「母上・・・その話はまた今度にしてもらえますか?」



「いつもそう言うが・・・いつになったら話を聞く気になるのだ?」



「・・・まだ俺に婚約の話なんて早いです。」








最近、やたらと母が婚約の話を持ち掛けて来る。


確かに俺は、ジュール家の一人息子だ。


いずれはそれなりの家柄の女性を妻にして、ジュール家の後を継ぐ義務がある。




だが、俺はまだ15になったばかりだ・・・。


婚約なんて早すぎる・・・。











 戦場の歌姫


  〜光のはじまり〜








結婚適齢期・・・


成人年齢の早いプラントでは別に珍しい話でもない。


俺の周囲にも婚約を結んだ友人は何人もいる。




だが、未だその気になれないのは・・・


心から好きだと思える女に出会った事がないからなのだろうか・・・?




婚約の話を持ち出されてもピンと来ない・・・。


俺は異常か・・・?





今は自分の事で手一杯だ・・・。


学びたい事も多いし、いずれは軍に志願しようとも思う。



勿論、情勢が悪化したらの話ではあるが・・・。




今のプラントは至って穏やかで・・・


一部では戦争が始まるのではないかという不安の声もあるが、
今の所、そんな気配は感じられない・・・。











「イザーク、今日こそ話を聞いてもらうぞ。」



夕食後、母がまた婚約の話を持ち掛けて来た。



「母上・・・」


「まぁ、話くらいは聞いたって損はしないだろう?
 あくまでも候補であって本決まりではないのだから・・・。」




これは観念するしかないか・・・

母上もなかなか粘り強い・・・。


とりあえず話だけでも聞いておいた方が無難かもしれん・・・。





「聞くだけでいいんですね・・・。」










目の前に出された資料・・・。


相手の大まかなプロフィールと写真・・・


そして・・・遺伝子の情報・・・。



プラントで肝心なのは遺伝子の組み合わせ。


少しでも出生率を上げるのが婚姻統制の目的・・・。




愛などという感情よりも重視される・・・。






「お相手の方が随分と気に入ってくれていてな・・・。
 良かったら一度会ってみないか・・・?」



それなりに立派な家柄・・・


容姿も悪くはない・・・とは思う。



ただ・・・



俺の心には何も響いて来ない・・・。












「イザーク・・・?」



「まだ開演まで時間もありますから・・・散歩して来ます。」






市の中心部にあるコンサートホールにイザークは居た。


母の付き合いで連れて来られたコンサート・・・。



プラントでも有名な2人の歌姫・・・。


2人とも名家のご令嬢とあって、コンサートには多くの議員が招かれている。





音楽にも政治にも興味のないイザークにとって、退屈でしかない。






ホールの横に並ぶ公園・・・。


夕暮れの時間だけあって、人は少ない・・・。





池沿いに広がる芝生に腰を下ろし、赤く染まった夕空を仰ぐ。




目の前に広がる池のほとりに、一人の少女が居た。







栗色の髪をなびかせ、しゃがみ込んだ少女は白く長い指を水に絡ませた。



夕陽で反射した水面に照らされ、少女の頬が赤く染まる。




その繊細そうな表情に、イザークは心を奪われた・・・。








!!そろそろ時間だぞ!!」



「はぁい!!今行く!!」




と呼ばれたその少女は彼女の名を呼ぶ少年の元へと走り去って行った・・・。





・・・』


その少女の名を心に刻む・・・。



彼女にまた会えたら・・・


・・・俺は何を思ってるんだ・・・





軽く頭を振ったイザークは立ち上がり、ホールへと足を進めた。
















「遅かったな・・・。」



「すいません。」





ホールへ戻ったのは開演ギリギリだった。


エザリアの隣に腰掛けたイザークは黙ってステージを見つめる。



2人の歌姫・・・。



ラクス・クラインは有名な歌姫だった。


音楽に疎いイザークでも歌は聴いた事がある。



民衆を惹き付ける魅力的な歌声・・・。





もう1人の歌姫・・・


名は・・・・・・。


クライン家程ではないが、それなりの家柄・・・。



まだ歌を聴いた事はないが・・・



・・・』




先程、公園で見た少女と同じ名前・・・



ひょっとして・・・





その時、ホールの照明が落ち、ステージにスポットライトが当たる・・・。





その中心に立った歌姫は・・・


さっき目にした少女だった・・・。





一瞬にしてその姿に惹き込まれた。



ステージ衣装に着替えた彼女の姿はより一層美しく、
イザークのアイスブルーの瞳は彼女以外を映さなかった。








恋焦がれて 待ち望んだもの
どれだけ願っても 手に入らない愛
それでも求めてしまうのは
他に何も 見えないから
あなた以外 見えないから


もしも願いが叶うなら
欲しいもものは 一つだけ
あなたの心を 私にください・・・






の奏でる歌にいつの間にか聴き入っていた。


初めて聴くフレーズなのに・・・

自然と心に染み入る曲・・・








歌い終えたは、眩しい程の笑顔を見せた。

彼女の視線の先には・・・


公園で彼女を呼んだ少年の姿・・・。




あぁ・・・




イザークは悟った。


彼女の歌う歌はあの男を想って歌ったものだと・・・。








「パトリック!久しぶりだな・・・。」



公演後、母に連れられ挨拶回りに借り出された。


国防委員長のパトリック・ザラ・・・。



その隣には・・・先程の少年・・・




「あぁ、息子のアスランだ。
 アスラン、こちらはジュール家のご子息のイザーク君だ。
 お前より1つ年上にあたる。」



「初めまして。アスラン・ザラです。」



「初めまして。イザーク・ジュールだ。」




アスランは笑顔でイザークに手を差し出す。

イザークもまた、握手で返した。




「そう言えば・・・ラクス嬢との婚約が内定しそうだと聞いた。
 おめでとう。」



「あぁ、まだ公式には発表していないが、もう決まったも同然だ。」





ラクス・クラインと婚約・・・。



その言葉にイザークは顔を歪める。



彼女は・・・嬢はこの事実を知っているのだろう。



だから・・・あんな歌を・・・。










何も知らない鈍感な男・・・


彼女がどんな想いであの歌を歌っているのか・・・




全く気付いていない様子のアスランにイザークは苛立つ。






「元々は嬢を通じて知り合ったんだったな・・・。」



「あぁ、彼女とアスランは幼馴染でな。」





幼馴染・・・


その言葉にイザークは更に顔を歪める。




「母上、すいませんが用事を思い出したので先に失礼します。」











胸がざわめく・・・


夜の風が冷たく頬を突き刺した。




彼女の切なさのこもった歌声が頭から離れない・・・。


彼女のアスランを見つめる寂しげな瞳が離れない・・・。



この気持ちは何なんだ・・・?





彼女に・・・会いたい・・・



そんな想いが心を支配していた。




そうか・・・


これが・・・愛するという感情なのか・・・













「母上・・・お願いがあります。」



「どうした?」



「遺伝子の組み合わせを調べて頂きたい相手がいます。」




その言葉に、エザリアは驚いた。


何回も持ち掛けたが興味を示さなかった婚約の話・・・。



それをイザークの方から願い出るとは・・・



「調べてどうする?」


「もしも可能性があるのであれば・・・
 婚約を申し込みたいと思っています。」






結ばれないと分かっている相手を想う少女。


その少女に惹かれてしまった少年・・・。






時間を掛けてでも・・・


彼女の事を知り、自分の事を知って欲しい・・・。





そう思える相手に出会ったのは初めてだった・・・。





動き出した運命の歯車・・・。



イザークはまだ知らない。



これから長い時間をかけて、彼女と深く関わって行く事を・・・


その先に待つ、切ない運命の結末を・・・




それでも・・・

愛してしまったから・・・

求めてしまったから・・・




もう、後戻りは出来ない・・・。









【あとがき】


 『戦場の歌姫』初の番外編でした♪
 このお話のもう1人のヒーローと言われた(笑)イザークのお話です♪
 ・・・ってこれ、夢じゃねぇ・・・
 ヒロイン喋ってないし・・・
 さとぴ様、すいませんです!!

 でも、本編でヒロインが初めてイザークと会うシーン出してしまってるので、
 どうしてもヒロインと絡める事が出来ませんでした〜。

 その代わり、ここでアスランと初対面して貰ってます。
 この2人、実際はいつどこで出会ったんだろ・・・
 やっぱアカデミーでしょうか?

 ・・・という訳で、梨惟菜も密かに書きたいと思っていた、
 イザークの一目惚れエピソードでした♪
 いかがでしたでしょう?

 さとぴ様、初のリクありがとうございました♪
 ご縁があったらまたリクしてくださいませね♪




 2005.2.17 梨惟菜  



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