の傍らに無造作に落とされた荷物を持ち上げる。
「…どこ行くの!?」
「どこって…俺の部屋。」
「…えぇ!?」
「今夜、行く所無いんだろ?」
「でも…っ…」
「まぁ…もう少しここで余韻に浸りたい…って言うなら付き合うけど?」
未だ戸惑うにムウは悪戯に微笑み掛けた。
「い…いいですっ!!」
真っ赤になったは頬を膨らませると、ムウに先立って歩き出した。
キオク
「ねぇ…」
「ん?」
自分の荷物を取りにモルゲンレーテを経由した2人は海岸沿いを西に向かう。
「ムウって…今どこに住んでるの?」
海岸通りを抜けると、記憶に新しい通りに出る。
以前…が事故に遭ったその現場に差し掛かると、は自然と顔を歪めた。
「危ないからこっち…な。」
の腰を抱き寄せたムウは、入れ替わりに車道側を歩く。
「あ…ありがと。」
結局、ムウは質問に答えてくれない…。
ただ、私を守るように…私の歩調に合わせてただ歩く。
「マリューさんがさ、俺好みのアパート、紹介してくれたんだ。」
モルゲンレーテからも割と近場だし、程好い広さだし…
「しかも、家具付きなんだぜ?助かったね〜。」
「へぇ…そんな部屋が近くにあったんだ…。」
側に居るだけで破裂してしまいそうな胸の鼓動を抑えるように、辺りを見回す。
見覚えのある風景ばかり。
私が…記憶を失くす前に住んでいたアパートへの道程と同じ…
こんな近くに…借りてたんだ…
「私も…前、この辺に住んでたの。」
「へぇ…奇遇だなぁ…。」
そう言いながらムウはニッコリと微笑んだ。
いや…ニヤリと妖笑した…の方が正しい表現かもしれない。
「…もしかして…」
何となく、察しが付いたその時…
「着いたぜ。そこのアパート。」
「あ…」
ムウが指した先には…
私が住んでいたアパートがあった…
「嘘…」
「が家具、置いてってくれたお陰で助かってるぜ?」
「だって…家具はアスランが手配して処分してくれるって…」
「そのアスランが、そのままにしておいてくれたんだと。
俺がここに住む前まで、律儀に家賃まで払ってくれて…な。」
「え…?」
「いつの記憶が戻るか分かんないから…だってよ。」
「アスラン…が…」
「お邪魔…します…。」
玄関に一歩、足を踏み入れる。
部屋は私が出て行ったあの日のままで…
家具の位置も、インテリアも…何も変わっていなかった。
私好みの家具は、ムウが使うには若干少女趣味な気もした…。
それでも、ムウはこの空間で…
「その言い方は変だろ?」
「え…?」
「自分の家なのに?」
「でも…今は…」
「俺が戻って来るの…待っててくれたんだってな…。」
案内されて初めてこの部屋に入った時…
自分は目を疑った。
食器棚には2人分のマグカップ…食器…
洗面所には2人分の歯ブラシ…
ベッドはセミダブルで…女の子が1人眠るには少々大きい。
部屋にしたって…
1人暮らしには少し広い感じがした。
「あなたが戻って来るのを…待っていたんじゃないかしら…」
案内してくれたマリューは苦笑しながら答える。
そしてアスランも…
もしもに記憶が戻ったら…
もしもの元に彼が帰って来たら…
その可能性を視野に入れ、この部屋を形のまま、残しておく事を決めたのだ。
「だ…って………信じたくなかったんだもん…」
目の前で閃光を放って…宇宙に散るストライク…
その瞬間の夢を何度も見て…何度もうなされて…
それでも信じたくなかった。
私の元から、ムウが居なくなってしまった事を。
だから…信じたかった。
ムウが笑って戻って来てくれる事を…。
「ごめんな…辛い思いさせて…」
「私の方こそ…忘れたりして…ごめんなさい…っ…」
アスランが私の為にこんな事をしてくれていたなんて知らなくて…
いつか…こんな日が来ると覚悟しながら私を愛してくれていたなんて…。
なのに…
私は…
結局、ムウを愛していた。
思い出してから、胸が苦しくて張り裂けそうで…
でも、アスランの事も決して嫌いでは無かったから…
アスランの手を取ったあの時は、確かに彼を愛していたから…。
「…髪、伸びたな。背も…」
「切ってないからね…。」
「、こんなに細かったか?」
涙で視界を遮られるの頬をなぞり、腰を抱き寄せる。
「痩せた…かな?」
「ちょっと細過ぎ。」
でも…
「綺麗になった…。前よりもずっと…。」
涙が伝う頬にそっと…キスを落とす。
流れる雫を拭うように…
優しく…何度も…
「ずっと…こうしたかった…。」
愛していると囁いて…
何度も何度もこの腕に抱き締めて…
今度こそ、2人で平和な世界で…と…。
「結婚…しよう?」
今度こそ守るから…
二度と離れないように…
二度と忘れないように…
側に寄り添うと誓うから…
「わ…私で…いいの?」
何度拭っても止まらぬ涙で震える声が問い返す。
「何の為に俺が戻って来たと思ってるんだ?」
「だ…って…」
「俺はしか愛せないぜ?」
「…っく…」
声にならないはムウの胸に顔を埋めた。
懐かしい彼の香りがの脳を支配する…。
「の気持ち…ちゃんと聞かせてくれよ…。」
小刻みに震えるの顎をそっと持ち上げ、見上げる形にさせたムウは微笑む。
泣いているその顔でさえ、綺麗で愛しい…
「…あいしてる…」
「俺も…愛してる。」
そっと目を閉じたに、彼からのキスが舞い降りる。
そっと…
触れるだけの優しいキス…。
それだけで、伝わる互いの愛…
「ホラ、顔拭いて。メシにするぞ?」
「…作ってくれるの…?」
ようやく落ち着いたは、半ば疑う眼差しでムウを見上げた。
「馬鹿にするなよ?結構いい味、出せるんだぜ?」
「…楽しみにしてる。」
もう一度唇を重ねると、は満面の笑みを浮かべた。
【あとがき】
満足です。
はい、自己満足です。
どうしても書きたかった、ムウのシリアス夢。
こんなカンジでハッピーエンドにしたかったのです。
後半は軽くスランプに入って苦労しましたが…
何とか完結に至る事が出来てひと安心です。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
またムウ夢、書きたいと思いますので、感想頂けると本当に助かります。
2005.7.2 梨惟菜