「うん、東京はだいぶ寒くなって来たよ。
そっちは?やっぱりそんなに寒くない?」
『そうですね…東京に比べれば暖かいものですよ。』
「そっか…私、寒いの苦手だから羨ましいな。」
『じゃあ冬休みは私がを招待する事にしましょうか。』
「や、それは遠慮しときます。」
『…どうしてです?』
「受験生にとって一番大事な時期だもん。
私の事なんて二の次でいいから、勉強に集中して?ね?」
「随分と聞き分けの良い子を演じてるじゃねぇか、アーン?」
「…いつから聞いてたのよ…」
「ノックはしたぜ?」
聞いてないお前が悪い。
そう言いながら彼は人の部屋へと押し入る。
気が付けば当たり前の光景になっていたから異論は唱えないけれど。
「冬休みにお前の相手したぐらいで受験に落ちるような男かよヤツは。」
「失敗してからじゃ遅いでしょ。」
確かに2、3日くらいじゃ影響はしないと思うけど。
でも…もしも受験に失敗しましたなんて事になったら困るもの。
早く大学を卒業して就職したら…
卒業後の話なんて具体的なものは出ていないけど、私の中ではもう決まってる。
大学を卒業したら、沖縄で就職して沖縄に住むって。
本当は沖縄の大学を受験したかったけど、流石に両親に反対されたし。
まぁ…頭もそんなに良くないし?
「で?ヤツの志望校ってのは何処なんだ?」
「…それが…まだ絞れてないって教えてくれないんだよね。」
「…まぁ木手の事だ。ほぼ固まってるんだろうよ。」
「じゃあ何で教えてくれないのよ。」
「決まってるだろ…お前が無駄に色々と悩んじまうからな。」
1,500kmの恋
「ありえへん…何で教えてくれへんかったん?」
「…はい…?」
「木手と付き合うてる事や。」
「…言ってなかったっけ?」
「聞いてへんよ…」
「手が止まってるぞ忍足。」
景吾に促され、忍足は渋々と止まっていた手を動かし始めた。
「きっかけはアレやろ?去年のインターハイ。」
「そ。比嘉と当たったでしょ?その時。」
氷帝の応援に行って初めて会って景吾が紹介してくれた。
平古場くんに何故か気に入られてしまって、インターハイ後に観光して帰るというメンバーの東京案内を頼まれた。
そこで初めて永四郎と話をして…
無愛想だしリーゼントだし怖い印象だったけれど、とても丁寧な口調で優しく話してくれた。
見せる笑みは何処か作り物に見えて、それが逆に気になってしまって…
そしてその日に一度だけ見せてくれた本当の笑顔に落ちてしまったのを今でも覚えてる。
「平古場のヤツ、大失敗やったなぁ。」
まさか木手に取られてしまうなど、予想もしていなかっただろうに。
「…永四郎から告白してくれなかったらきっと付き合ってなかったんだろうなぁ。」
彼らが東京を離れる日、空港で手渡された1枚のメモ。
そこには永四郎の携帯番号とアドレスが書かれていた。
そこから始まったメールのやりとり。
少しずつ彼への想いは膨らんでいって、募るに募って…
でも、1,500kmという距離が私の一歩を躊躇わせて…
そんな時、彼から届いた1通のメール。
『修学旅行で東京に行く事になりました』
誰にも内緒で初めて学校をサボった。
永四郎もグループ行動を抜け出して来てくれた。
学校の人に見つかったらいけないからってわざわざ横浜まで出て
朝から夕方まで2人で横浜の街を歩き回った。
その帰り際に永四郎から告白を受けたのだ。
『寂しい想いを沢山させると分かっていて俺を選んで欲しいと告げるのは卑怯だと思います。
でも…黙って他の男の手を取る姿を祝福できるほど寛大な男にはなれません。』
だから…俺を選んでくれませんか…と。
「コラ、何赤面してんねん。」
「忍足がいけないんじゃん、永四郎の事聞いてくるんだから。」
「お前ら…マジでいい加減にしやがれ。居残りさせるぞ。」
「「すんません」」
今日の景吾はなかなかに不機嫌だ。
週末に開催を控えた学園祭の準備で慌しい氷帝学園を執りまとめる役だから多忙を強いられている。
高校3年で生徒会役員は表向きは引退したけれどほとんどの人間が附属の大学へ進学するのだ。
結局、附属大へ進学が決まっている3年生は学園祭の準備に追われていた。
「あー今日も働いたぁ…」
学園祭の準備は大変だけど、やっぱりワクワクする。
しかも高校生活最後の学園祭だ。
めいっぱい楽しまなくちゃ一生後悔する。
でも…
「同じ学校だったらもっと楽しかったのに…とか思ってんだろ。」
「………」
「俺様のインサイトを舐めるなよ?」
「…何も言ってないじゃん。」
小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしている跡部家の長男は私の良き理解者だ。
そう言えば中学の頃に婚約の話を持ち出された事があった。
勿論、丁重にお断りしたけど。
なんて言うか…景吾は近過ぎて恋愛というより兄妹みたいだったから。
景吾は凄くモテるけど、それ以上に素の景吾を沢山知ってるし。
そう考えるとどうしても恋人として…とは考えられない。
まぁ、それは景吾も同じだと思うけど。
「お前を女として意識した事なんて一度もねぇよ。」
「…いちいち人の心読んで返事してくれなくていいから。」
「ああ、大事な事を言い忘れてたな。」
「何?」
「今夜から大事な客人が来る。週末までな。」
「ふーん。で?」
「だからいつものノリで家に来るんじゃねぇぞ。」
「別に用事無いし行かないわよ。」
「だったらいい。用があるなら電話しろ、俺様が出向いてやる。」
…わざわざ私に釘を刺すなんて珍しい。
って言うか、跡部家に泊まりでお客様ってのも珍しいな。
「…女…?」
「お前バカか?」
「…何それ…うざっ。」
『学園祭ですか…楽しそうですね。
のクラスは何をするんですか?』
「私のクラスはね、喫茶店するの。」
『まさか短いスカートを履いてウェイトレスなんてするんじゃないでしょうね?』
「しないしない。私は厨房。
こう見えてもお料理得意なの。フロアは人気だったから厨房に立候補しちゃった。
それに、思ってた以上にスカートの丈が短いのよ?」
『だったらいいんです。』
「………」
もしかして…
『…俺が見れない姿を他の男に見せるなんて納得がいきませんからね。』
「…っ…」
面と向かって言われたワケじゃないのに体温が急激に上がるのを感じた。
永四郎の声は反則だ。
時々受話器越しに囁かれる甘いセリフは恐ろしいほどの効果を放つ。
確信犯に決まってる。
次に貴方に会えるのはいつ?
聞きたいけれど聞いてはいけない言葉。
永四郎の受験が無事に終わるまでは…
大学生になったらバイトを始めて、お金を沢山貯めて…
そしたら今よりずっと、永四郎に近付ける。
通話を終える度に寂しさが募って、今すぐにでも飛行機に飛び乗れたらって思う。
そんな募る想いを忘れるくらいに忙しい日々が続き、気付けば学園祭当日となっていた。
ウチの喫茶店は予想通りというか…半端ない混雑に襲われていた。
そりゃ、この学年で1番、2番の人気を誇る景吾と忍足がウェイターをやってたら自然と人も集まるわよね。
私の当番はお昼のピークを過ぎて13時まで。
その後、景吾や忍足と一緒に校内を回ろうって約束はしているけど…
この様子だとあの2人、休ませて貰えないんじゃないだろうか。
「おい、。」
必死にフライパンを振っていたら背後から景吾の声がした。
「何?オーダー?」
「ああ。」
「今手が離せないからそこに置いといてくれる?」
「いや、急ぎじゃないから口頭でいい。」
「は?急ぎじゃない?何よそれ。
まぁいいや…何?」
「お前」
「はい?」
「だから、お前をオーダーだ。」
「…何言っ…」
この忙しいのに…とフライパンを置いて振り返ると、そこには永四郎の姿があった。
「えい…しろ…?」
「コック姿、なかなか可愛らしいですね。」
「ちょうど13時だな。外れていいぜ。」
え?何?
「行きましょうか。」
何が起こったのか分からないまま、永四郎に手を引かれて教室を後にした。
「永四郎…ちょっ…何でいるの…?
それに私、こんな格好だし…」
せめて制服に着替えさせて欲しいんだけど…
「大丈夫です。貸し浴衣をやっているクラスを見つけました。
折角です、浴衣でデートも風情があっていいじゃないですか。
ここにいる理由は後でゆっくり説明しますよ。」
永四郎に連れられるがままに辿り着いたのは2年生の教室。
そして若の所属するクラスだった。
「…先輩…に、木手さん…じゃないですか。」
「お久し振りですね、日吉君。
早速ですが浴衣、お借り出来ますか?」
「奥に多数取り揃えてますよ。ご案内します。
決まったら男女別に着付けをしますので声を掛けて貰えますか?」
そう言って仕切られている部屋へと案内された。
「着付けは大丈夫です。自分で出来ます。
彼女の着付けも俺が…場所だけ貸してもらえれば十分です。」
「着付けって…え!?」
永四郎、そんな事できるの!?
…じゃなくて、永四郎が着付けてくれるの!?
「や…永四郎…それはちょっ…」
「時間が勿体無いですから早く決めて下さいよ。
それとも俺に選ばせてくれるんですか?」
「え…あの…」
「そうですね…俺は紺を着るから…この色はどうです?」
既に決めていた自分の紺に並べて取ったのは山吹色の浴衣。
確かに綺麗に映えている…。
「あ…うん…じゃあそれで…」
「決まりですね。早速着付けてしまいましょうか。」
と、流されるがままに手早く着付けを終えた永四郎と歩く校内は視線が痛い。
この長身に濃紺の浴衣だ。
女子の目を引くに決まってる。
(しかもリーゼントだし)
浴衣の着付けが出来るなんて意外すぎる。
って言うか…こんなにも色っぽいんだ、男の人の浴衣姿って。
それとも相手が永四郎だから?
景吾と忍足の浴衣姿も見たことあるけれど、こんな風にドキドキしなかったし。
そんな人に手を引かれて歩いているなんてちょっと優越感。
既に何人かすれ違ったテニス部メンバーには散々からかわれたけど。
「ねぇ…永四郎?」
「何です?」
「どうして…ここにいるの?」
そうだ、私が何より知りたいのはそこなのだ。
沖縄に住んでいる筈の永四郎がどうして氷帝の学園祭にいるのか。
「に会いたいから…その一心で来ました。」
それではいけませんか?
そう付け加えられた言葉に頬が熱を帯びる。
受話器越しでさえ動悸が激しくなるのに真横でそんな事を言われては堪らない。
「でも…っ…大事な時期なのにこんな…」
「勿論、目的はそれだけではありませんよ。」
「え…」
そう言うと永四郎は急に足を止めた。
「永四郎…?」
「大事な話があります。静かな場所はありませんか?」
今日は学園祭。
校内は部外者も沢山訪れていて人で溢れ返っている。
「えっと…じゃあ…図書館の裏なら誰も来ないと思うから…。」
図書館の裏はちょっとした穴場だ。
普段はジロちゃんのお昼寝スポットだけれど、流石に今日は忙しいみたい。
お陰でその場所は閑散としていてゆっくり話をするには好都合だった。
「少し座りましょうか…」
芝生にゆっくりと腰を下ろす永四郎に続いて隣に座った。
そっと…永四郎の横顔を眺める。
整った綺麗な面立ち。
こんなにゆっくりと彼の顔を眺める機会なんて滅多に無い事だ。
彼は…どうして私を選んでくれたのだろう。
告白してくれたのは永四郎だ。
でも、想う気持ちはきっと私の方が強い。
会いたくて会いたくて会いたくて…
校内に彼氏の居る友達を見て何度羨ましいと思っただろう。
朝、学校に行けば彼が居る。
お昼に2人で一緒にお弁当を食べる。
彼女が彼のお弁当を作ってあげる。
他愛も無い話で盛り上がってみたり。
放課後には2人で並んで校門を出る。
そんな当たり前の事が私にとっては当たり前では無かった。
そんな事を考えていたら、ふと彼と視線がぶつかった。
「本当に…久しぶりですね。」
「…うん…」
「寂しかったですか?」
「…え…と…」
この場合は何て言ったらいい?
どう答えたとしてもきっと永四郎を困らせてしまう気がして…
「…嘘はいりませんよ。
まぁ、どちらにしても私に嘘は通用しませんがね。」
「寂し…かったよ…。」
小さく搾り出した声に恥ずかしくなって顔を伏せた。
困らせる事しか出来ない自分が歯痒くて…。
今ここで永四郎に甘えてしまってはいけない。
そんな気持ちが先行して身動きが取れなくなる、いつも。
「昨日、氷帝の推薦入試があったのを知っていますか?」
「え?」
氷帝の推薦って…大学の…?
もしかして…
「受験して来たんですよ。」
「う…そ…」
「本当は結果が出て合格していたら報告するつもりだったんですが…
ここまで来てに会わずに帰る事はどうしても出来なかったんですよ。」
永四郎が…同じ大学を…?
「の学部とは違いますが、無事に合格すれば来年の春には東京で暮らす事になります。」
永四郎が…氷帝に通う…?
「、聞いてますか?」
「え…あ…うん…」
あまりに急すぎて頭の整理が出来ていない。
「永四郎…東京で暮らすの?」
「合格すればね。」
「同じ…大学…?」
「学部は違いますがキャンパスは同じですね。」
「毎日…会えるの?」
「嫌だと言われても毎日会いに行きますよ。」
そう言うと永四郎の指先が私の頬を掠めた。
その仕草でようやく自分の瞳から涙が溢れて居た事に気付く。
「ここまで言っておいて合格出来なかったら情けない話ですが。」
涙を拭ってくれた永四郎の手が私の腰を引き寄せる。
「俺も随分と耐えましたよ。
キミに何度こうして触れたいと願った事か。」
「えい…」
名前を呼ぶ前にその唇を塞がれる。
折角拭ってくれたのに再び涙が頬を伝った。
「好きですよ……」
「じゃあ景吾のお客さんって永四郎の事だったの?」
「数日前に彼から電話があってね…」
「どうせ木手の事だ…氷帝を狙ってるんだろうと思ってな…。」
「…景吾!!お店、抜け出せたの!?」
「今頃忍足が客の相手をしてるだろ…。」
…忍足…ご愁傷様…
「まぁ、木手の実力なら余裕で合格するだろうな。」
「勝負は最後まで分かりませんよ。」
そんな2人の光景を見て顔が自然と綻ぶ。
「顔が歪んでるぜ。」
「なっ…!失礼なっ!!」
「どうせ木手が合格したら…とか想像してたんだろ?」
「…し…してないっ!!」
「残念だがお前が想像してるような展開は待ってないぜ?」
「はい?」
「お前の事だ…毎日木手の部屋に通ったり合鍵貰ったり…
半同棲生活とか想像してんだろ?」
「…ち…っ…違っ…」
って言うか永四郎の前で言うか!?
「残念ながら木手は俺様の家で暮らす事になってんだよ。」
「…は?」
「…有難い事に跡部家でお世話になる予定なんですよ。
氷帝は学費だけでもバカになりませんからね。」
「そ…そっか…良かったじゃない!
景吾の家なら凄く近いし一緒に通えるし!」
景吾の家だったら至れり尽くせり…
「…甘い同棲生活は卒業までお預けですね。」
「…っ…!!」
耳元で小さく囁かれたその言葉に一気に体温が上昇した。
「…分かり易いヤツだな…。」
「…さ…さっさと教室に戻りなさいよバカ景吾っ!!」
「もう少しだけ…待っていて下さいね。」
「永四郎…」
「俺がこっちへ来たら、毎日思い切り甘やかしてあげますから。」
いつも必ず私が欲しい言葉を持って来る。
私は永四郎を喜ばせてあげる事、出来てる?
「ねぇ…一つ聞いてもいい?」
「一つでいいんですか?」
「今のところは…とりあえず…。」
「どうぞ。」
「…私の…どこがいいの?」
私よりももっと可愛い子なんて沢山いる。
わざわざ遠く離れた私を選んでくれなくたって身の回りに沢山居ただろう。
「一言じゃ答えられないですね。」
視線を再び私に向けた永四郎は優しく微笑んだ。
「理屈じゃないんですよ…キミへの想いは。」
「何それ…全然分かんないじゃない…。」
「これから一生掛けて伝えてあげるから覚悟しときなさいよ?」
そんな永四郎の元に合格通知が届くのは数日後の話。
沖縄キャラはうちなー口が分からないので書けません。
が、木手なら何とか書けるかなぁなんて思って無謀な挑戦。
甘いのか否か…
明らかに歌劇キャストさんの影響なんです、木手ドリは。
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