「う…っ…」





「アスラン!!」






頭が割れるように痛い。





体は鉛の様に重く、指ひとつ動かす動作さえも思うままにならない。







誰…の声…?









「…キ…ラ…?」






ようやく開いた瞼から見えるのは…キラ…?





幻ではなく…本当に…?








「…まだ動かないで!」






手を伸ばそうとしたその手を抑えられ、再びベッドに沈む。







混乱する頭は再び痛み…海に沈んで行ったフリーダムのビジョンが蘇る。








「キラ…お前…死ん…だ…」







そう思っていた。





シンの手によってフリーダムは確かに海に沈んだのだ。






半信半疑ではあった。






キラがそう簡単にやられる筈は無い。





アークエンジェルだって沈んじゃいない。







だから探しに行くのだと、僅かな望みを胸にジブラルタルを飛び出したのだから。








でも、逃げ切れず、を守る事も出来ずに…








…?



















「アスラン!」






「…っ…は…っ!?」







二度目はキラの制止を振り切り、全身の痛みさえも忘れて体を起こした。








「俺よりも先にが撃たれたんだ!

 彼女は!?無事なのか!?」





「アスラン、落ち着いて…。」





「俺の事よりもを…っ!!」






取り乱すアスランの両肩に手を添えて落ち着かせる。










「大丈夫…もここに運んだよ。

 今は別の部屋で治療を受けてるから。」






彼女の無事を確認し、力が抜けたようにベッドへと落ちる。





良かった…本当に…






「もう少し眠って。もう大丈夫だから。」







力の抜けたアスランは再び瞳を閉ざした。



























戦場の歌姫 〜Destiny〜

     ACT.6 冷たい指先























「もう起きて大丈夫なのか…?」







食事を持ったカガリが医務室へ入ると、彼は既に体を起こしていた。








「…見た目よりは大丈夫だ。

 本当に悪運が強いな…俺は。」






苦笑いを浮かべるアスランにカガリも安堵し、椅子に腰を下ろした。







「メイリンは…無事なのか?」






「あぁ…ミネルバに居た管制の子か?」






「あぁ…俺が巻き込んだ。」






「大丈夫だ、今は少し熱があるみたいだが。

 お前と一緒に乗ってたんだろ?お前に比べたら軽傷だ。」






「そうか…。」






もうメイリンはミネルバには戻れないだろう。





帰してやりたいが、それはつまり『死』を意味するのだ。






議長が生かしておくとは思えない。





用済みとなった存在は容赦なく排除する。






レイの様子を見てそれを痛感した。





議長の目指す戦いの無い世界の恐ろしさを。






戦いの無い世界。





理想的な世界。





だが、ずっと考えていた。







その言葉の意味を。






そしてまだ、その答えは出ていない。


























はどうしてる?」







「え…?」







「別の部屋で治療を受けてるって…意識はあるのか?怪我は?」






自分の状態を体に感じながら思う。






だって無事では済んで居ない筈だ。





無傷であれば…という願いはあるが、現実を受け入れられないほど世の中を知らない訳じゃない。









「…カガリ…?」






「…大丈夫だ。お前は心配しなくていいからゆっくり休め。」







「カガリ!!」






何かを隠している。






の容態はどうなんだ!?教えてくれ…。」







軽く目を伏せたカガリは小さく答える。










「…怪我の治療はほぼ終わったんだ。

 だけどまだ…意識が戻っていないんだ。」





「意識…が…?」





























頭の中が真っ白になる。






の意識はまだ戻っていない。







あの時のビジョンが蘇る。





海に沈む前に聞こえた会話。





レイとの会話。






レイはに執着していたような気がする。







俺やメイリンは迷わずに撃とうとしていたのに、に対しては説得を試みていた。






そして彼は言った。







『貴方が手に入らないのならこの手で落とすだけだ』と。







レイはを…





どうして気付かなかったのだろうか。





レイがを見つめる特別な瞳に。






それ程に俺には余裕が無かったのか…。







手に入らないなら壊す。






子供染みた行為にも見えた。




けど、確かに感じたのだ。






に対する想いの深さを。





深過ぎて自分ではどうしようもなくて…





自らの手を血で染める事しか出来なかったのか…?






俺の手に渡すよりもずっといい…そう思ったのか?








俺とは違う愛し方…




触れる事はしないけれど、確かに伝わったレイの熱情。







そして…俺は守る事が出来なかった。






は体を張って俺を行かせてくれたのに。





頭がズキズキと痛み始める。




鈍器で殴られたような激しい痛み。





痛みの部分に手を添えれば巻かれた包帯の感触。









「頭も強打ってたみたいだな。でも異常は無いそうだ。」







「そう…か…。」







「もう少し休んだ方がいい。」






宥める様なカガリの言葉に閉じかけた瞳が再び開く。








「いや…やっぱりの所へ行かせてくれ。」





「アスラン」






「意識が戻っていないなら尚更だ…。」





傍に居させてくれ…。



































…」





キラに支えられて向かった部屋には静かに眠るの姿があった。






「…っ…済まない。」





支えられて腰を下ろしてすぐにの顔に視線を向ける。






穏やかなその顔はごく普通に眠っている彼女と何も変わりは無い。






規則正しく上下する胸に安堵しながら、片手をそっと頬に添えた。





頬を撫で、前髪に触れ…温もりを宿す彼女を確認し、深く息を吐いた。





微熱はあるようだがその表情を見る限りでは苦しそうな様子は無い。










「怪我の具合は?外傷は残ったりしてないのか?」




「痛みは残ってるかどうか分からないけど…」






右足の銃弾の跡と、同じく頭部を強打していた時の傷。


右腕にも裂傷があって、背中に何ヶ所か機体の破片が刺さっていた。






その報告をキラから聞き、再び顔を歪める。




俺よりもずっと小さい体であの攻撃を受けて…





グッと握った拳に力が籠もる。






「アスラン、顔色が悪いよ…部屋に戻ろう?」




「…傍に居させてくれ。」




アスランの力強い言葉にキラは小さく溜息を吐いた。






「…そんな事してが喜ぶと思う?」




顔を上げると眉間に皺を寄せたキラの姿。





「まぁ…逆の立場だったらも同じ事を言い出しそうだよね。」




本当、2人は似てるんだから…。



「そうなったらアスランだって嬉しくないでしょ?」





「う…」




そう言われて押し黙る。



キラの言葉はいつも的確で返す言葉が見つからずに詰まってしまう。




「まずは体をしっかりと治す。それが大事だと思うけど?」




「…分かったよ…。」




渋々答えるとキラは笑みを浮かべていた。





「じゃあ部屋に戻ろうか。」




「…少し待ってくれ。」




差し出された手を遮り、サラサラと流れるの髪に指を絡めた。






、早く目を覚ましてくれ。」





そう言っての薄紅色の唇に自分の物を重ねた。























部屋に戻るとカガリが待っていた。






「…どうしたんだ?」




「あ…いや…とりあえず横になってくれ…。」





キラの助けを借りて再びベッドへと入る。





気まずそうに俯くカガリに『ブリッジに戻るね』と添えたキラが部屋を出て行った。











ギュッと拳を握り、カガリが切り出す。










「済まないと…謝りたかった。」





「…何を?」





を残したまま国を出てしまった事を…」





「………」





「本当は気付いていたんだ…ユウナの気持ちには。

 だが、周囲に推されて私と結婚の話が進んで…諦めたんだと思っていた。」






まさかユウナの策略に嵌められて国を飛び出していたなんて思いもしなかったし、

ユウナがそこまで真剣にを欲しがっているとも思っていなかった。





「甘かったんだ…ユウナに対する認識が。」






今更自分を責めたって、悔やんだって仕方の無い事だけれど。


どうしてあの時、を孤立させてしまったのだろうと何度も思った。



こんな事態に陥ってしまって改めて悔やんだ。




あの時、を一緒に連れて逃げていたら…



そうしたら彼女は今、こんな目には遭っていなかったのに。










「もう…過ぎた事だ。」




「アスラン…」




「あの時ああしていれば…なんて考えてってどうしようもないさ。

 過ぎた時間を取り戻す事は出来ないんだ。

 それに…あの時はあれで良かったと思ってる…。」



あの事件があったからこそ、改めて気付けた想いだってある。



誰よりも…何よりもを愛しいと確認出来た。




の傍に居る事がを守るという事に繋がるとは言い切れないが、

目の届く場所に居てくれれば安心出来る。



強くて…そして弱い



それは自分も同じで、お互いが支え合って補い合っていけばいいのだと気付いた。





は俺が守る…そんなの思い上がりだ。




現には俺より深手を負って意識は戻っていなくて…





そんな俺にカガリを責める資格なんて無い。




俺は…に助けられたんだ…あの時。









「…少し休むよ…。」




「あぁ…悪かったな…お休み。」











大きく息を吐いて瞼を閉じる。





今はまず、体を癒す事を考えなければ。







今のままではただの足手まといだ。






無意識に伸ばした手の先に掴める物は何も無く、冷たい空気が掌を掠めた。




















【あとがき】

本当にノロノロ更新で申し訳無いです。

前回からまた…3ヶ月経過…ですか…。

お待たせして済みませんでした。

ようやく6章のスタートです。

ヒロイン出番全く無しのスタートになってしまいました。

ここから少しアスラン視点でお話が進むと思われます。

まずはキラ、カガリとアスランの絡みから。

きっと前に2人と再会した時にはヒロインの事についてゆっくり話す機会は無かっただろうし…。

ヒロインが目覚めるまでに色々と心の整理も必要ですしね…。


様、今回もお付き合い頂きありがとうございました。




2007.5.9 梨惟菜







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