君が望む暁

   PHASE−11 傷口



















「熱…下がらないな…」




冷たく冷やしたタオルを額に乗せ、は何度目になるか分からない溜息を漏らした。





ストライク単体で大気圏を通過したキラの体は異常を訴えていた。



地球に降下してからも熱は一向に下がらなくて…



彼の意識が戻らないまま、3日が過ぎていた。







でも…これだけで済んで良かったと言うべきなんだと思う。




普通の…ナチュラルの人間がそんな事をしたら無事では済まないから…。





医者としても未熟な自分がコーディネイターの治療を施すのも初めてで…




目の前で苦しむキラの姿を見て、は表情を歪めた。




















「…失礼します…」




その時、医務室のドアが開かれる…。



その声には腕時計に目をやった。



もうそんな時間なんだ…。







振り返るとそこにはフレイの姿。




この時間になると決まって医務室へとやって来るのだ。




「キラ…大丈夫ですか?」




「…まだ熱が下がらないんだけど…大丈夫だと思う。」




「良かった…。」





フレイは目を細めて安心した表情を見せる。






キラが倒れてから、彼の友人が毎日見舞いに訪れるけれど…



フレイだけは皆と時間をずらして訪れていた。






キラを心配するその表情は他の誰よりも思い詰めていて…





その度にの胸がチクリと痛んだ。













「…じゃあ…私はちょっと部屋で休んでくるから…何かあったら知らせてね。」




「…はい。」





















!」




「あ…ノイマンさん…」





「休憩か?」



「…はい。ちょっと落ち着いたから…。」





宇宙に居る時に比べたらだいぶ艦内は穏やかで…



勿論、今後の動向とか…やるべき事は沢山あるのだけれど。




それでも皆、連戦で疲れていた体を癒していた。










「キラはどうなんだ…?」




「熱がなかなか下がらなくて…。」




「そうか…。」



「でも、大丈夫だと思います。」




「まぁ…ストライクに乗ったまま降下したんだから…無理もないか…。」




「はい…。」


















「ふぅ…」





少し眠ろうと…体をベッドに沈める。



無重力の世界から開放され、何だか体が重く感じた。



でも、その方が落ち着く。



宙に浮いているよりも、地に足を付けて歩く方好き。



走る方が好き…。






それは…この地球が私の生まれた場所だから…。










フレイは…キラの事をどう思っているんだろう…。



毎日1人で訪れては心配そうに寄り添って…




そして、その代わりにサイと一緒に居る光景を目にしなくなった。



それは…何を意味しているの?






また…キラと話が出来る…



彼が戻って来てくれた時には純粋にそう喜んだ。




でもそれは…また彼に苦難の道を歩ませるという事…。




またストライクに乗って戦って…敵を撃って…



そしてキラは再び大きな傷を心に刻む。



どんどんと広がっていく傷口…



だから今は…素直に喜ぶ事が出来ないよ…。



















「…う…ん…」




熱い…苦しい…



息が思うように出来ない…




僕は…



僕は今…どこに居るの…?







朦朧とする意識の中で、自らの記憶を必死に辿る。




確か…地球へ降りるシャトルに乗るのを断って…ストライクに乗って…





頭が…割れるように痛い…







誰かの声が聞こえる…



僕の名前を呼んでる…




君は…誰…?



どうして僕を呼んでいるの…?



















「…ん…」





「「キラ!!」」





2つの声が重なって彼の名を呼んだ。




ゆっくりと開かれた瞼…



ハッキリとしない視界の先に揺れる2つの影…





赤と…黒…






「……フレイ…?」





「良かった…っ…」




の紫の瞳が涙で潤んでいる…




「僕…は…っ…」



「…まだ起きちゃダメよ!」




起き上がろうとした体を、フレイによって押さえられた。



まだ言う事を聞かないその体は容易くベッドに押し戻される。






「…まだ完全には下がってないみたいね…体温計るね。」




熱…?




あぁ…だからこんなに体が重いんだ…








「うん…まだ微熱は残ってるけど大丈夫みたい。」




「キラ…良かった…心配したのよ…」






フレイの腕が首に回され…



甘い香りが鼻を掠める…





その瞬間に思い出したのは…フレイの柔らかい唇の感触…





夢じゃ…無い…?





ストライクに乗る為に戻ったあの時…



自分の代わりにストライクに乗ろうとしていた彼女を見付けて…




自分が行くから…と言った瞬間に重ねられた唇…




避け切れなかった…



そのまま…受け入れてしまった…






そして…フレイの肩越しにの顔が映る…。




少し寂しげに微笑んでいた…。





また…こうして会えた…


















「…自室の方が落ち着くでしょう?」




翌日、ほぼ熱も下がったキラは自室へと戻った。




ハルバートン提督の計らいで艦内のクルーは階級が上がり、私も曹長から少尉へと出世。




キラも同じく少尉となり、個室が与えられた。








「…ありがとう…のお陰で良くなったよ…。」




「私の力なんて大した事ないよ?キラが頑張ったから…。

 でも、あんな無茶はもうしちゃダメよ?フレイが心配するから…。」




「……?」




「フレイ、毎日必ず同じ時間に来てあなたを看病してくれてたんだよ。

 …良かったね…あんな風に想われて幸せじゃない…。」






思ってもいない言葉を口にした…。


そうでもして現実を受け止めないと…また余計な期待を持ってしまう。





キラはフレイに対して特別な感情を持っていて…



フレイもまた…キラに同じ想いを抱いてる。





ここ数日のフレイを見ていたら、十分過ぎる程伝わって来たから…。







…僕は…!」





プシュー




「キラ…食べる物貰って来たわ。食べれる?」





キラが何かを言おうとしたその時…



トレイに食事を乗せたフレイが部屋へと入って来た。







「…じゃあ、私は仕事に戻るから。」




「…さん…ありがとうございました。」





「気にしないで。これが私の仕事なんだから…。」























「…っ…」





ダメ…泣くな…




必死に自分に言い聞かせ、は涙を堪える。




最初から手の届かない存在だったんだから…何も悲観的になる事なんて無いの。





私は軍人として…バジルール家の次女としての勤めを果たさなくちゃ。



その為にここに居るんだから…。







「バジルール少尉!怪我をしてしまったんで治療をお願いしたいんですが…」




「…分かりました。どうぞ座ってください。」





瞳の奥に涙を押し込んだは、襟を正して仕事へと戻る。





泣いている暇なんて無い。




戦いはまだまだ終わらないんだから…。





















「キラ…これ、整備の人が…」






フレイは手に持っていた紙の花を差し出した。






「…これ…」




「ストライクのコックピットにあったから…キラのじゃないか…って…。」







あの時…



ヘリオポリスの少女に貰った紙の花…




出撃前に確かにコックピットの隙間に差した花…






その瞬間…あの時の映像がリフレインした。









デュエルのサーベルが…避難民の乗ったシャトルに迫って…




それを阻止しようと飛び出して…





でも間に合わなくて…




目の前で爆散したシャトルには…あの子も乗っていた…。








『今まで守ってくれて…ありがと。』







「…っ…うぅ…っ…」




「…キラ…?」








「僕は…守れなか…っ…うぅ…っ…」







守ってあげられなかった…



守りたいと思っていたのに…守れなかった。




ストライクに乗っていても…僕は無力だ…




何も出来ない…してあげられなかった…










「キラ…大丈夫…」




「…フ…レイ…」





フレイの手がキラの頬を包む…




涙で溢れる瞳を上げると、目の前には微笑むフレイの姿…






「…フレイ…っ…!」






縋るように泣き続けるキラを、フレイは優しく抱き締める。











大丈夫よ…キラ…



私が貴方を守ってあげる。




だから貴方は私を守る為に戦って。




戦って戦って…




そして傷付いて死んでいけばいいの…。








私の想いが…貴方を守るわ…。




















【あとがき】

やっと地球に降りました。

そして遂に始まる、フレイの逆襲劇!

まさにドロドロ昼ドラの世界!

フレイの毒が強すぎてヒロイン、押されっぱなしです。

でも泣かなかった分、少しは強くなった…かな?

でもまたきっと泣きます、はい。




2005.10.23 梨惟菜








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