お姫様の悪戯





















「オーブの遊園地って大きいね…。」




「あぁ…そうだな…。」









ごく普通に繋がれている、彼女の右手と彼の左手。



入場ゲートを通過した直後、視線が向かったのは大きな観覧車。




遊園地のメインとも言えるそれはとても大きく…


一番奥に位置しているにも関わらず、その壮大さは溜息が出そうな位で…。




地元民では無い2人を驚かせるには十分な大きさ。

















「えっと…アレックス…は何に乗りたい?」


ゲートで渡された園内の案内図を広げた彼女は行き先を彼にに問う。



の行きたい場所でいいよ。」



「でも…。」



どうも、こう言った決定を委ねられるのが苦手な私は頭を抱え込む。


どれも魅力的な乗り物ばかりで…。


何を一番に…とか、何を最後に…とか…迷っちゃう。




「じゃあ一つだけ…」



「なぁに?」



一つと言わず、全部決めて欲しい勢いなのだけれど、それでも意見を述べてくれるのは嬉しい。



「観覧車は日が落ちて、最後。」



「最後?」




「そう。それだけは俺の希望、聞いて欲しいな。」


「うん。分かった。」


「じゃあ、無難に時計回りで行こうか。」



「うん。」





再び手を繋いだ2人は人込みの中に消えて行く。




















「まぁ…聞きました?観覧車は最後ですって…。」



「うん。下心、ミエミエだよね…。」




辛うじて2人の会話が聞き取れる場所から様子を伺う怪しい影…


2人の…というか、アレックスの言葉に過剰反応する、茶とピンクの男女。




「大体、アスランはおかしいですわ。」


「何が?」


「遊園地では時計と反対に回るのが基本ですもの。」



「え?そうなの?」



「当然ですわ。人間の心理として、時計回りに進んでしまうのは当然。

 つまり、遊園地では逆回りに進むのが混雑を避ける基本ですもの。」






そんなラクスの手の中にあるのは、

『恋人同士で過ごす、テーマパークの休日』と書かれた本。






「お前達…何でそんなにアスランとのデートに文句を付けるんだ?」



「そう言いながらちゃっかりここに居るカガリはどうして?」




「そ…それは!お前達が2人の妨害をしたらいけないと思って…

 キラこそ!アスランは親友だろ?2人の仲、応援してやったっていいじゃないか…」




はマリューさんの大事な妹だよ?心配じゃない。アスランが変な事しないか…。」



自分の親友がそんなに信用出来ないのか…?



カガリは言いたかった言葉を呑み込んだ。




「お2人とも…呑気に雑談している場合ではありません。追い掛けますわよ。」





















「やっぱり何か…違和感が無い?」



まずは一番手前にあったジェットコースターに並ぶ2人。



彼女が口にした一言に、後方に並ぶ3人はドキリと反応する。



もしや…尾行に気付かれた!?




「何が違和感なんだ?」




「…名前…。」



「あぁ…」



「今日くらいは…本名で呼びたいかな…って。」





初めてのデートなんだし…


ここでは皆、私達の事なんて知らない訳だし…。



今日くらいは許されるんじゃないかな…って。




「そうだな。じゃあ、今日一日はって呼ぶよ。」



「じゃあ…私もアスランって呼ぶね。」
















特別な事情でこの国に暮らす私達…



やむを得ず、本当の名前を偽り、造られた名前を語る。



この国で生きていく為に必要な事。



それは分かっているけれど、記念すべき初デートくらいは…。



恋人達の事情を優先してもいいんじゃないかな…って。









「アスラン。」



「ん?」




「呼んでみただけ…。」




照れたように舌を出して笑う仕草も可愛くて…。



皆と過ごす時間も決して嫌いではないけれど、やはり彼女と2人きりの時が幸せだと…



アスランも顔を綻ばせる。




















「一番最初にジェットコースターだなんて…邪道ですわ。」



何かとアスランの行動に文句を付けるラクスに、最早反論する者は居ない。



「やっぱり…アスランは女性の気持ちが分かっていませんわね。」



「そうか?私は最初にジェットコースターに乗るぞ?」



「お友達と遊びに来るのとは訳が違いますわよ。」




「どうする?僕達も乗る?」


「乗りませんわ。」



あくまでも今日はアスランの見張りですもの…。







ラクスにとっては大事な親友…。


だから、いくら元婚約者とは言え、アスランを見る目は厳しい。




















「大丈夫か?…」



「う…何とか…」









乗り物から降りた直後、に起こった異変…。



どうやら乗り物酔いしてしまった様で…アスランに支えられ、近くのベンチに腰を下ろす。




「ごめん…あんなに速いと思わなかったから…。」



「ううん、私の方こそ…。今朝ね、緊張しちゃって朝ご飯、食べれなかったから…。」




「何か冷たい飲み物、買って来るよ。」


「ん。ありがとう…。」





冷やしたハンカチをの頬に当て、アスランは売店へと急ぐ。



その後姿を見つめながら、は小さく息を吐いた。





折角の初デートなのに…。


初っ端からこんなんで大丈夫かな…。




半年前までは速度の速い戦艦に乗ってた訳だし…


この程度の乗り物、問題無いと思ったのになぁ…。



油断しちゃった…。




















「ダメですわね…アスランは…。彼女の体調を気遣うのも基本ですわ。」



「ラクスは気付いてたの?僕も気付かなかったんだけど…。」



「お化粧で隠していますけど…顔色が少し良くありませんでしたわ。」



は緊張すると食べ物を受け付けませんし…すぐ顔に出ます。



やはりラクスが一番恐ろしい…




「しかも…具合の悪い女の子を置いて行くなんて問題ですわね。」



「でも…無理に動かしたら余計気分悪くなるんじゃないか?」




が他の男性に言い寄られたらどうしますの?

 この場合は、売店から目の届く場所で休ませるのが常識ですわ。」



「それも…その本に載ってた?」



「基本ですわ。」




















アスラン…遅いなぁ…



売店、込んでるのかな?




額に当てていたハンカチが体温で温くなって…



逆に気持ち悪くなりそうだから、外して手の中に収める。






木陰になるベンチには心地よい風が当たり、気分もだいぶ回復してきたみたい。





次は…もう少しおとなしい乗り物にしよう…。





















「ねぇ…大丈夫?」



「…え…?」




目の前には…知らない男の人…




「何か…顔色悪いみたいだけど…1人…?」




このご時世…下心無く声を掛けてくれる男性が何人いるだろうか…。


明らかに…怪しい…


…って言うか、ナンパ?



この私を…?




初対面の人を信用出来ないのは、元軍人の性なのだろうか…。





「…彼と一緒なので…お構いなく。」



「彼?どこに居るの?君を置いて?」



「あなたこそ…1人で遊園地?」



「友達と一緒だったんだけど…アトラクション待ちで知り合った子と意気投合しちゃったみたいでさ…。」




やっぱりナンパか…





「それより…もう出た方がいいんじゃない?無理しない方がいいよ?」



「大丈夫です。」




「何なら送るよ?」



「あの…ナンパなら他を当たって貰えません?」



「そんなんじゃないって。」



純粋に心配だから…さ。



その顔が逆に怪しさを増しているという事に気付いていないのだろうか…。




あぁ…



体調さえ悪くなかったら…こんなの簡単にかわせるのに…


















「お気遣いどうも。でも、家まで送り届ける役目の人間はちゃんと居るからご心配なく。」




「…っ…アスラン…」




今にも触れられそうな距離…


避け切れなければ力を振り絞って蹴りでも入れようかと思っていた所で、恋人が助けに入る。





「こんなデートスポットでレベル高い女の子引っ掛けようなんて無謀だな…。」



「な…何だよお前は…」



「だから、彼氏。」



普段穏やかな翠の瞳は冷たく突き刺すように睨む。



「今すぐ消えないと…何するか分からないぞ?」




こんな男、殴るのも蹴るのも簡単だけど…


出来る事なら騒ぎは大きくしたくは無い。



折角のデートなのだから…。




















「ごめんな。もっと売店から近い所で休めば良かったな。」



「ううん…大丈夫。ちょうど木陰になっててすぐ回復したし。」



「ちゃんと見張りが居るから大丈夫だと思ったんだ。」



「へ?」





「キラ、ラクス、カガリ…居るんだろう?」








アスランが言うと、植え込みの向こうから3人が姿を現した。




「え!?嘘…何で!?いつから!?」




「朝からずっと、尾行されてたんだよ。」




「流石はアスラン…気付いていらっしゃいましたのね。」



「当たり前だ。これでも元軍人なんだぞ?」




私も…元軍人…なんですけど…










「俺を試すつもりで付いて来てたんだろうけど…がこんな目に合ってるなら助けるべきじゃないのか?」



「あら。それも彼氏に相応しいかどうか…見極める為ですわ。」



「ラクス…まさかさっきの…男の人…」



「さぁ?わたくしは知りませんわ♪」










「さ、もう十分だろう?」



さっさと帰ってくれ…と、アスランは迷惑そうな表情で3人を見る。


幸い、の不調も回復したようで…


けれど、朝から何も食べていないのだから、近くのレストランに連れて行ってやりたいのだ。



「仕方がありませんわね。キラ、カガリさん、帰りましょう。」




















「わ!綺麗な夜景!」



窓から見える夜景には目を輝かせる。



子供の様にはしゃぐその姿にアスランも満足そうに微笑む。



「ほら…アスランも見てよ。」



「あぁ…綺麗だな。でも…見てる方がいい。」



「な…///」



そんな事…言わないでよ…


これじゃあ、意識しちゃって景色どころじゃない…。




2人を乗せたゴンドラは、ゆっくりと頂点へ向かう。




「今日…楽しかった?」



「凄く…楽しかったよ。」



「隣…行ってもいい?」



「どうぞ。」




少し頬を染めながらが問うと、アスランは笑顔でゴンドラの端へ寄る。




「私も…凄く楽しかった。」



また来たいな…。



「じゃあ…今度は夏のにしようか。夏は花火もあるみたいだし…。」


「本当!?」



「あぁ。約束だ。」



「うん。」




小指と小指を絡め…約束を交わす。


そしてそのまま…惹かれ合うように…




そっと…唇が重なった。




地上50mでの甘いキス…。




















「流石はアスランですわね…。」



帰りの助手席で、ラクスは満足そうに微笑む。



「何が?」




ラクスだけが気付いた事…。




アスランが何故、時計回りに進んだのか…。





「最初にわたくしたちの尾行を撒く為に人込みへと進んだのですわ。」




それに気付くラクスも流石だと…



キラは目を細めて笑った。



















【あとがき】

少し長くなってしまいました。

全体的にまとまりのないお話だったかも…。

アルテミス様、リク内容を忠実に再現出来なくてすみません。

黒キラ&黒ラクス…の筈でしたのに…

キラがあまり黒くないですね…。

黒キラの修行を積みたいと思います…。



2005.8.1 梨惟菜










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