キスの仕方



















「ね…キスした事ある?」





「…はい?」





真顔で問い掛けるに対し、シホは目を丸くした。







「急にどうしたの?隊長と何かあった?」





が突拍子も無い事を言い始めるのは今に始まった事ではない。




そんなの扱いにも慣れたシホは、再びパソコンに向けてキーを叩き始める。









「何か…って言うかね…気になっちゃって…。」




「何を?」




「キスの仕方?」






ガタンッ…!




ビーッ!





思わずシホが力を込めた音と…パソコンのエラー音…










「…大丈夫…?」




確かシホがしていたのは…今日提出の書類だった筈…。





「…大丈夫じゃないっ!データ消えちゃったじゃない!!」





「ごめん…。」





溜息をついたシホはパソコンの電源を落とし、の方へと体を向けた。






「さっき…何て言った?」




「…だから…キスの仕方が気になったの。」




「誰の?」



「シホの。」



「何で?」



「何となく…他の人ってどんな風にするのかなぁ…って。」










『他の人』…ねぇ…。





シホは困り顔で頭を抱え込んだ。











「ちなみにと隊長のキスは?」




「へっ…!?」







逆に問い返されてしまったは顔を真っ赤に染める。








「私のキスの仕方、知りたいんでしょう?」






「う……じゃあいい…。」







流石に自分の話をしてまで知りたいとは思わないか…。


























「遅かったな…。」






「…ちょっと…シホと話を…ね。」






部屋を出て訪れる先は上司であり、恋人でもあるイザークの部屋。





特に任務の無い日には、午後のプログラムが終わってから夕食の時間まで彼の部屋で過ごすのが日課。






彼の部屋に置かれた、自分専用のクッションにしがみ付く。





なるべくイザークと視線を合わせないように…。

















「…どうした?」





視線を合わせようとしないに気付いたイザークは、顔を伺うように下から覗き込む。





「な…何でもない!」




慌てて目を逸らすと、それを追ってイザークの視線も再び寄って来る。




それの繰り返し。










「もしかして…昨日の事を気にしているのか?」






意地悪な微笑みに反応して赤くなるを見て、イザークは確信する。








「やっぱりな…。」




「だ…って…あんな事言うなんて…!」





「たまには俺から要求したって良いだろう?」




















の脳裏に昨日の出来事が蘇る。

























「イザ…」



名前を呼び切る前に…塞がれた唇に、の頬は赤く染まる。







いつもの如く、イザークのペースに乗せられてしまったに成す術は無く…。












ただ、イザークに翻弄されるように…袖をキュッと握った。








その一生懸命な姿が気に入っているイザークは、いつもこうして彼女の反応で楽しむ。





結局の所、はいつもイザークに敵わない。














数秒のキスの後に離れた唇から、は減った酸素を取り込むように呼吸を整える。







そんな仕草も愛らしく、イザークは微かに笑顔を見せた。








「たまには…からキスをして貰いたいな。」




「…へ…?」





「いつも俺からしているだろう?どうだ?」





「どうだ…って言われても…。」




急に何を言い出すのよ…。




「私…自分からキスした事なんて無いし…」






「それは当然だろう?いつも俺からしているんだからな。」





…と言うか…そんな経験があるなどと言い出したら、今にも怒り兼ねない。





にとって、初めての恋人であるイザーク。




だから、イザークと居るとどうしたらいいか分からなくなったり…



とにかく、2人で居る事に慣れるまでにも時間が掛かってしまったくらいだ。






そんな初々しいを見るのもイザークの楽しみの1つで…



自分の一挙一動に対する反応が見たいが為に色々と困らせてみたりもする。




そして、今回の一言もそれが目的なのだ。

















「そうだな…。では、明日まで待とう。」




「はい?」




「明日、から俺にキスをしてくれ。」




「えぇ!?」





更に困り果てるを見て、イザークは更に笑顔になる。




しかしそれは爽やかとは決して言えないが。







「大体、キスの仕方なんてものは人ぞれぞれだ。」




「で…でも…」




「明日が楽しみだな…。」









結局、に拒否権は与えられぬまま、翌日となるのだった。























「わ…私の事、からかってるの?」




「まさか。」




「じゃあ…どうしてあんな…」





余計に頬を赤らめるに対し、イザークは逆に問い返した。





「じゃあ…俺からも聞かせて貰おうか。」




「え?」




「自分からキスをしてくれない恋人から…俺はどうやって愛を感じたらいいんだ?」




「…っ…」





イザークの言っている事は…正論。




いつも行動を起こしてくれるのはイザーク。




私は自分の気持ちさえ上手く伝えられなくて…




抱き締めてくれるのも、想いを伝えてくれるのも、キスをしてくれるのも…



全てイザークからで、私はそれを受け入れるだけ。





いつか自分もこんな風に出来るのかな?



…なんて考えたりもしたけれど…考える度に顔が熱くなって…。




















「それとも…これ程にお前を想っているのは俺だけか?」






急に…イザークの表情が切なそうに歪む。



そんな表情に胸が苦しくなって…






「…わ…私だって…」



「?」




「イザークの事が…好きだよ…。」







顔なんかまともに見れない。




恥ずかしくて…今にも泣き出しそう。



それでもイザークに対する想いは胸に一杯で…どうしたらいいか分からない位に苦しくて…。









「じゃあ…からの愛を態度で示して貰おうか?」










想いを口にするだけじゃ納得出来ない。





勿論、からの愛の言葉は十分心に響いた。




けど…だからこそ、態度で示して欲しい。




俺は欲張りな男なんだ。





















観念したは、俯いて大きく息を吸い込んだ。






「…目…閉じて…下さい。」





椅子に腰掛けたイザークは、素直に瞳を閉じる。





「…絶対開けないでね?」



「…分かっている。」










綺麗に輝く銀糸…



閉じた睫の長さ…




整った顔立ち…






全てを魅了するイザークのその姿。













震える手を肩に添え、ゆっくりと顔を近付ける。






自らの瞳も閉ざし…そっと…触れるだけのキスをイザークに贈った。







「…っ…!!」




唇を離したその瞬間、イザークのアイスブルーの瞳と自分の物がぶつかる。







「開けないでって言ったじゃないっ!!」




「…折角の機会だ。ちゃんとの顔を見ておきたいと思ってな。」




ずるい…っ…



そんな綺麗な顔で微笑まれたら何も言えなくなっちゃう。
















「癖になりそうだな…からのキスは。」




「…もうしないっ!」















の精一杯の反抗も空しく、一度恋人からのキスの味を知ってしまったイザーク。






「そんな所も可愛いな。」







今日もまた、イザークからの甘いキスの雨が降り注ぐ。





















【あとがき】

甘く甘く…とにかく甘く。

甘い=キス

短絡的な思考ですみません。

こんなキスネタもいいかなぁ…と思いつつ、ヒロインからのキス。

結局はイザークに翻弄されっぱなし。

果たして甘いのか…これは…


310_3103様、お待たせ致しました。

いつもありがとうございます。

また遊びにいらして下さいね。






2005.9.7 梨惟菜











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