元カレ

























「あ…また違う女の子連れてる…」





いち早く反応したのは私の親友。




そんな彼女の一言に「ふぅん」と小さく返した私は視線を動かす事無く廊下を進んだ。





「ちょっとー私の話聞いてるー?」





「はいはい、早く行かないと授業に遅れるからね。」





「…ホント、ってクールよね…。」




「その辺にいる女子と変わらないと思うけど?」





「ちょっと待ってよっ!」



































「イザーク先輩の女遊びが目立ち始めたのってさ、と別れて以降よね…。」






「そう?」





「勿体無いわよね…あんなに大事にされてたのに…」





「そんな事も無いわよ…。」

















彼と別れて半年…



気付けば彼の隣にはいつも女の子が居る。





会話を弾ませる事さえ出来ない彼の隣に異性が居るという現実がどうにも違和感だったけれど、


それはもしかしたら私の前でだけだったのかもしれないと最近思うようになって来た。







私の前では滅多に笑ってくれなかったし、会話だってろくに成立していなかった気がする。






私はそんな彼の事がもっと知りたくて一生懸命話し掛けたのだけれど…





私と彼の恋は僅か半年で終わってしまった。







幕を下ろしたのは私の方からだったけれど…



































終わってしまってから改めて考えた。




彼は何故、私の告白を受け入れてくれたのだろうか…。





私はずっと彼の事を密かに思っていて…




親友の顔の広さのお陰で1つ上の先輩にも関わらず、私の存在を知ってもらう事に成功。





何度か集団での交流を経た末に、勇気を振り絞って告白。






まさか…彼が私の告白を受け入れてくれるなんて思ってもみなかった。







でも、付き合い始めても何の進展も無くて…





一緒に登下校をしたり、休日に映画館に出掛けたりは時々あったけれど…





彼は手を繋ぐ事さえしてはくれなかった。





大事にされてた…?






傍から見ればそう見えたのかな…





きっと彼は…私の告白を断り切れなかっただけじゃないのかな…。





好きになろうと頑張ってくれたのかもしれない。





でも、好きになれなかった…




それだけだったんじゃないかな…。





彼と一緒に居れば居るほど、そんな思いが強くなって、耐え切れなくなって…





私から彼に告げてしまった。















『もう…終わりにしませんか…?』









心の奥底で願ってた…。




このセリフに彼が何か応えてくれるんじゃないか…って…




でも、彼からの返事はたった一言…







『お前がそう望むのであればそれで構わない。』















終わってしまった…私の短い恋。


































気付けば私がイザーク先輩に想いを告げたあの日からもうすぐ1年が経とうとしている。





忘れる筈が無い。




私が想いを告げた日は、イザーク先輩の誕生日だったから。





一生懸命悩み抜いて選んだプレゼントを渡してから告白した。





読書が趣味だと聞いたから、彼に似合いそうなブックカバーをプレゼントして…




でも、一緒に居る時に彼がそれを使ってくれている姿は一度も見る事が出来なかった。













今年もまた…彼の誕生日がやって来る。


































「何やってるんだろう…私…」




渡せる筈も無いプレゼントを購入してしまってから後悔をしていた。




去年と今年じゃ状況が違い過ぎる。




去年も今年も片想い。




同じだけど違う。




去年の彼は私の気持ちを知らなくて…




今年の彼は私の気持ちを知っていて、そしてその気持ちには応えてはくれない。






手放してしまったのは私。




本当は手放したくなんて無かった。





でも、特別に想われていないと分かっているのに傍に居続ける事が出来るほど強くも無くて…





だったら、手放されてしまう前に私から放してしまえばいいと思った。





その方が受ける傷も浅くて済むと思ってた。





けど、実際はそんな甘くはなかった。





手放してしまってからどんどんと広がっていく傷口。




塞ぐ事も出来なくて…その方法も見付からなくて…





だって…人の気持ちなんて分かる筈も無い。





言葉にしてくれなくちゃ分からない。





でも、彼は何も言ってはくれなかった。




だから、それが答えなんでしょう?





だから、あの日私が言った言葉をすんなりと受け入れてくれたんでしょう?





終わりにしたいと…思ってもいない言葉を発した私を引き止めなかったのが貴方の答えなんでしょう?

































頭の中をグルグルと駆け巡る記憶。




好きだったのに手放してしまった自分への後悔。




どうせ終わってしまう恋なのであれば、勇気を振り絞って聞けば良かった…。







『私の事、少しでも好きでしたか?』って…。






思い返しては自己嫌悪。





陽が傾き始めた放課後の廊下…




夕暮れは嫌い。




真っ暗な夜よりずっと心を寂しくさせる。






























「きゃっ!!」




真っ赤に染まる夕陽に視線を奪われていたその時、


角から迫る人に気付かずに衝突してしまった。





バサバサッと音を立てて相手の持っていた物が廊下に散乱した。






「す…済みませんっ!!」




「いや、俺の方こそ…」





「え…」




落ちた物を拾おうと手を伸ばした先に見覚えのある物が視界に入った。







「これ…」




「……?」





「イザーク…先輩…」





私が去年の誕生日に贈ったブックカバー…



何で…





「これ…どうして…」




私がプレゼントした時よりずっと痛んでる…




何でこれを…使ってくれてるの…?











「使い易くて気に入っているからな…」






「…っ…」








何で…今更…







…どうし…」





「先輩…ひとつ聞いてもいいですか…?」






使ってくれてたなんて…知らなかった。




熱いものが込み上げて来て頬を伝う。







「私の事…少しでも好きって思ってくれてましたか?」






ずっと聞きたかった事…




否定される事が怖くて言えないまま終わりを告げてしまった事を何度も後悔した。





彼の隣に自分以外の女の人が居るのを見る度に胸が痛くて…





今でもこんなに好きなのに…




















「何とも思っていない奴と付き合うほど俺は暇ではない。」






「先…輩…」






私、少しは先輩の特別で居られた?




そう思ってもいいですか…?








「なら…良かったです…。」






全ての物を拾い上げ、それをそっと手渡した。





「お前は…どうして終わりにしたいと思ったんだ?」




「…え…」




「やはり…俺がつまらない男だと感じたから…か?」





どうして…って…




終わりにしたかったワケじゃない…




傍に居るのが辛くて苦しくて…




笑ってくれない彼を見ている内に私は彼に無理をさせているのではないかと思ったから…









「つまらないと思っていたのは先輩の方じゃないんですか?」





「…何故そう思った?」





「一緒に居た半年間…心から笑っている顔を見た事がありませんでした…。

 キスどころか、手を繋ぐ事さえしてくれませんでした…。

 だから思ったんです…私に付き合ってくれていただけなんじゃないか…って。」





好きになればなるほど…



一緒に居れば居るほど我が侭になっていく。




もっと貴方を知りたい…



そして私の事を知って欲しい…








「でも…さっきの言葉を聞いて安心しました。

 少しは好意を持っていてくれたんだな…って分かったから…。」





軽く一礼すると、そのまま視線を合わせずに背を向けた。




と同時に優しく手首を掴まれる。






「せんぱ…」




「そのまま聞いてくれ。」




心臓が高鳴る。




一度だって触れてくれた事…無かったのに…














「触れなかったんじゃない…

 触れる事が出来なかったんだ…。」





「先…輩…?」





「触れてしまったら止まらなくなるんじゃないかと…

 お前を怖がらせてしまうのではないかと…いつも不安だった。」




触れている部分は確かに熱いのに、先輩の指先は冷たさを感じる。





「でも…こんな風に離れて行ってしまうのであれば…触れれば良かった…。

 ゆっくりでいいと思っていたんだ…これから長い時間を過ごすのだから…と。」





「先輩…私の事…少しでも好きでいてくれましたか…?」






「今でも好きだ…誰にも渡したくないくらいに…」





「…っ…」




立っているだけの力さえ残っていなくて、私の足はその場に崩れ落ちた。




そんな私の体を、彼は躊躇う事無く腕の中に引き寄せる。









「先輩…好き…大好きです…。」




「…俺もだ…」




「ちゃんと…言葉にしてくれないと分からないです…。

 ちゃんと…態度で示してくれないと分からない…っ…」




泣きじゃくる私の体をしっかりと支えながら、片方の手がそっと頬に触れた。




そしてゆっくりと唇を寄せる。




触れるだけの初めてのキス。






「言葉にするのは…苦手なんだ…」




「……私は好きです…先輩の事…」




「あんまり言うな…」



少しだけ頬を赤く染めた先輩は、もう一度ギュッと抱き締める。













「ところで…」



「…はい…?」




「この箱は俺への贈り物だと思っていいのか…?」





「え…っ!?

 いつの間にっ!?」




先輩の手の中には先輩の為に用意した物。





「去年の物と同じ包装紙だな…。」




「…他に…思い浮かばなかったんです…。」





去年とは色違いのブックカバー。



どうしても他にピッタリ来る物が浮かんで来なくて…






「ちょうど良かった…去年のはだいぶ痛んで来たしな…。

 どうやら1年でちょうど換え時のようだ。」




「…ホントに本が好きなんですね…。」





「ああ…だから来年も同じ物を頼むぞ。」




























【あとがき】

遅くなってしまいました…。

ネタ自体はだいぶ前から出来上がっていた筈なのに…

イザークのお誕生日ドリです。

こうやってイザークのお誕生日を自サイトでお祝いするのも3度目になりました。

これも皆様のお陰でございます。

本当にありがとうございます。

今回はシリアス(?)な感じで…。

素直じゃないヒロインとイザークの擦れ違いをテーマにしてみました。

上手く言葉に出来ていれば遠回りしなくて済んだんですけどね。

でもそのお陰でより深い絆が出来たんじゃないかなぁ…みたいな。

イザーク、お誕生日おめでとうございます。



2007.8.13 梨惟菜









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