Cheers!
助手席に座る彼女はいつになくご機嫌だった。
ラジオから流れる流行の音楽に体を揺らし、時折鼻歌交じりに歌詞を口ずさむ。
晴れた日の午後…
「ご機嫌だな。」
「え…そう?」
「そんなに楽しみだった?」
「そりゃあ…初めてのお宅訪問だし?」
そう…
向かう先は彼のマンション。
付き合って半年は軽く過ぎているというのに、初めての訪問なのだ。
気が付けば半年…
彼は持っている…私の部屋の合鍵。
でも私は持っていない…彼の部屋の合鍵。
それを友人に話したらそれはおかしいと口を揃えて言った。
言われてみれば…おかしい…かも?
付き合い始めの頃は外でデート。
勿論、彼の車で遠出して…素敵なレストランで食事をして…
帰りは私のマンションの前まで送ってくれて…
いつも送ってもらうだけじゃ悪いからって、お茶に誘って部屋に入れてから、
時々彼が私の部屋を訪れるようになった。
今でも基本的にデートは外だから気にしてなかったけど…
彼の部屋…
何で今まで見たいって思わなかったんだろう。
それが不思議でたまらなかったけど、今更彼に言い出せる筈も無く…
案外難しいものなのね…
ただ、彼の私生活を垣間見てみたいだけなんだけど。
そりゃ…一応は恋人なんだし?
言い出すタイミングなんて分からないと悩んでいたら、
偶然にも彼が私達の会話を聞いて割り込んで来てくれた。
そして今日という記念すべき日に至る。
「俺のマンションもの部屋と同じ最上階でさ…夜景はかなり綺麗だぞ?」
期待していいぞ…と彼は自慢げに語る。
「…女は皆夜景が好きだと思ってるでしょ…」
「あれ?好きじゃ無かった?」
「…大好きだけど…」
「じゃあ問題無いだろ?」
そうだけど…
そんな定番な言葉に反応しちゃう自分がちょっと嫌だったりして…。
でも夜景という単語に惹かれたのは事実。
最上階って言っても私の住むマンションは5階建て賃貸だしなぁ…。
ムウは…元エリート軍人だし?
賃貸じゃなくて分譲だし?
凄いよこの人…
そう思いながら、窓の外に視線を移す。
「わ…」
大きなマンション…
確か…最近出来た話題のマンション。
この辺りでは勿論、一番の高層建築物で…
こんな所に住んでるのは行政府のお偉いさんとかなんだろうなぁ…。
「…って!!」
「何?」
ムウの車は迷わずそのマンションの地下駐車場へと向かう。
「ムウの家って此処!?」
「そうだけど?」
ちょっと待った!!
冗談…でしょ…!?
しかもこの人、最上階って言ったよね!?
同じ『最上階』でも私の家の4倍ありますけど…
「しかもこれだけの広さがあるのに各フロア4世帯しか無いし…」
流石は高級住宅。
エレベーターはガラス張りだし…やたら高速だし…
悔しいけど眺めは最高だし…
まさか自分の恋人がこんな俗世離れした世界の住人だったとは…
「エースパイロットって儲かるのね…」
「いや…俺の場合は単に金を使う時間が無かっただけだろ。」
「まぁ…確かにそうだけど…」
「ここが俺の部屋。」
案内されたのはエレベーターから一番離れた奥のドア。
滅多にお目にかかれる場所じゃないと思ってたんだけど…
「…わぁ…」
予想通りと言うか…
広いリビングにはほとんど物が無い。
インテリアは黒で統一されていて…一言で言えばシンプルだ。
「凄い! 街が一望出来るっ!!」
窓からの眺めは絶景と言っても間違いは無い程の眺望。
街並みはおろか、海まであっさりと見渡せる。
「で?この袋は?」
無造作に置かれた袋を持ち上げ、ムウははしゃぐに問い掛けた。
「あ…夕食の材料。」
「にしては随分と大荷物だな…」
「ムウ、普段料理しないって言ってたから器材も一緒にね…」
「なるほどね…」
「でも材料も持って来ておいて正解だったな…」
こんな高さに住んでたら、外に出るのも億劫になっちゃいそう。
「よく引きこもりにならないねぇ…。」
「だから部屋に物を置かないようにしてるんだよ。」
「なるほど。」
苦笑しつつ、キッチンへと足を踏み入れる。
確かに何も無い…
それでもフライパンとか包丁とか…
最低限必要なキッチン用品は揃ってるみたい。
「あ…」
「今度は何だ?」
次に興味を奪われたのはガラス張りの棚。
色んな形のビンが綺麗に並べられていて…
「…お酒…?」
コレクションか…と聞きたくなるくらい、結構な種類…
「ムウってこんなに飲むの?」
「いや?単なる趣味かな?
一晩に飲む量は2、3杯って所だ。」
「ふうん…。」
知らなかった…
いつも車だから飲んでる所なんて見た事無いし…。
「そういや、と飲んだ事は無かったな。何なら何か作ろうか?」
「や…私、飲んだ事無いし…」
「………マジで…?」
何その間は…
「マジ…だけど?」
「お前…どこのお嬢さんだよ…」
「そんなに珍しい事なの?」
「だってお前…もう25だろ?
普通、1回や2回は飲んだ事あるだろ…マジで一度も?」
「マジで。」
「何か本格的〜。」
気が付けば陽は落ちて…
辺りは夕闇に包まれ始める。
街には明かりが灯り、ムウの言っていた『最高の夜景』はどうやら本物のようだ。
夕食も終え、ベランダから夜景を眺めていると、彼がキッチンで何かを始めている事に気付いた。
「何作ってるの?」
グラスに注がれたオレンジ色の液体に首を傾げる。
「用のカクテル。」
「私用?」
「甘いヤツだからでも飲めるだろ。」
そう言って置かれたグラスから、甘い香りが漂う。
「飲んでみな。」
「…頂きます。」
コクッと一口含むと、甘い味が広がる。
「美味しい…ジュースみたい。」
「カシスオレンジだからな。」
「これ…ホントにお酒?」
「一応。」
これなら何杯でも飲めそうな勢い…。
ジュース感覚で一気に飲み干す。
「でもお酒だからな…あんまり調子に乗ってると後で来るぞ?」
「へぇ…そうなんだ…」
そう言いながら、ムウは新たに何か作り、それを煽っている。
「それは何…?」
「コレか? コレもカクテルって言えばカクテルなんだが…」
「美味しい?」
「俺的には…な…」
もしかしてお酒に興味を示したか?
カシスオレンジ程度では何ともなさそうなの様子にちょっと残念な気分になる。
もう少し強いのを飲ませても良かったかもしれない…
そう思った自分の頭の中は確実に邪な考え。
「じゃ、次はコレな。」
「…さっきのと同じ色じゃん…」
「コレはカンパリオレンジ。
同じオレンジだけど、ベースに使ってる酒が違うんだ。」
「ふぅん……… あ、美味しい。」
結構いける感じか…?
「ね…ムウが飲んでるの、一口ちょうだい。」
飲み掛けていたカクテルにはちょうど一口分程度の量が残っていた。
「コレはちょっと強めだけど大丈夫か…?」
「一口くらいなら平気でしょ。」
う〜ん…と唸るような仕草の後、ムウは手にとってそれを一気に飲み干した。
「ちょっと!何で飲んじゃうのよ!!」
不満げに立ち上がると伸ばされた手が後頭部を包む。
「え…ちょっ…!!」
あまりに一瞬の出来事で身動きが取れなかった。
「…ぅ…んっ…!!」
素早く重ねられた唇…
強引に唇をこじ開けられ…冷たい液体が口内に流れ込む。
何も口移しで飲ませなくても…
頭がおかしくなりそうだ。
コレは…お酒の所為…?
「…はっ…!!
…苦っ…!!」
「だから言ったのに…」
さっきまで飲んでた味とは全く想定外のものだった。
口内に広がる苦味と、喉を通過する熱に頭がクラクラする。
「カクテルって言っても種類は様々だからな…。
俺が飲むのは度数の高いヤツばっか。」
ちっとも美味しくない…っ…
力が抜け、床に座り込みそうになった所をムウが慌てて支える。
「だから連れて来たく無かったんだよなぁ…。」
「へ…?」
「まだの部屋だったら抑えが効いたんだけど…」
「何言って…」
そのまま抱き上げられ、ムウはリビングを横切る。
「流石にこんなを見せられちゃ、俺も限界があるぞ?」
「ちょ…っ…もしかして…」
「家まで送ってやりたくても今日はもう飲んでるしな…。
このままお泊りしてもらうしかないだろ?」
そう言って再び重ねられた唇。
今度は苦味じゃなくて…甘い味。
私が飲みかけてたカクテル…いつの間に…
「…ひゃっ…」
首元の開いた服を着て来て失敗だった…。
簡単に寄せられた唇によって、鎖骨に赤い華が咲く。
「それとも…俺にこうされるのは嫌?」
「…ずるい…」
「聞きたいんだよ…男って生き物はさ…。」
「…ん…」
ヤバイ…頭がボーッとする…
ってか、今何時??
手探りで枕元を探ってはみるものの、何も当たらない。
観念して起き上がると明らかに見慣れない風景が眼前に広がった。
寝室までじっくり眺めてる余裕、無かったよ…
肝心の家主の姿はこの部屋に無く、私の私服は綺麗に整えられて置かれていた。
「…コレ…」
枕元に置かれた1つの鍵…
シンプルな赤いリボンが結ばれた見慣れない鍵に頬が赤く染まったのに気付いた。
私がこの部屋の住人の一人になるのは、もう少し先のお話。
【あとがき】
だーーーーー
何だコレ…(汗)
アダルトですか!?
コレはアダルトなムウさんの部類に入りますか!?
自分なりに精一杯のアダルトなムウさん。
むしろ完全な妄想世界です。
アダルト=裏 かなぁ…ですけどね…
裏ムリ!!
考える前に自分が壊れます!!
一応、無い頭使って書いてみました。
こんなんで大丈夫でしょうか…??
あ、ちなみにタイトルは『乾杯』って意味です。
お酒ネタなんで…一応。
お酒、全然詳しくないんで一応調べてはみたんですが…
結局自分が普段飲む物使ってみました…はい。
何でムウさんの部屋にオレンジジュースがあったのかは追求しない事。(笑)
いじられるの覚悟の上で書かせて頂きました。
姐様に献上させて頂きます(恥)
ここまで読んで下さってありがとうございました。
2006.10.9 梨惟菜