「あ………」
「…どうしたんだ…?」
久し振りにクローゼットの整理をしていた彼女が何かを見つけて声を上げた。
ノートから数枚の紙切れがハラリ…と落ち、床に散らばる。
「これ…」
「何?」
彼女が手に取った紙には見慣れない記号が沢山並んでいて…
それでも彼女にとっては日常見慣れた物。
「あぁ…楽譜?」
「うん。随分古いんだけど…。」
少し陽に当たって端が変色していた紙を見つめながら、彼女は懐かしそうに目を細める。
「その曲…が作ったのか?」
「そう。何年前だったかなぁ…。」
戦場の歌姫
First Love
「そう言えば…私達って出逢いがないよね…。」
「…出逢い?」
「ホラ、普通のカップルってあるじゃない?
『出逢ったきっかけは?』みたいなエピソードが…。」
「あぁ…」
出逢いが無くて当然だ。
2人は気が付けば一緒に居たのだから…。
今から19年前…
閑静な住宅街に新しく並んだ2軒の大きな住宅…
そこへ越して来たのは2組の新婚。
新妻同士、すぐに打ち解け親しくなり…
そして3年後…
この世に生を受けた2人の男女…。
「初めて会った時の事なんて覚えてる筈無いんだよな…。」
「そうね…赤ちゃんだったし?」
クスクスと笑いながら…小さい頃の事を思い返していた。
「〜」
「あ…アスランだぁ…」
を探すのは簡単。
いつも彼女専用の遊び場に居るから。
小さい頃には大き過ぎたそのブランコも13歳となった今では十分なサイズ。
そのブランコを揺らしながら、はニコニコと微笑む。
「そうだ…私ね、今度歌を歌うのよ。」
「…歌?」
「そう。大きなホールで歌ってみないか?って言われて…。」
前に何かのパーティーで歌った事があって…その時に会場に居た専門家の人が家に来て…
「それって…歌手になるって事?」
「う〜ん。まだよく分かんない…。」
「そうか…。」
もしも私が有名人になったら…
少しは私の事、気にしてくれるかなぁ?
小さい頃から一緒に居て…兄妹のように育てられて…
色んな事情で、幼馴染のキラには兄妹として通していたけれど…
やっぱりアスランは私の事、妹みたいに思ってる…。
私は違うのにな…1人の男の子として意識してるんだけどな…。
「?どうしたんだ?」
「ううん…何でもない…。」
そんな事…聞ける筈も無くてただ俯く。
妹として扱われるのは嫌だけれど…気持ちを知られて避けられるのはもっと嫌…。
私…そんなに強くないもの…。
「ちゃん、彼女が今回一緒に歌うパートナーだよ。」
「え…?」
「初めまして。ラクス・クラインですわ。」
今回のコンサート…2人で歌うというのは聞かされていたけれど…
まさかプラント1有名な歌姫が私のお相手だなんて…
「は…初めまして…・です…。」
モニターの前では何度も見ていたけれど…雰囲気のある人だなぁ…。
本当に同い年…?
自分よりも幼く見えるけれど…ふとした瞬間には大人びた表情を感じさせる…
不思議な人…
「さんの声、とても綺麗ですわね…。」
「え…そんな…ラクスさんこそ…」
「まぁ…私の事はラクスとお呼び下さいな。」
「わ…私の事もでいいです…。」
「…そうでしたわね。私達、同い年ですものね…。」
そうして気が付けば私とラクスは親しい友人になって…。
そして皮肉にも…彼女は私の大事な人の婚約者と定められた。
けれど…ラクスは大事な友達で…彼女が幸せになれるならそれも仕方の無い事だと思ってた…。
「……?」
「…え…?」
急に声を掛けられて我に返る…。
「ボーッとして…どうしたんだ?」
「…昔の事、思い出してた。」
「昔の事?」
「初めて人前で歌った時の事とか…ラクスに出逢った時の事とか…。
あと…初めて失恋した時…とか?」
「…失恋?」
「そう…生まれて初めての失恋。」
の言葉を聞いて、アスランはムッとした表情になった。
「アスラン?どうしたの?」
「…の初恋って誰?」
「…へ…?」
「キラ?それとも他の幼年学校の…?」
まさかイザークじゃないよな…?
アスランの惚けた発言には目を丸める。
アスランってここまで鈍感だったんだ…
ずっと一緒に過ごしてたけど…ここまで酷いとは思ってなかった…。
「あの…アスラン…?」
「何だ?」
「私の初恋…アスランだよ?」
「え…?」
今度はアスランが目を丸める。
「だって失恋って…」
「…ラクスと婚約したでしょ?」
「あ…それは…」
「私の中では大事件。」
むしろ、この世の終わりだと思ったわよ…。
ずっと大好きだった人には妹扱いされて…しかも自分の友達と婚約…
「アスランって本当に鈍感だよね…。」
「そ…そんな事…っ」
「イザークでさえ気付いてたのよ?私の気持ち。」
優しくて頼りがいがあって…そして鈍い…。
分かってる事ではあったけど…ね…。
片想いしていた頃の事を思い返すと…今では懐かしい思い出…かな?
「で…?その楽譜は?」
「…アスランを想って作った詩。」
「…どんな歌?俺、楽譜読めないんだよな…。」
鳥のように羽ばたけるのならば 飛びたい
大好きな アナタの元へ
空を見上げれば 澄んだ青空が広がる
広大な天空を アナタと見上げたい
隣にいられる幸せ 私の気持ち
アナタへ届かなくても 私の想いは・・・
恋と呼べる気持ち 凄く苦しくて
愛と云う感情 私だけが感じている
好きと云う心の温かさ 胸に秘めて
伝わる想い 叶わぬ心
儚く脆い人の心は 失うモノが大きい
例え片想い 去れど片想い
アナタを好きであることに 変わりはない
逃げる自分が情けなくとも
止める事など出来ない 恋と云うもの
届かなくても良い ただ側に居たいだけだから
素直になれない自分を 許して
アナタに 「好き」と云えない私を・・・
「この歌…」
何度も聴いた事のある曲だった…。
歌詞を真剣に聴いた事は無かった気がする…。
でもそれがまさか…自分の事を想って歌ってくれていた詩だったなんて…。
「何か…改めて歌うと恥ずかしいね…。」
歌い終えたは頬を紅潮させて俯いた。
「俺…気付かなかった…。の歌に込められた意味。」
彼女に『鈍感』と言われても反論出来ない…な…。
「アスランの鈍感は今に始まった事じゃないからね…気にしてないよ。」
今ここに…隣にいてくれる事が全てだから…。
確かに寄り添えるようになるまで、だいぶ遠回りしちゃったけど…
それまでの過程も、きっと私達には必要な事だったんだよね…?
「いけない…もうこんな時間…」
片付けをする筈が気が付けば夕陽が傾き始めていた。
「本当だ…」
部屋をオレンジ色の光が包み込む。
「夕食の買い物もまだなのに…」
片付けは終わっていないけれど、仕方なく出していた物をクローゼットへと戻し始める。
「、折角だから今日は食事に行こうか?」
「え…?」
「こうやって2人の休みが重なるのも久し振りだし…な?」
「…そうね…。」
『アスランとは何処で知り合ったの?』
『アスランを好きになったのはいつ?どんな瞬間?』
そんな質問をされても答える事なんて出来ない…。
気が付けば隣にいたし…気が付けば惹かれていたから。
「は何が食べたい?」
「ん〜?アスランと一緒なら何でも…」
【あとがき】
…設定としては、種〜運命の間に起こったエピソード…です。
アスランとの出逢い、ラクスとの出逢い、歌手になったきっかけ…
この3点がリクの内容でしたが…
大変申し訳ないです…。
ヒロインとアスランは産まれた時からお隣さん同士だったという設定がありまして…
どうしても出逢いのシーンが書けませんでした。
ユーリ様、済みません。
2人(ヒロイン?)の回想シーンという形で書かせて頂きました。
いかがでしたでしょうか?
ちなみに作中で登場したヒロインの歌ですが…
以前、ユーリ様から頂いた詩です。
ヒロインがアスランを想って歌った歌…という事で、作中で使わせて頂きたいと思っていたのですが…
ちょうど今回こういうリクを頂きましたので使わせて頂きました。
本当にありがとうございます。
2006.1.29 梨惟菜