「何や、最近日吉とよく一緒におるな…。」
「…そう…?」
クルクルとタオルを回しながら、忍足が私の隣に腰を下ろした。
「ん…何か表現がちゃうな…。」
「何が…?」
「一緒におる…っちゅーよりは、日吉がに懐いてるって感じやな。」
「…忍足って暇人よね…。」
「あんなぁ…何言うて…」
「はい、休憩はお終いっ。
さっさとコートに戻るっ!」
忍足のタオルを強引に奪い取るとそれをクルクルと回しながらコートへ入った。
無意識・無自覚
「、ちょっと来い。」
部長に呼ばれ、コートの外に出る。
『』から『』へと呼び方が変わって1週間…
違和感は無い。
もしかしたら、これが本来の自然な姿だったのかもしれない。
「お前、ここ1週間おかしいぞ。」
「…そう…?彼氏に振られたからかなぁ…。」
「そんな事微塵も思ってないだろ。」
「…跡部様のインサイトは怖いね。」
今の私も見透かされてるって事?
「おかしいって…具体的にどんな感じ?」
「練習に差し支えは無いが…落ち着きが無いな。」
「以後気を付けます。」
「話はそれだけだ。」
跡部はクルリと背を向け、コートへと戻ろうとする。
「跡部…」
「あん?」
「…何で私の事、振ったの?」
「俺様は勝てないゲームはしない主義なんだよ。」
…らしくない事言っちゃって…
「先輩、お疲れ様です。」
「あ…お疲れ…」
日吉は何も無かったみたいに私に話し掛ける。
だから私も何も無かったみたいにそれに応える。
ただの先輩と後輩。
表向きはそうであっても内心は違っていて…
何でこいつは至って平常心なんだろう。
まぁ、日吉の取り乱した姿なんて一度も見た事無いけど…。
「先輩、一緒に帰りませんか?」
「…え…?」
急なお誘いに胸が高鳴る。
「先輩が探してるって言ってたCD、昨日見つけたんですよ。」
「ホント?」
「はい。」
「〜見たで。」
「…何を…?」
「昨日、日吉と帰っとったやろ?」
「…あぁ…」
別にコソコソと帰ったワケじゃ無いから見られても何も問題無いんだけど…
忍足ってば好きだなぁ…この手のネタ。
「探してたCDを見つけてくれたから案内して貰っただけだよ。」
「ふぅん…。」
まだ疑ってるなこの顔は…。
「で、実際の所はどうなん?」
「何が?」
「跡部と別れてフリーなんやろ?自分。」
「…だから?」
「日吉の奴、めっちゃに気ぃあんで?」
…知ってますとも。
告白されましたとも…。
言えるワケ無い。
跡部に振られた翌日に告白されたなんて。
…って言うか…未だに実感無いんだけど…
日吉の事を意識して目で追った事は無かったから最近気付いた。
日吉は忍足に負けず劣らずポーカーフェイスだ。
「お、噂をすれば…。」
「え?」
「あそこ。」
教室の窓から見えたのは裏庭。
実はこの教室は校舎の中でも一番角に位置していて裏庭が唯一見える場所。
裏庭と言えば有名なお呼び出しスポットで、よく告白の風景が見えちゃったりする。
…って…
「日吉の奴、告られてんで。」
この位置から日吉の顔は見えない。
こっちへ背を向けて立っている状態で、見えるのは相手の女子の顔。
俯き加減で頬を真っ赤に染めて…
見た事の無い顔だからきっと1年生か2年生だろう。
「やっぱりモテるんだね…テニス部レギュラー様は。」
あ…泣きそうな顔…
つまりは彼女の願っていた結果は得られなかったというワケで…
「…あからさまにホッとした顔してんで自分。」
「は?何言って…」
2人の姿が消えた裏庭に視線を送っていると、忍足がまた私に絡んで来た。
「満更でも無いんやろ?日吉に懐かれて。」
「何でそうやって私と日吉を纏めようとするワケ?」
「、跡部とおる時無理しとったやろ?」
「…無理…?」
「跡部と一緒におりたい…って言うよりはおらなあかんって雰囲気やってん。」
それって何か違うやろ?
「不自然だったって事?」
「ま、正直言えばな。
跡部もそれを分かっとって別れよう言うたんちゃう?」
『勝てないゲームはしない主義なんだよ』
私なんかよりもずっと、私の事を見ててくれてたんだ…
私でさえ分からなかった感情に気付いてたんだ…
「日吉と一緒におるはな、自然体やねん。」
「…え?」
「そう思ったから言ってみただけや。」
「…日吉ってさ、本当に私の事が好きなの?」
「…好きですよ。」
かなり思い切って聞いたのに、返答はあまりにアッサリとしていた。
迷う隙も無く、サラッと返された言葉。
「何で私なの?」
「そんなの知りませんよ。」
「何で知らないのよ…」
「気付いたら目で追ってたんですから。」
言われて思わず視線を向けると、真っ直ぐな日吉の視線とぶつかった。
やばい…
どうしたらいいか分からなくなった私は立ち上がる。
「…ドリンクの用意しなくちゃ!」
「手伝いましょうか?」
「休憩時間はしっかり休みなさいっ!」
慌てて背を向けて走り出した私の頬は異常なほどに熱を帯びていた。
日吉の瞳があまりに真っ直ぐ過ぎて直視出来なかった。
真っ直ぐに私へと向けられた感情は紛れも無く本物で…
跡部に告白された時とは全然違う。
あの時は意外と冷静だった。
断ろうとしたら絶対に惚れさせてみせるとか言われたし。
でも、日吉は全然違う。
好きだって言うだけでその先を求めて来ない。
だから分からない。
日吉が私を好きと言う理由が…真意が…
どうしたらいいのか全然分からない…
私は日吉の事、どう想ってるの?
これじゃ、跡部の時と変わらない…
「お…また日吉やん…」
「…え…?」
数日後、裏庭には再び日吉の姿があった。
また女の子と一緒で、今日は日吉の顔が見える角度だった。
その日吉の表情に私は言葉を失った。
日吉が…笑ってる…?
いつもなら迷惑そうな表情で受け答えをしてるあの日吉が…
何で…そんなに嬉しそうな表情なの…?
あんな顔見たこと無い…
「……?」
何よ…何でそんな顔で笑ってるのよ…
日吉が好きなのは私でしょ…!?
「…っ…」
私…今、何考えてた…?
「どうしたん?顔、真っ赤やで?」
「ち…違…っ…」
やだ…何よコレ…
顔が異常に熱い…
イライラする…
私の事、好きって言っておきながら、何で他の女の子と楽しそうに話してるの?
もう、日吉の考えてる事、全然分からないよ…
「〜?どないしたん〜?」
「もうっ!私の事はほっといてよっ!」
頭の中がグチャグチャで、つい忍足に八つ当たりしてしまった。
「先輩」
「…何?」
「どうかしたんですか?何かあったんですか?」
「…別に…」
何事も無かったかのように話しかけて来る日吉に何だかイライラした。
「…でも明らかに不機嫌そうですよね…」
「別にそんなんじゃないってば。」
今の言い方は明らかに可愛くなかった。
自分でも気付いたけれど、そう簡単に素直になんてなれない。
だって…ムカついたんだもん。
私の事を好きって言っておきながら、別の女の子に笑い掛けてた。
しかも、私も見た事の無いような笑顔で。
「…今日、一緒に帰れませんか?」
「何で?」
「渡したい物があるんです。」
「…わざわざ一緒に帰らなくても渡せるんじゃないの?」
冷たく言い放つと、日吉は小さな溜息を吐いた。
「…そうですね…じゃあ、コレ。」
「コレ…は…?」
手渡されたのは1枚のMDだった。
「先輩が探していたヴァイオリンのCDですよ。」
「…えっ…?」
少し古い物で生産数も少なく、お店を何件か巡っても手に入らなかった物。
鳳くんにも聞いてみたけれど、ヴァイオリンは専門外で持っていないって言われたのに…
「コレ…どこで…?」
「従姉妹が1年に居るんですが、ヴァイオリンを習っていると聞いたので…
彼女自身は持っていなかったんですが、彼女を指導している講師が持っていたそうです。」
従姉妹…
「貴重な物なので現物は貸せないと言われたのでMDに録音して貰ったんです。」
「あ…ありが…とう…」
「いえ、少しは機嫌、直りました?」
「…あ…ゴメン…」
「気にしないで下さい。
ただ、先輩がいつもと違うと心配になるので。」
日吉…
「だ…って…」
「先輩?」
「私、日吉の笑った顔、見た事無い。」
「は?」
あんな無防備な顔、見た事無い。
「いや、笑ってますよ…」
「違うっ。
いつもの日吉は何て言うか…口元が笑ってても目が笑ってないんだもん…
でも昨日は…っ…」
「…昨日…?」
「裏庭で…女の子と笑ってた…」
「っ…見て…たんですか…」
「え?」
日吉の驚いた声に顔を上げると、今度は私が驚いた。
口元を手で押さえる日吉の顔は真っ赤だった。
それこそ、初めて見る表情。
「え…私、何かいけない事言った…?」
「違うんです…」
「何が?」
「昨日一緒に居たのは…さっき話した従姉妹です。」
「だからって何でそこで日吉が真っ赤になるワケ?」
「従姉妹に…先輩の事を問い詰められて…」
仕方なく話したんだと日吉は言った。
自分がどんな顔をして話していたかなんて記憶に無いと零した瞬間、
今度は私の顔が熱くなり始めた。
日吉は私が思っていた以上に私を想っていてくれて、
同じように私も思っていた以上に日吉を想っていたんだって…
そう気付いてしまったから…。
「ねぇ日吉…」
「何ですか?」
「今度の日曜日、2人だけでどこかに出掛けない?」
次の恋はきっと、自分の気持ちに正直になれそうな気がする。
勢いで書いてしまった続編…
日吉は可愛いです。
こんな後輩に振り回されたい。
日吉夢を書こうとすると決まって年上設定になってしまうのは何故なのでしょうか・・・。
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