自分が誰か1人の人を愛するなんて、考えられない事だった。




私はハウメアの巫女…。




誰か1人の人を愛する事なんて…決して許される事では無いのだから…。




















祈り




















、そろそろ時間ではない?」




「…もうこんな時間?急がなくては…。」




礼拝堂で祈りを捧げていた少女は、ヒラヒラと揺れる衣装を翻し、立ち上がった。




「いいなぁ…国家元首のお誕生日パーティーにお呼ばれだなんて…。」



「あら…私はハウメアの神殿の代表として伺うだけなのよ?」



「でも…何だか憧れちゃう。」



「…そうね…。」




普段、神殿の中で纏う衣装を脱ぎ、パーティー用のドレスに袖を通す。



「こんなドレスも憧れだわ。」




ドレスの裾を摘んだルナマリアもまた、この神殿にお仕えする巫女で…


普段、神殿の外へと滅多に出る事の無い彼女にとって、外の世界は憧れなのだろう。



勿論…私だって興味はあるのだけれど…。





「でも…何だか露出し過ぎてない?」



「そう?たまにはいいんじゃない?」




着慣れないピンク色のドレスの胸元は少し開かれていて…


何だか気恥ずかしい気持ちにさせる。




「じゃあ…あまり遅くならないようにするからね。」




















「代表、本日はお招きをありがとうございます。

 遅れましたが…お誕生日、おめでとうございます。

 神殿の代表としてお祝いのお言葉を…。」



「ありがとう。そんなに硬くならなでくれ。」



言葉遣いは女性らしくないものの、本日19回目の誕生日を迎える国の代表は美しく着飾っていて…。



誰もが笑顔でそれを迎えた。



隣に立つのは双子の弟…。



つまり、今日はお2人の19歳の誕生日になる。
















私がハウメアの神殿の代表として招待されたのには理由があった。




私とカガリ様が同年である事…


行政府に程近い神殿に幼い頃から仕える私とカガリ様は互いに旧知の仲である事。



お父上にお叱りを受けて、泣きながら私の所へ来ていた彼女が懐かしく思える。









「こうしてカガリ様のお誕生日をお祝い出来て本当に嬉しいです。」



「私もだ。には小さい頃から本当に世話になっているからな…。」




クスクスと顔を見合わせながら微笑む2人の少女を、傍らで見守る弟。






「キラ、カガリ、誕生日おめでとう。」


「おめでとうございます、キラ。カガリさんも…。」







「あ…アスランにラクス…ありがとう。」




目の前に現れた新たなお客人…。



桃色の長い髪を揺らす彼女、濃紺の髪を靡かせる美少年…。




どちらも…カガリ様から話に聞いた事のある方。









「あら?もしかしてあなたが様ですの?」




「…初めまして。ハウメアの神殿で巫女を務めます、と申します。」





「初めまして。ラクス・クラインですわ。こちらはアスランです。」


「初めまして。アスラン・ザラです。」




柔らかく微笑む…整った顔立ちの彼に目を奪われた。



流石はコーディネイター…と言うべきなのか…


キラさんもだけど…本当に綺麗な顔…






「では…私はこれで…」



一礼をすると、私はフロアの隅へと姿を消した。





















「ふぅ…。」



こんなに人の多い場所は本当に初めて。


フロアで談笑する人の多さには驚くばかり。



軽くお料理を頂いた後、勧められたシャンパンを手にテラスへ逃げて来た。





キラキラと輝くフロア…


素敵な衣装を着て…ダンスを踊る人達…。



何もかもが私の普段の生活とはかけ離れていて…眩暈がしそう。























「どうしたの?疲れちゃったのかな?」




俯く私に掛けられた声…


ふ…と視線を上げると、そこには青い髪の青年…




同じ青でもアスラン様よりも色は薄く…また後ろ毛が長い。





誰…?








「あぁ…初めまして…だったね。僕はユウナ・ロマ・セイラン。

 君…嬢でしょ?」





カガリ様から聞いた事がある…。



セイラン家の…ご子息…



今、極秘でカガリ様との婚約のお話が進んでいるお相手だとか…










「はい…初めまして。私も…カガリ様からお話をお伺いしています。」




「カガリから?何て?」




「え…と…」




「カガリの婚約者…って?」



どうお答えしたらいいか迷っていると、先に彼から聞き返された。



「あ…はい…。」



「まぁ…間違ってはいないんだけどね…父が勝手に進めている話だし…」




「…はぁ…」



「それに僕は…女性らしい人が好みなんだよねぇ…」




 君みたいな…ね…






「…っ…」



フワリ…と…


彼の指が私の髪に触れた。




「やっぱり女の子の髪は長くなくちゃね…。」



「…や…」






誰も居ないテラス…


室内には華やかな音楽が響き渡っていて、誰もがその音色に聴き入っている…。




誰も…テラスへなど視線を向けたりはしない…。







「あの…止めて下さい…私は…」




「皆の幸せを祈る巫女殿…ね。その愛を僕だけに注いでくれるともっと嬉しいんだけど…?」















嫌…



彼に対して、恐怖心しか生まれて来ない。



こんな風に髪に触れられる事が初めてだから…?



カガリ様との婚約のお話が進んでいる方なのに無責任な事を仰る方だから…?




















「ユウナ様、お父上がお呼びですが?」



テラスの端に追い詰められ…身動きが取れなくなり…


このままでは彼の思う儘にされてしまう…と思っていた時の事。




先程聞いた声が私を救ってくれる。






「…君か…いつも肝心な所で邪魔をしてくれるね。」



「政府の関係者の方がよりにもよって巫女に手を出すなんて…宜しくないのでは?」





鋭い瞳がユウナを突き刺す。



明らかに年下である青年に睨まれ…彼はフロアへと姿を消した。












「大丈夫?」



「あ…ありがとう…ございます…っ…」



「こんな人気の無い所に1人で居たら危ない。」



「すみません…人込みに不慣れなもので酔ってしまって…。」





「俺も…こういう場所はあんまり好きじゃないんだ。」



 どうも堅苦しくて…



そう言うと、アスラン様は胸元のネクタイを緩めた。




「少し…話をしようか。中に戻る気がないなら…誰か付いていた方が安心だろ?」



「え…でも…ご迷惑に…」



「言っただろう?こういう場所は好きじゃないって…。」




トクン…




彼が微笑んだ瞬間に…


今までに無い胸の高鳴りを感じてしまった。






優しくて…誠実な人…





出逢ったばかりの人なのに、何故か惹き付けられる。




こんな人は初めて…
























…お誕生日のパーティー以来、元気無いわね。」




「え…?そんな事無いよ…。」





あれから3日…


頭に浮かぶのはアスラン様の事ばかり…



彼の事を考えると胸の鼓動が速くなって…


締め付けられそうに苦しくなって…




きっと…


誰かを特別に想うとこんな気持ちなんだろうと思っていた。







そう…


私は、巫女という立場でありながら、1人の男性を愛してしまっている。




それは許されない事…


分かってる。



分かってるけど…














、お客様ですよ。」



「え…?」



「礼拝堂にお通ししています。」




「…は…はい…。」











自分を訪ねてくれる人に心当たりは無く…


首を傾げながらも礼拝堂へと向かった。








「こんにちは。様。」



「ラクス…様…?」



「ラクスとお呼びくださいな。」




ニッコリと微笑む彼女…


パーティーの夜に出逢った彼女と話す機会はほとんど無く…


軽く挨拶を交わした程度で終わってしまっている。



そんな彼女がどうして私を…?
















「男性がこちらを訪れるのは好ましくない…という事で、わたくしが代わりに参りました。」




「…え…?」




「アスランから…伝言をお預かりしていますの。」



「アスラン…様から…?」









『俺を選んでくれないか?』



「え…?」



「きっと…これだけで伝わるだろう…と。」



「それは…あの…」



「きっと…様と同じ想い…なのだと思います。」






アスラン様が…私…を?






「お返事がございましたら…私がお伝えします。」





私と同じ気持ちで…いてくれてる…?




また…胸が高鳴る…




その言葉が嬉しくて…今にも泣き出しそうな想いで…




でも…私は…















「…『ごめんなさい…』…と…お伝え願えませんか?」




その一言に…彼女の顔が曇った。





「それが…様の本心ですか?

 それとも、巫女としての責務を考えた上でのお返事ですか?」




「私は…1人の人を愛してはいけませんから。」





私は巫女だから…


皆の幸せを願い、祈る事が私の務めだから…。






「あなた自身が幸せでないのに…どうして皆の幸せが願えるのですか?」






彼女に言われた一言が…胸に響く…。





「確かに…皆の幸せを祈る事は大切な事です。

 けれど…あなたも1人の女性ですわ。ご自分の幸せも望んで下さい。」




私の…幸せ…?





「アスランもそれを承知で仰っているのですわ。

 ですから…同じお気持ちであれば迷わず彼の手を取って差し上げて下さい。

 アスランが慰霊碑の前で待っていらっしゃいます。」




















「アスラン…様…っ…」



ラクス様の言葉に、私は迷いを断ち切って慰霊碑へと走った。



海沿いに置かれた慰霊碑には多くの命が祀られている。



私も…幾度と訪れたこの場所…。



平和を祈る為に訪れた場所…。



そこに待つのは、私が初めて愛した人…。













「良かった…来てくれて…」



あの夜のように…柔らかく微笑んでくれる彼…。




「あの…っ…私…」



何と言ったらいいのか分からなくて…



「君を困らせるだけなんじゃないか…って…すごく悩んだんだ。

 でも…どうしても伝えたくて…受け入れて欲しくて…

 君を…巫女としてじゃなく、1人の女性として愛してるんだ。」



「アスラン…様…」



そう言ってくれた人も初めてで…


嬉しくて今にも涙が零れそう…。








「頭から…アスラン様の事が離れないんです。

 あの夜…助けて頂いてお話して…それからずっと…

 でも…その気持ちを認めてしまったら巫女には戻れないような気がして…。」




「君が巫女を続けたいと言うなら…無理強いはしない。

 でも…君が俺の手を取ってくれるのなら、何に変えても君を守る。約束する。」




差し出された手…


私の気持ちを…汲み取ってくれる優しい彼…




巫女としてでは無く…女として私を必要としてくれている彼…










その手を…ゆっくりと…取った。














「アスラン様を…愛しています…。」




















「あ〜あ。私にも王子様が現れないかしらぁ。」




小さな鞄を手に…育った神殿を後にする。




「アスランさん、を宜しくお願いしますね。」



「あぁ…。」










外の世界を知らない私…


でも、傍に居てくれる人がいるから…



手を繋ぐ事さえ不慣れな私を包み込んでくれる人…。



世界中にたった1人だけでいい。




そう…1人だけ…













【あとがき】

また長々と書いてしまいました…。

話を展開させるのに頭を抱えてしまい、気付けば長い(汗)

細かい指定まで下さったのに、きちんと生かされているかさえ微妙…。

アルテミス様、ご期待に添えられていなかったら申し訳ありませんです(汗)

巫女のままアスランとハッピーエンドにするべきか…

巫女を辞めてアスランとの未来を選ぶか…

最後まで悩んだのですが、巫女という立場を捨てるのも愛が故。

…という事で、こういう結果になりました。


様、最後までお読みくださってありがとうございました。








2005.8.16 梨惟菜










TOP