きたい事があって来たんだ。」
「…聞きたい事…?」
「はイザークのどこに惹かれたんだ?
俺はどうすれば…どう変われば君の求める男になれるかな…?」
「え…っ?」
急に何を…
どう変われば…って…
「俺は…諦めたくないんだ。こんな風に誰かを好きになったのは初めてだから…。」
我が侭かもしれない…。
自分勝手かもしれない…。
でも…走り出したら止まらない。
それが俺の性格なのかもしれない。
ずっと抑えていた感情が溢れ出してしまって…それを止める術を知らない。
「私…私は…」
急にそんな事を聞かれても返事に戸惑ってしまう。
イザークの何処が好きかって…?
そんな事…考えた事も無かった…。
イザークは優しくて…大事にしてくれて…
でも…他の女の子に対してはそんな風に接していなかったし…。
それは私が特別だからとか…勝手に自惚れていた。
でも、ただ単純に優しかったから…なんかじゃない。
「アスランは…優しいし…とても素敵な人だよ。
でも…それだけなの。」
「…それが…イザークと違う所?」
そう問い返すと、は黙って頷いた。
「優しいだけの男じゃ物足りない…って事か…。」
「え?」
「じゃあ…努力するよ。足りない物があれば補う。
君の為に俺はどんな男にでも変わる。」
「アスラン…?」
「自信がある訳じゃないけど…の心を俺に向ける為ならどんな事だってする。
だから、ゲームをしよう?」
「…ゲーム?」
「俺はを追い掛ける。は逃げるだけ。」
「逃げるだけ…?」
「が俺を好きになれば俺の勝ち。が他の男を好きになったら俺の負け。
単純で分かりやすいだろ?」
「な…そんなゲーム…!」
「それとも…逃げ切る自信が無い?」
アスランにしては珍しい…挑発的なセリフが口から飛び出した。
何だか…イザークみたい…。
その所為か、ついカッとなってしまって…
「…そんな事無いわ!いいよ。その挑戦、受けて立とうじゃない!
出来るものなら捕まえてみなさいよ!!」
アスランの挑発に乗っていた。
「じゃ、ゲームスタートだな。」
優しい男じゃ物足りないのなら…
君が望む全てに変わってみせるから…
だから、何年かかってもいい。
俺を好きになってくれないか?
それが…俺の望むたった一つの事だから…。
【あとがき】
…うわぁ…
なんとも言えない微妙な仕上がり…
一応、リク内容としては嵐の「WISH」ネタだった筈なのですが…
私的に歌詞を解釈してみたらこんな感じ。
アスランがヒロインの為に変わろうと努力する…みたいな?
結局オチなし?みたいな妙なラストになってしまって申し訳ないです(汗)
沙迦羅様、随分とお待たせしてしまって申し訳ありません。
是非ともクレームをご一報、お願い致します。
2005.12.14 梨惟菜