「うわ…真っ暗…」
ひんやりとした空気が肌に触れ、は身震いした。
入り込んだそこに広がるのは暗闇で、その先には光も無ければ人の気配も感じられない。
それでも警戒するように手の中に構えられているのは護身用の銃。
「どうする?ここは二手に分かれるべき…なのかしら…。」
「この任務の責任者は貴方ですから、我々は貴方に従います。」
「あ…そう…。」
レイの言い放った言葉は淡々としていて…も仕方なく頭を捻る。
「二手に別れるとしたら、さんは俺かレイと一緒が良いですよね。」
「そうだな…いくらフェイスでも女性だ。」
「あ…それ、男女差別?」
「違いますよ。純粋に心配だから…。」
「冗談だよ。ありがとう。」
戦場の歌姫 〜Destiny〜
ACT.3 不安・嫉妬・秘密
「シン…1人で大丈夫かなぁ…。」
「大丈夫ですよ…ああ見えてもシンは優秀です。」
淡々と呟くレイの横顔を見つめると、彼は冷静な表情で銃を構えていた。
あれから相談した結果、レイとシンがじゃんけんでどっちが私と行動を共にするか決める事にして…
そして今に至る。
よく考えたら、シンはともかく、レイと会話を交わした事はほとんどなくて…。
この妙な沈黙と言うか…間が…どうにも落ち着かなかった。
レイ・ザ・バレル
シンやルナマリアの同期で赤服を与えられたエリートで…
でも、どんな性格なのかは全く分からない。
アカデミー時代からの同僚であるルナマリアでさえ似たような事を言うのだから…
秘密主義で、自分の事はほとんど話さない人。
私自身も自ら話題を振るのが得意な人間では無いし…。
今の状況は『困った』以外の何者でも無い。
「さんは…」
「え?」
あれこれと悩んでいたら、予想外にも彼の方が口を開いた。
あまりに意外な出来事だったので声が裏返ってた気がするけど…
「さんは…元クルーゼ隊…でしたよね?」
「…そう…だけど…」
「お聞きしたい事があるんですが…」
「…何…?」
まさか彼から質問されるなんて思いもしなかったけど…
これで会話のきっかけが出来たのだから悪い事では無い。
「クルーゼ隊長は…どんな方…でしたか?」
「…クルーゼ隊長?」
また予想外の質問。
確かに…隊長は謎めいた方で、同期の子に色々と詮索された事は多々あった。
大半の人は仮面の下の素顔を知りたがっていたけれど。
でも、レイに関しては今までの子とは違う様子。
興味本位って言う雰囲気でも無いし…。
「…隊長と面識が?」
深くなってゆく闇の中、レイの表情を伺う事は出来なかった。
「幼い頃に何度かお会いした事が…。
ですが、彼は多くを語ってくれない人だったので…。」
「…確かに…私達から見た隊長も同じだったかな。
知らない部分が多過ぎて…気に留めた事は無かったんだけど…。
隊長としての任務は完璧だった。何事にも冷静で抜かりは無くて…。」
何を考えているか分からない人で…
後々分かったキラやフラガさんとの因縁を聞いて少しその謎は解けたような気もするけど…
やっぱり不思議な人だった。
「そう言えば…何となくレイに似てるかも…。」
「俺に…?」
「何となく…ね…。」
「………」
「…レイ?」
気を悪くしちゃった…かな?
「あ…済みません。驚いて…。」
次に返って来た声は、何だか慌てているように聞こえて…
「ふふ…」
「…さん…?」
「ごめん…何か…今までのあなたと違う感じだったから…。」
顔が見えないからかな…?
何だか素直に言葉が出て来る。
「ねぇ…」
「…はい…?」
「その呼び方、どうにかならないかな?」
「……」
「でいいよ。私だって皆と同じだから…。
ううん…同じがいいから…。」
「…じゃあ……?」
「うん。」
「だいぶ奥まで来たわね…」
人の気配は全く無い…
放棄されてどれくらいが経過しているのだろう…。
副艦長の言った通り、『研究施設』であった事は間違い無いと思う…。
色々な名前も分からない機械や装置…
暗闇に慣れた瞳がそれらを捕え始め…その残骸に目を細める。
何処からか異臭も感じ始め、ここに武装勢力が立て篭もっている可能性は極めて低いと判断されるけれど…
一体…ここで何の研究をしていたのかしら…。
「レイ…次の部屋を確認したら一旦戻りましょう。人の気配も感じられないし…シンが何か見つけているかも知れないし…」
「…そう…ですね…」
「…出来れば敬語も控えて欲しいんだけどな…。」
「急には無理です。」
「…じゃあ…少しずつ…よろしくね。」
そんな会話を交わしながら、次の部屋へと続く扉に差し掛かる。
カチャ…
扉は静かに音を立てて開かれ…
「…っ…」
同時に中の空気が漏れ、その異臭に思わず口元を手で押さえる。
「何…この臭い…」
手探りで壁を伝い、偶然触れた電気のスイッチに手を掛けると、その部屋に明りが灯った。
「…電気が届いてるの…?」
まさか届いているとは思っていなかったから今まで暗い中を進んで来たと言うのに…
「…な…に…コレ…」
その部屋の光景に目を疑う。
巨大なモニターに…手術台…
ガラスのケースが沢山並んでいて…
こんな所で何の研究をしていたって言うの…?
何だか気分が悪くなりそうな臭いに…足元がふらつきかけたその時…
「…レイ…!?」
私より先に、隣に立っていた筈のレイが床に膝を付く。
その体は小刻みに震えていて…何かを必死に抑える様に両腕で両肩を押さえていた。
「レイ!?どうしたの!?」
慌てて駆け寄り手を伸ばすと、彼が小さく倒れ掛かってくる。
触れて初めて、その震えがリアルに伝わって…
慌てて両腕をレイの背中へと回して抱き締めた。
「レイ!しっかりして!!」
何故急にこんな異変が起こったのか分からない…
頬を…額を伝う汗の量は次第に多くなり、顔色も悪くなる一方。
とにかく…外へ出なくちゃ…
けれど私1人の力でレイを運ぶには力が足りなくて…
ポケットに入れていた通信機を手に取り、電源を入れる。
「シン!こちら!応答して!!」
もう片方を持っている筈のシンへ必死に呼び掛ける。
『さん?何かあったんですか?』
「シン!すぐにこっちに来て!レイが…レイが大変なの!!」
『レイが…?』
「説明は後でするから…早く!!」
いつまで経ってもレイの震えは治まらない…。
下手に身動く事も出来なくて…仕方なくその場に座り込んでシンの到着を待つ。
「レイ…しっかりして…。すぐにシンが来てくれるから…あと少しの辛抱だから…」
遠くなりかける意識の中で、微かに聴こえる優しい声…
心地良くて安心する声…
そして全身を包んでくれる温もり…
この温もりは何だ…?
今までに感じた事のない温かさが全身を包む。
おかあ…さん…?
「さん!!」
「シン!」
暫くしてシンが辿り着いた先には、床に座り込むと、彼女に抱き締められるレイの姿。
「何があったんですか?」
「この部屋に入ったらレイが急に…様子がおかしくて…意識、無いの…。」
「…とにかく戻りましょう!早く医者に診せないと…」
「そうね…。」
既に意識を失っていたレイを2人掛かりで抱え、元来た道を戻り始めた。
「レイ…もう少し…あと少し頑張って…」
レイの耳元で囁きかけながら…はレイの無事を祈るしかない。
ACT.3 不安・嫉妬・秘密
end
【あとがき】
…また話勝手に作っちゃって…
このシーンは以前から考えていた場面です。
ここでヒロインとレイを2人きりにしよう…と。
まぁ、レイもこれから先色んな意味でキーキャラとなりますので…。
「歌姫」新年初の更新でしたが肝心のアスラン出ず。
下手すると暫く絡み無しの予感?
出来る限り絡めたいとは思うのですがなかなか…難しいですね。
では、お付き合いありがとうございました。
4章も宜しくお願い致します。
2006.1.14 梨惟菜