今という時間がどれ程大切なものなのか…
君を失ってようやく気付いたんだ。
戻れない時を悔やんでも仕方ないけれど…何度も何度も俺は悔やんだ。
もっともっと…君を大切にしたかったと…。
もっともっと…君を愛したかったと…。
楓 〜19の秋〜
「落ち着いた?」
「うん…大丈夫…。」
カフェの暖房に酔ったのか…
気分が悪いと言い出したを連れ、公園へと辿り着いた。
外の冷たい風に触れ、ぼんやりとしていた頭は次第にクリアになる。
「聞いても…いいかな…?」
「…何?」
「事故か…何かで?」
「…病気だった。」
「なら仕方ないよね。」
「え?」
「お祝いなんて…嬉しくないよね。」
「…」
「あ…でも、プレゼントは受け取ってくれる?もう用意しちゃってるの。
前日とか…翌日でもいいから。」
いつもの笑顔が目の前にあって…アスランの胸はチクリと痛む…
「あぁ…ありがとう…」
の優しさが痛くて切なくて…
返した言葉はきっと震えてた。
彼女もきっと…それに気付いてる。
「ごめん…今日は帰るね。」
「じゃあ送るよ。」
「…大丈夫。1人で帰れるから。」
「でも…」
「お願い…1人にして…」
苦しい…
家へと続く長い坂道を歩きながら、は胸を押さえた。
病気で亡くなった…アスランの恋人。
アスランの誕生日に生涯を終えてしまった恋人…。
あの写真1枚で十分に伝わって来た。
アスランがあの子をどれだけ大切に想っていたか…
彼女の死をどれだけ悔やんでいたか…
彼女がまだ生きていたら…
私とアスランは…きっと出逢う事無く終わっていた。
それ位、アスランは彼女の事を愛してる。
私がどれだけアスランを想っていても、きっと彼女には敵わない。
ポタポタと…止め処なく涙が流れ、頬を濡らした。
どうしてアスランを置いて逝ってしまったの…?
「そっか…話したのか。」
「…あぁ…」
決意して告白したものの、の泣き出しそうな瞳を見て余計に苦しくなった。
俺の事をどう思っただろうか…
今まで隠していた事は、本当に申し訳なかったと思う。
けれど…を想えば想うほど、言い出せなくなっていた。
「…そんな顔するなよ。」
「……」
「お前がそんなんじゃ、が余計に不安になるだろ?
…ってか、思い詰めるぞ?」
「…ディアッカ…」
「の性格、分かってんだろ?ちゃんとフォローしてやんないと…。」
「そうだな…」
いつも親身になってくれるディアッカには本当に感謝してる。
「の事は…仕方の無かった事なんだ。」
「分かってる…」
ディアッカに叩かれた肩…
少しだけ…心に掛かっていた霧が晴れた気がした。
何もする気が起こらなくて…
無気力なまま数日が過ぎ、アスランの誕生日が訪れた。
『おめでとう』のメールも送れないまま、時間だけが過ぎてゆく。
お祝いのメッセージさえも禁じられた言葉のような気がして…
この言葉を口にしたら、逆に傷口を広げてしまうような気がして…
病気って事は…彼女もアスランも、最期を覚悟してたって事だよね?
長くない事を知っていて、傍に寄り添う事を決めたんだよね?
私の知らないアスランは沢山居る。
18で出逢うまで、別々の世界で生きてきたんだもの。
私だって別の人と恋をした。
でも…アスランのような悲しい過ぎる想いはした事が無い。
もしも私が彼女の立場だったら…どうしただろう…
結ばれないと分かっていて…それでも最期の瞬間まで…
愛しているのに別れなきゃいけないなんて…
そんなの…耐えられないよ…
うつ伏せたまま、枕に顔を埋める。
溢れる涙は枕に吸収され、シミを作ってゆく。
私はどうしたらいいんだろう…
正直、自信を失っていた。
愛していたのに結ばれなかった恋…。
でも…アスランは言ってくれた。
『君が好きだ』
迷いの無い瞳で、そう言ってくれた。
その言葉は…きっと真実。
なのに、彼の過去を知ってしまった今…私の心は醜く歪んでる。
もう…この世に居ない彼女に嫉妬してる…。
『楓…好きなのか?』
確か…に初めて掛けた言葉はこれだった。
『え…?』
振り返った彼女は、きょとんとした顔で俺を見ていた。
急に知らない男に声を掛けられたら不審に思うだろう。
そう思って、言葉を付け足そうと思ったその時…
『この色…好きなの…』
今は亡き恋人と…同じ答えだった…。
彼女を失って1年後の…18の秋だった。
に興味を抱いたのは、彼女に似ていると感じたから。
でも、実際はちっとも似てなかった。
内気で控え目でおっとりとしていて…
見た目の健康的な…社交的な印象とは正反対の中身。
知れば知る程に惹かれてゆく…。
二度と恋なんて出来ないと思っていたのに…。
への想いに…気付いてしまったんだ…。
ピルルルル… ピルルルル…
枕元に置かれた電話のコールで目が覚めた。
「今…何時…?」
いつの間に眠っていたんだろう…
壁の時計は午後の3時を指している。
ピルルルル… ピルルルル…
「…煩い…」
電話に出る気分になんてなれない…。
いいや…無視しちゃえ…
ピルルルル… ピルルルル…
けれど、電話は一向に鳴り止む気配が無い。
「…もしもし?」
『……』
還って来ない返事は、を余計に苛立たせた。
『…俺だ…。』
「アスラン…?」
『今、の家の前に居るんだ。』
「え?」
慌てて窓から外を見ると…門の前に立つ彼の姿が見えた。
『今から出て来れないか?付いて来て欲しい場所があるんだ。』
行き先は何となく分かっていた。
車の後部座席に置かれた花束…
ハンドルを握るアスランの横顔を見つめながら、何度も何度も心の中で彼に問い掛けた。
どうして私を連れて行ってくれるの?
アスランは今…何を考えてるの?
誰の事を…考えてるの?
「さんって言うんだ…」
墓標に刻まれた彼女の名前。
それはまだ…真新しいものだった。
花束を添え、跪いて手を合わせる彼に続く。
その生涯を終えるまで…アスランを愛していた人…
「…今日は紹介したい人を連れて来たんだ。」
「アス…ラン…?」
そっと…アスランの手が私の手に触れた。
「・…。俺の…大切な人だよ。」
一瞬…心臓が止まった様に感じた。
「アスラン…?何…言って…」
「…俺は君が好きだよ。」
確かにアスランはそう言った。
私の事を…好きって言ってくれた…。
「の話をして、君を不安にさせてしまってごめん。
確かに…の事を愛してた。それ以上に愛せる相手なんて、二度と現れないと思ってた。」
そう…本当にそう思っていたんだ。
「でも君に出逢った。君に恋をした。
の事を打ち明けられなかったのは…自信が無かったからなんだ。」
「自信…?」
「を幸せにしてやれなかった俺に…が幸せに出来るのか?…って。
そう思ったら…無性に怖くなった。」
アスラン…
「もう…大切な人を失うのは嫌なんだ…。を失いたくない。
そう思えば思う程…怖かった。」
もしもの身に何か起こったら…?
その時俺は…どうしたらいい?
「…大丈夫よ…」
「……?」
の小さな手が…アスランの頬に触れる。
「私は居なくなったりしない。ずっとアスランの傍に居る。
…ううん…傍に居させて?」
「……」
「私…不安だった。アスランはさんを本当に愛していて…
私は彼女の代わりなんじゃないか…って。」
「違っ…俺は君の事が…」
の人差し指がアスランの唇に当てられ、言葉を遮る。
「うん…分かったの。そうじゃないって。」
私の事を…・って1人の人間を正面から愛してくれてるんだって。
「私も…アスランの事が好き。…愛してる…」
だから…絶対に離れたりしない。
「…俺も…愛してるよ…。」
腰を抱き寄せ…触れるだけのキスをに贈った。
「ねぇ…アスラン…。」
「ん?」
「さんは…ちゃんと幸せだったよ?」
「え…?」
「…だって…生涯を終えるその時までアスランを愛していたんでしょう?
きっと…その気持ちを持って行ったから…。」
「そう…かな…」
「うん…きっとそうだよ…。」
繋いだ手から伝わるの温もりは心地良く…
の告げる一言一言が胸に沁み込んで行く。
「アスラン…」
「ん?」
「お誕生日…おめでとう。」
「…」
やっと言えた…
「生まれて来てくれてありがとう。好きになってくれてありがとう…。」
心からそう思うから…だから言いたかったの。
「これからもずっと…傍に居てもいいですか?」
「ありがとう…。絶対に君を幸せにするから…。」
ありのままの俺を受け入れてくれる君を…必ず幸せにする。
もう一度キスを交わした後、が耳元で囁いた。
『プレゼント…帰ったら受け取ってね…』
貴方が生まれて来てくれた…かけがえの無い日を…
これから先も共に祝えますように…。
【あとがき】
アスランお誕生日夢、その1です。
一応、どちらから読んで頂いても大丈夫な作りにはなっていますが…
個人的にはこちらから読んで欲しかったかな…?
誕生日夢なのに暗い…
こんなんで本当に申し訳ないです。
誕生日夢なんだから甘く…と思ったんですが…
どうしてもこのお話が書きたかったのです。
ご容赦下さいませ。
ではでは…
アスラン、19歳おめでとうございます〜♪