一日彼氏
「さてと、どこ行く?」
「………」
張り切って腕組みをした彼は返って来ない返事に振り返る。
その先には困惑した表情で立ちすくむ彼女の姿。
真っ白いワンピースが風でフワフワと靡き、そこから細くて白い足が時折姿を表す。
「どうした?気分でも悪いのか?」
「あ…いえ、何でもない…デス…。」
「じゃ、行こうぜ。時間が勿体無い。」
スッ…と…目の前に差し出された大きな手…
戸惑いながら…自らの手を添えると、優しく握り返された。
「あ…フラガ少佐…」
「今日は名前で呼ぶ…だろ?」
「う…」
悪戯に微笑んだ彼は、強引に私を日向へと引っ張り出した。
「ハッピーバースデー、♪」
嬉しいような…恥ずかしいような…
複雑な気分で迎えた誕生日。
朝になったら皆がお祝いの言葉をくれて…
プレゼントを渡してくれて…
誕生日も悪くないもんだな…って思った。
バラの花束…
欲しかった香水…
普段、滅多に着ける機会の無いアクセサリー…
色々な物を貰って…持ち切れなくて困っちゃうくらい…。
「何?、今日誕生日なの!?」
驚いた声が背後から聞こえて…
慌てて振り返ると、その先には困り顔のフラガ少佐。
「…えぇ…一応…」
「なぁに?少佐、さんの誕生日、知らなかったの?」
流石の彼も返す言葉が無いらしく…
更に困ったように頭を掻いた。
「悪い、全然知らなくてさ…。」
そう言われてしまうと正直ショック…。
私は…ちゃんと覚えてるんだけどな…。
この時点で明らかに私の片想いだという事は確定であって…。
なんだかちょっぴり悲しかったりもする。
「いえ、気にしないで下さいよ。誕生日なんてもう飛び上がって喜ぶ年でもありませんし。」
今日で23歳…。
20歳を過ぎたらあっという間…って誰かが言ってたけど…本当にその通りだと思う。
10代の頃が懐かしい。
「よし!じゃあ、プレゼントの代わりと言っちゃ何だが…。」
「はい?」
「明日一日、何でも言う事聞いてやるよ。」
「え?」
「丁度俺もも非番なんだし、好きな所、連れてってやるって。」
好きな所…?
それはつまり…
「明日一日、俺はの彼氏…な?」
そんな経緯を経て…今日一日、私とフラガ少佐は『恋人同士』。
どうせ片想いなら…一日だけでも彼女気分を味わえれば幸せ…かな?
そう思うようにしよう…と思いながらも、何だか複雑で…。
車を運転する彼を時折横目で見ては溜息が洩れそうになるのを堪える。
やっぱ…カッコイイよなぁ…
エンデュミオンの鷹…
誰もが知る、エースパイロット…。
エリート軍人…。
ハッキリ言って、競争率は…高過ぎる。
これだけの好条件が揃っていて…29歳というそれなりに適齢期な大人の男性で…。
なのに、特定の恋人は居ない…と。
彼に想いを寄せる人間なら誰でも知ってる事…。
まぁ…彼から見たら、23歳なんて小娘なのかしら…ね。
「着いたぜ?」
「…ここ…?」
「そ。」
車が停まったのはヨットハーバー。
「えっと…これから何処に…?」
辺りをグルッと見回してみる…
見えるのは…
海…
小さなお店が数件…
それに、停泊しているヨットが数台…
「決まってるだろ…?」
「うっわぁ〜!気持ちいいっ!!」
「だろ?あんまり乗り出すなよ?落ちるから。」
「はぁい!」
借りたヨットで…少佐の操縦で繰り出したのは海。
今日は波も穏やかで…
陽射しは少し眩しいけれど、そんなものは気にならない。
潮風が運んでくれる涼しさに身を任せ、キラキラと輝く海原に瞳を奪われた。
「ホント、少佐って何でも出来るんですね。」
ヨットの操縦も超一流…と。
こんなの…彼のファンが知ったら更に株が上がっちゃう。
「そんな事もないって。意外と不器用だぜ?俺は…。」
「そうですか…?」
沖までやって来た所で、動きを止めたヨットは波に身を任せる。
隣に腰掛けた少佐は空を仰ぐように仰向けに寝転んだ。
「不器用って言うか…意外と抜けてるって言うか…」
そんな風には見えないけれど…
私から見たフラガ少佐は完璧で…
だからこそ、知りたくなる…。
もっと違う一面があったら…と。
「…例えば…?」
「ん?」
「例えば、どんな所が抜けてるんですか?具体的に聞きたいかも…。」
それは…
好きだからこその好奇心。
覗き込むように少佐の表情を伺うと、視線同士がぶつかる。
彼の蒼に…自分の姿が映った…。
「好きな娘の…誕生日を知らなかった…とかね。」
「え…?」
耳を疑うような言葉を聞かされて…
今のは…
「バカだよなぁ。ちゃんと調べとけばさ、もっと気の利いたプレゼント、してやるのに。」
目の前に垂れた私の髪の毛に、指が絡まる…。
「…きゃ…!」
ドサッ…と…
小さな音を立てて…私の体は自由を奪われた。
「少…佐…?」
抱き寄せられ…彼の胸へと倒れ込んだ状態のまま…
「名前…」
耳元で囁かれた彼の低い声が全身を縛り付ける。
「ム…ウ…」
「俺の気持ち…ちゃんと伝わった?」
言葉では無く…頷く事でそれを伝える。
「じゃあ、の返事は?」
答えなんて一つしかない。
ずっと…あなたに憧れる数多くの1人だったから…
それでもいつも…あなただけ見てたから…
「私も…好き…です。」
言えるとは思っていなかった。
言えないまま終わるんだと思ってた…。
夢に描いていた幸せが…今ここに在る。
「マズイな〜。」
「?」
「このままどっか行っちまいたい気分だ。」
「もうっ///」
彼なりの喜びの現われなのだと…まだ知らない私はつい赤面してしまって…。
それを見て更に嬉しそうに微笑む彼は、私の唇に自分のものをそっと重ねる。
「やっぱ…プレゼント…何か用意するから…な。」
「…もう貰いましたよ?」
「ん?」
今度は…自分から唇を重ねる。
「ね?」
【あとがき】
初めて書いたムウの短編夢です。
自分の誕生日にあやかりまして…
ムウ様に祝ってもらいてぇ〜!
…という妄想の塊となっております。アハハ…
ムウは…ナチュラルなのに何でも出来るってイメージありまして…
(アレ?ニュータイプなんだっけ?ニュータイプってものがイマイチ分かってませんが…)
ヨットくらい簡単だろう…と。
まぁ、その辺はいつもの如く、軽くスルーして下さい。
2005.7.20 梨惟菜