恋の温度差





















「…こんな所に居たんですか…。」





「よく見つけたね…。」




無駄に広いこの氷帝の敷地内には穴場的な場所は沢山ある。





私が今現在いるこの場所も例外では無いと思ってたんだけど。






「部活…行かないんですか?」





「…気分が乗らないのよね…。」





行かなければあの俺様部長に高圧的な視線で睨まれるのは確実だ。




でも今日だけは行く気になれなくて…






「でも、連れて行かないと怒られるのは俺なんですよ…。」





「…何で日吉が?」





「ジャンケンで負けて先輩の捜索係を押し付けられました。」






「…私が居なくたって部活は出来るでしょう?」





深く溜息を吐いたら日吉は眉間に皺を寄せた。







「…分かったわよ…行けばいいんでしょう…?」





重い腰を持ち上げる。




5月上旬なのに暑い陽射しに眩暈がしそう。





芝生の上に長時間転がっていた所為か、起き上がった瞬間に立ちくらみがした。










「…っ」




「大丈夫ですか?」





素早く差し伸べられた手に支えられ、何とか倒れる事は逃れることが出来た。






「ごめん…ありがとう。」



日吉の手は温かかった。



気候の所為じゃないと思う。




純粋に人肌の温もり…そんな温かさだった。




















「…部活に私情を挟むのは良くないって分かってるんだけどね…。」






日吉の背中を見つめながら、ゆっくりと彼の後に付いて歩く。







「今日くらいは放っておいてくれても良いと思わない?」






「何がです?」






「…知らない振り、しなくてもいいよ…。」







部内で知らない人なんて居ないんでしょう?





私があの部長、跡部景吾の彼女だって事。




そしてその跡部景吾の彼女だった筈の私は昨日振られたって事。












振られた理由なんて分からない。




私は告白された側で…




って言うか、あの跡部景吾が何を血迷って私に告白を?





景吾の事は嫌いでは無かったし、彼の真剣な告白には正直ドキドキした。





好きな人も居なかった私はその突然の告白に当然迷った。






相手はあの跡部景吾…氷帝のキングだ。





でもやっぱりいい加減な気持ちで付き合うのは失礼だと思って断ろうとした。






そんな時、彼が私にこう言ったのだ。










『数ヶ月で俺様に惚れさせてみせるから断ろうなんて考えるんじゃねぇぞ。』と。







大した自信家だ…と心底思った。




まぁ、これくらいの自信が無ければ200人もの部員の頂点には立てないか…。





その一言で私は景吾と付き合う事を決めた。


















景吾と付き合うのは想像以上に楽だった。



何だかんだ言って大事にされているって感じたし…。




自信たっぷりに迫って来た割にはなかなか手を出そうとしなかったし。






初めてのキスは付き合って1ヶ月。




それ以降はデートの最後には必ずキスで別れるようになってた。








そして昨日でちょうど付き合って半年…。













『気が変わった…別れてくれ。』








この一言で終わり。













振られたその翌日に部活に行って顔を合わせるなんて気まずい。





景吾は全然平気なんだろうな…。





でも私はそんなに早く気持ちの切り替えなんて出来ないし…。





コッソリ帰ろうにも校門へ向かうまでの道にテニスコート。






だから仕方なく、部活が終わる時間まで隠れていようと思ったのに…。





















「ねぇ…何で私の居場所、分かったの?」




あの場所は景吾にだって教えてなかったし、今までに私以外の人間が居た形跡も無かった。





だから私だけの秘密の場所だと思い込んで通ってたのに。










「…先輩の思考回路なんてお見通しなんですよ。」





「…怖いよ…その発言。」





そう呟くと日吉は急に歩く方向を変えた。







「…テニスコートとは逆方向だけど?」





「気分が乗らないんでしょう?」





だったら気分が乗るまで付き合いますよ…





そう言って日吉が向かった先は温室だった。









「…日吉も戻らなかったら他の人が探しに来るでしょ…。」






こんなありきたりな場所、すぐに見つかると思うけど…。





おそらく次に派遣されて来る捜索隊はきっと鳳くんだ。





あの子、穴場とか知らない感じだし…絶対にここにも来る筈だ。








「俺だってこんな場所で休憩なんてしませんよ。」





入り込んだ温室の一番奥にはもう一つの入り口があった。







「…知りませんでした?裏口。」





温室の裏側には見事に隠された空間。




風通しも悪くないし、木陰になっていて昼寝には最適だった。







「まぁ…俺が居る時には誰も来た事が無いですから…。」





日吉もなかなかやり手だと思った。




何て言うか…真面目そうな子だと思ってたし。
















日吉に促されて木に凭れるように腰を下ろした。








「気持ちいい…。」






程好く冷えた風が頬を撫でた。




このまま時間が止まってしまえばどんなに楽だろう…。



















「私…何で振られたんだろう…。」





「……跡部さんは何も言わなかったんですか?」






「…気が変わった…それだけ。」






先輩は理由を追及しなかったんですか?」






「…何が何だか分からなくて言葉返せなかったのよね…。」






本当、頭の中が真っ白って言うか…思考回路が停止してた。













「本当に好きだったんですか?跡部さんの事…。」







「え…」





日吉にそう言われ、一瞬呼吸が止まったような気がした。






本当に…好きだった…?







「好きでも無い人とキス出来る程…器用じゃないよ…。」





「…そこまで聞いてませんけど…。」






「でも…そうなのかもしれない…。」





景吾の事は嫌いじゃない。




一緒に居て心地良かった。安心出来た。




大事にされてるって…心の底からそう感じた。








「私…大事にされてたけど、大事にしてあげられなかったのかな?」





景吾と同じだけの愛情を彼に注いであげられていただろうか?




そう問われれば正直自信が無い。





貰ってばかりで返してあげれてない…そんな気がした。








「…どうすれば良かったのかな…」






結局、その気持ちは愛情では無かったって事?




だから景吾は、そんな私を解放してくれたって事?




それとも…本当に私に飽きてしまったのか…。





あの時聞けば良かったと今更後悔しても時間は戻せない。











「私には愛や恋なんて早過ぎたのかな…。」





先輩って不思議ですね…。」





「…何が?」




「凄く大人びた雰囲気を持ってるのに、恋愛に対してここまで鈍いとは…。」





その日吉の言葉に少しムッとしたけれど、正直その通りだと思う。








「何よ…じゃあ日吉はどうだって言うの?」





「愛はともかく、恋は知ってると思いますよ。」





…ってかその違いは何よ…。






「…へぇ…意外。」




「何がです?」




「…テニス部で恋愛語れる子なんて跡部と忍足くらいだと思ってた。」





確かに日吉って人気ありそうだけど…




女子には一切興味無しって空気持ってるし。






「俺だって一応、男なんですよ…。」





「そうだね…。」








日吉と喋ってたら、何だか気分がだいぶ軽くなった気がする。









「…そろそろ行こっか…。」




「もう大丈夫なんですか?」




「ん、日吉にいい場所も教えて貰ったしね…。」




「…他言無用でお願いしますよ。」




「分かってるって。ありがとう。」














意外な人物に励まされたなぁ…なんて思いながら、コートへと足を向ける。












先輩」




「ん?何〜?」
















「好きです。」














「………は…?」












今…何て言った…?






「今の、本気ですから。」





「え…ちょ…ちょっと待って…今の何?」






先輩が好きですって言ったんです。」





日吉が…私の事を?






「ちなみにジャンケンで負けて探しに来たって言うのは嘘ですから。」






「ちょ…ちょっと待って、話に付いて行けてない…」






「ずっと見てました。だから知ってるんです。

 跡部さんと先輩の恋愛に対する温度差にも気付いてました。」





何なの…この胸のドキドキは…




見慣れた顔の筈なのに、今の日吉は別人のようだ。






「最初は跡部さんに対する対抗心かと思ってたんですけど…

 気付いたら先輩に夢中でした。」





顔が熱い…。



急に高熱が出たみたいに熱い…。









「俺は長期戦覚悟なんでゆっくり考えてみて下さい。」






何でそんなに涼しげな顔でサラッと言っちゃうわけ!?




前を歩いていた筈の私をはいつの間にか追い越されていた。





そんな日吉の背中を見ながら思う。






来年の部長は日吉で間違いないな…と。







そんな日吉にこれから振り回されるなんて…





今の私にはそんな事さえ想像する余裕は無かった。






















初書きが日吉夢…

私自身も何故彼を選んだのか謎です。

でも最近日吉好き。

いや、氷帝メンバー全員好きなんですけどね…。

日吉くんに振り回されるの、いいと思って書いてみました。






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