君は言った…
『いつか…本当に好きな人の為に作るんだ』って。
君がその『本当に好きな人』を見つけるのはいつだろう…
その相手が…俺だったら…
そんな浅はかな考えはとても口に出来なくて…
でも、いつまでもこの穏やかな時間は続かないんだろうな…。
Birthday Cake
「ん…っ…」
背中に感じた温もりが意識を現実に引き戻した。
「ごめん…起こしちゃった?」
「ん…大丈夫…」
薄手の毛布を掛けてくれた彼女は申し訳なさそうな表情。
「…もうこんな時間か…」
外は既に真っ暗だった。
段々…陽の落ちる時間は早くなる。
秋とはそういう季節だ。
「疲れてるみたいね…差し入れ、持って来た。」
「あぁ…済まない…」
彼女が机に置いてくれたのは、近くの小さなケーキ屋の箱。
「ここのチーズケーキ、好きでしょ?」
「あぁ…甘さも程好くてな…」
「お茶、淹れて来るね。」
まるで自室のキッチンの様に馴染んだ感覚。
きっと…この部屋の主であるアスランよりもずっと馴染んでいるだろう。
アスランの好きな紅茶…食べ物…味…
今…私が一番彼の事を理解している…
そう…思ってもいいのかな?
私のこの手の中にある彼の部屋の合鍵は…
その為に作られた物だって…そう思ってもいいのかな?
「やっぱりの淹れる紅茶が一番だな。」
「お世辞言ったって何も出ないよ?」
「純粋にそう思ったから口にしただけだよ。」
「じゃ…素直に褒め言葉として頂戴しておきます。」
アスランのその穏やかな笑顔が見れれば…それだけで十分よ。
「もうすぐアスランの誕生日…だね…。」
「そうか…もうそんな季節…なんだな…」
こうやって…俺達が一緒に過ごすようになってもう1年…
もう…過去の傷なんてとっくに消えている。
1年前に失った…大切な恋。
俺もも…真剣だった恋。
お互いに別の人に恋をしていて…想い合っていて…
そして…俺達は同じ日にそれを失った。
偶然が引き寄せた偶然の糸…
欠けたパズルのピースを埋める様に生まれた新しい感情。
ただ…傍に居たい…
一時的な感情の高まりかもしれない…
単なる同情なのかもしれない…
自分の心に問い掛けながら…1年が過ぎた。
でも、本当は気付いていたんだ。
一時的なものでも…ましてや同情なんかでも無い。
紛れも無く、真実の愛なのだと。
同じ想いを抱いて涙した…を心底愛しいと思った。
だから…俺は心を開いた。
君を手放したくなくて…引き止めたくて…
卑怯な男だろう?
でも、君の心は俺の元には無いと知っている。
じゃなきゃ…君は言わないだろう…
『チーズケーキは…本当に好きな人にしか作らない』と…。
料理上手な…
俺の好みを把握してくれている…
だけど…俺が好きなチーズケーキは決して作ってくれない。
それが…君の答え…
「アスラン、誕生日は空いてる?」
「え…?」
「お祝い…しない?」
「…いいのか?」
「私の時だってお祝いしてくれたじゃない。」
そう言っては柔らかく微笑んだ。
「…作っちゃった…」
何であんな思い出話をしてしまったんだろう…と何度後悔した事か。
元彼と同じ物が好きだったなんて…
何で男の人ってチーズケーキが好きなんだろ…
一生懸命練習したチーズケーキの味には自信がある。
でも…そんな彼の為に必死だった自分を思い出すと悲しくなって…
アスランと親しくなってすぐの頃にふと口に出してしまった。
『もうチーズケーキは好きな人の為にしか作らない』って…。
その後にアスランも好きだって知って…
本当は作ってあげたかったのに…どうしても作れなかった。
拒絶されたらどうしよう…って…
それだけが怖くて…
あの頃の私は1人で居る事がとても怖くて…
失った恋を実感するのが怖くて…
まるで利用するかの様にアスランと一緒に居た。
アスランも…きっと同じなんだと思う。
一見、恋人同士の様に見える私達の間にはそんな感情は存在していないの。
一方的な…片想いなの。
でも…いつまでも私の我侭でアスランを縛る事なんて出来ない。
だから決めたの。
アスランの為にチーズケーキを作ろう…って。
そして…終わりにしようって。
心を…想いをこめて作った。
届かないと分かっていても…私はアスランが好きだから。
優しくて…強くて…でも弱くて…
色んなアスランを見て来た。
そして惹かれたの。
だから…この想いは伝えたいって思った。
アスランには幸せになって欲しいから。
私への同情に縛られてはいけないと思うから。
「アスラン、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう。」
「上がって…すぐ食事にするから。」
アスランの好きな料理ばかりを揃えて…
少しでもアスランの笑顔を頭に焼き付けておきたくて…
「何だか今日は元気が無いんだな。」
「え…そう?」
「元気が無いって言うか…ソワソワしてるって言うか…」
「…気のせいだよ…あ…」
「…どうしたんだ?」
「…レモン買うの忘れてた。」
…って言うか、チーズケーキで使い切ったの忘れてた…
食後の紅茶にレモンは欠かせない物なのに…
「買って来ようか?」
「何言ってるの、主役なんだから座ってて。
すぐ戻って来るから。」
「…じゃあ…気を付けて。」
「行って来るね。」
ピンポーン
「……じゃないよな…」
まだが出掛けて5分も経っていない。
それに彼女ならば鍵を持っている筈だし。
部屋の住人が不在という事で居留守を使おうと思ったが…
「お〜い。〜。居ないのか?」
この声は…
「ディアッカ?」
「お…?アスラン?」
知っている声に反応してドアを開けた。
「なら今買い物に…」
「そっか…ま、別に居なくてもいいんだけどさ。」
「…じゃあ何しに来たんだ?」
「あぁ…こないだ皆で飲み会しただろ?
その時にの部屋にワインを置いて帰ったんだけどさぁ…。」
「…そう言えば…」
「ワインなんか飲まないから取りに来いって煩いんだよ。」
「それで取りに来たのか?」
「あぁ。悪いけど取って来てくんない?
多分冷蔵庫に放り込んであると思うんだけどさ…。」
流石に家主が不在の部屋に上がり込もうとは思わないのか、ディアッカは俺にその仕事を頼んだ。
「ちょっと待っててくれ。」
「ワイン…と…コレか…。」
開けてすぐ正面にワインのボトル。
は酒はほとんど飲まないからな…。
料理にでも使えば良かったのに…と思いつつ、ボトルを手に取る。
「…え…?」
その奥に…
手作りらしきケーキが置かれていた。
「チーズ…ケーキ…?」
「あれ…ディアッカ?」
マンションのエントランスでディアッカと鉢合わせた。
「よう。ワイン、貰って帰るぜ?」
2台あるエレベーターですれ違ったのだろう。
彼の手の中には先日から置きっ放しだったワイン。
って…
「ディアッカが冷蔵庫開けたの!?」
「…いや?アスランが居たから取って貰っただけで上がってないぜ?」
「何であんたが開けないのよ!!」
「何で俺が怒られるんだよ!!」
だって…冷蔵庫の中にはケーキが…っ!!
「…た…だいま…」
「あぁ、お帰り。」
アスランは何も無かった様子で出迎えてくれる。
出掛ける前と同じ…ソファに腰掛けた状態で、膝には雑誌。
「ディアッカが来てた。ワインを取りに来たって。」
「あ…うん…下で会った。」
「ワインしか渡さなかったけど…大丈夫だった?」
「…え…だって…ワイン…取りに来ただけでしょ?」
「いや…すぐ近くにケーキがあったから…
ディアッカに渡すのかな…と思って。」
ズキン…
胸に…何かが刺さった。
「のチーズケーキ、初めて見た。
流石…見た目、プロ並だな。」
「……っ…」
拳を握る手が震えていた。
「…チーズケーキって…分かってて…」
「え…?」
「分かっててそんな事言うんだ!?」
「…?」
勝手に涙が零れていた。
悔しくて…切なくて…胸が張り裂けそうで…
「私は…アスランの為に作ったのに…っ!!」
気付けば彼の頬を全力で叩いていた。
「……」
「同情だって分かってたけど…せめてもっとマシな振られ方したかった…っ!!」
「…っ…」
伸ばされた手を払い除ける。
「ごめ…帰って…」
もう終わりだ…
もう…アスランとは一緒に…居られない…
「帰れない。」
「…え…」
「俺も同じ気持ちだから…帰れない。」
「アスラン…?」
「が…好きだ。
だから…冷蔵庫のケーキを見て動揺した。
もしかしたら俺の為に作ってくれたのかもしれない…って。」
「じゃ…カマ…掛けた…の?」
「ごめん…ストレートに聞くのが怖かった…」
「…っ…酷い…っ!!」
思わず振り上げた手首を捕まれた。
「2度も叩かれたら流石に痛いからね。」
「…っ…」
涙でボロボロだった事を思い出して、思わず顔を伏せた。
「本当にごめん…
でも…嬉しかった…
ずっと…特別な感情を持っているのは俺だけだと思ってたから…。」
「私と…同じ…?」
「本当に俺が貰っていいのか?」
「アスランの為に作ったケーキだよ。」
「嬉しい。」
「…叩いちゃってごめん…痛いよね。」
少し赤くなった頬に手を添えると、熱を感じた。
「当然の報いだから…仕方ないさ。」
「…好き…」
「俺も…が好きだ。」
一時の感情じゃなく…同情でもなく…
純粋にが愛しいと思う。
ただ…傍に居たいと思う。
それだけでいい。
が居ればそれでいい。
「プレゼント…ケーキしか用意してないけど…いい?」
振られて…それで終わりだと思ってたからそんな余裕も無かった。
「じゃ…今貰う。」
「へ…?」
不意打ちに唇を奪われた。
あまりに一瞬の出来事で…
初めてでも無いのにまるで初めてキスされたみたいな…
「料理…すぐ持って来るから。」
「…あぁ。」
ほのかに顔を赤くしたがキッチンへと消えて行く。
食事の後には…
ずっと待ち望んでいた彼女からのバースデーケーキ。
【あとがき】
自己嫌悪…
ネタがもう無いんですぅ(涙)
もうネタ箱カラッポです!
苦し紛れに持ち出した自分ネタ(恥)
チーズケーキは食べれませんが、一度だけ作った事があります。
男のた・め・に(馬鹿)
甘さ控えめな所が男性ウケするんですかね?
…という訳で、アスラン、祝☆20歳!!
20歳ですって!ハタチ!!
うっわ…若いなチクショウ…
ささやかながらお祝いです。
今思うと去年はえらくシリアスでしたね…あはは…
アスラン至上主義者として、当日にお祝い出来て良かったです…ホント。
2006.10.29 梨惟菜